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『戦々恐々』

「どう……いう意味よそれ……!!」


 いきなり『無理』宣言を突きつけられ、絶望したのか、怒っているのか涙を浮かべて叫ぶ東宮さん。

 私もあんまりな発言に言葉を失うが、黒木さんらしいとも言える。


 黒木さんは相変わらず余裕のままティースプーンでコーヒーをくるくる回している。

 中の白と黒が、混ざり合い、溶け合い、小さな渦になっては消えていく。

 しかしその余裕ぶったさまは、苛立ちを増長させるのだ。

 テーブルに手をたたきつけ、東宮さんは叫んだ。


「どういう意味なのかって聞いてんのよ!! 答えなさいよ!!」


「そのまんまの意味だけど?」


 しゃあしゃあと黒木さん。

 東宮さんは近くに飛んでいったかんざしを再び掴み、黒木さんに襲い掛かる。

 黒木さんは憎らしいことにまたそれをティースプーンで受け止め、

 あろうことかもうひとつの手でコーヒーをすすってみせる。

 その様子にさらに頭に血が上ったのか、幾度もの方向からかんざしを突き刺そうと奮闘する東宮さん。

 そしてそれを全て黒木さんがいなしていく。

 金属と金属がぶつかり合う激しい――耳障りとも言っていい音が響き渡る。


 キッ カンッ キン カッ


 カキンッと鈍い音が響いたかと思うと、 

 先ほどの勝負と同じように、また黒木さんがかんざしを弾き飛ばしてみせる。

 

 黒木さんはその後また、東宮さんの腕を掴んでみせた。


「お嬢さん、なかなかアンタ動きが良いよ。

 俺が格闘技も超一流じゃなかったらヤられてたかもしれない」

「黒木さん、いつ格闘技なんてできるようになったんです?」


 呆れた声をその背中に浴びせかけるが、効果は無いようだ。

 私に振り向くこともせず、こう言う。


「できないとは言ってないだろう?」と。

 

 はいはい、そりゃまあ性格以外は優秀なことで。

 しかし相手はまだ中学生の女の子なんだから。そんなことしたら……

 思った通り、東宮さんはそれはもう激しく黒木さんの腕の拘束から逃れようとじたばたじたばたした後、

 どうしてもほどけないと分かるや否や表情を崩し、


「うぅぅぅっ……うっ……うああああああああああああん!! ああああああ!! びえええええええええええ!!」


 と泣き出してしまうのだった。

 そりゃそうだよアンタ。

「黒木さん女の子泣かしちゃ駄目だよ」

 さすがの黒木さんも困ったようで東宮さんの腕を離す。

 そして(全然困ってなさそうなのだが)困ったポーズを取った。

「おかしいな……中学校の時、俺は誰よりも女の子を笑わせることに定評があったのに」

「そりゃロマンチックなことで」

「女の子たちが牛乳を飲んでるときに」

「外道!! この外道!!」


 どう転んでもこの男は外道だった。


 しかしいつまでも女の子を泣かせているわけにもいかない。

 仕方ないので、東宮さんの頭を撫でようと迫るが――

 私が触ろうとした瞬間、東宮さんは泣きながら近くにあったティースプーンを掴み、私に振りかぶる。


「うああああああああああああん!!」

「っぶねえええええええええ!!」


 間一髪で避ける私。何本か髪の毛抜けた気がする。 

 あれ? あれ刃物じゃないよね? スプーンだよね?


「だから言ったでしょ、出しゃばるなって」

 殺されかかった私を助けようともせず、ニヤニヤと黒木さん。

 分かっているなら止めろ。

 しかし黒木さんにいたいけな中学生を任せてはいられない。

 いたいけっていうか触ったら、いたいめ、に合う中学生だけど。


「メルちゃん」


 さっき殺されかけたのだが、やっぱり見た目は小さな女の子が泣いているようにしか見えないため、

 優しくお姉さんのように呼びかける私。

 しかし東宮さん――メルちゃんは嗚咽を激しく漏らすだけで、なかなか聞いてくれない。


「メルちゃんってば」


 駄目だ、埒が明かない。

 まるで聞いてくれていない。

 ……仕方ない、やるしかねーか。

 死にはしねーさ!!


「メルちゃんッッッ!!」


 襲い掛かる黒木とは逆に、私はメルちゃんを抱きしめようとした。

 そうでもしなければ、彼女は私の話を聞いてくれないと思ったから。

 思ったとおり彼女の体をしっかと抱きしめた瞬間、彼女はティースプーンを持って私に思い切り突き刺そうとする。

 痛くても所詮はティースプーンだ。殺されはしないだろう――


「満ッ!!」


 ……あれ、痛くない。

 見上げると、黒木さんが私の上に覆いかぶさるような形で、メルちゃんのティースプーンを右手で受け止めていた。

 よく見るとそのティースプーンからはぼとぼと、と血が流れている。


 ……えっ? 血ッ!?


 気付いた瞬間に黒木さんは私を後ろに弾き飛ばし、ティースプーンも離した。

 痛そうに右手をぷらぷら振ると、何滴か血が飛び散っていく。

 でも相変わらずの笑顔だ。むしろ怖い。今笑顔だと、すごく怖いです、黒木さん。


「蛆虫バイトはすっこんでろって言わなかったっけ?

 死にたいの? 死にたいんだったら俺が直々に殺してあげるよ? 遠慮せずに言ってね?

 武器も何も使わずに俺の素手だけでどうにかして殺してあげるからね」


 あ、怒ってる。黒木さん怒ってる。こわーい。

 美人が怒るとなかなか怖いものがある。端正な顔が歪むからだろうか。歪む顔が端正だからだろうか。

 黒木さんは私をギッと睨むと(笑顔のままで)ソファにまた座り直した。

 私もその隣にいそいそと申し訳なさそうに縮こまって座る。

 私がそうなっているのを確認して一度鼻で笑うと、黒木さんはメルちゃんに向き直った。

 メルちゃんは色々とあったことにびっくりしたのか、小さく、ひっく、ひっくと泣いているだけになった。


「さて、と。

 俺が言いたいのはね。メル。

 ティースプーンで人を殺せそうな技量を持った中学生が、ただの中学生なわけないよね?

 そこらへんをちゃんと言ってもらわなきゃ、俺たちも助けらんないでしょ、って言いたいんだよ」


 なるほど……。

 確かに、言われてみるとそうだ。

 ティースプーンで確かにヒステリックにぶんぶん暴れることはできるが、

 そんな簡単に血なんて流させられるわけがない。

 そうなると、ただのヒステリックヤンデレ少女なわけではないようだ。

 メルちゃんは気まずそうに自分の着ているスカートを握りしめた。


「あっ…あたしが…、こ、こうなったのは……

 あたしの……

 

 あたしの双子の兄のせいなの……」

 

 


 涙が何滴か、スカートに染みを作った。







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