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『変人会談』

 ゾクリ、と黒木さんの言葉に私は身を震わせた。


「DQN、という奴ですか……!!」


「みっちーの平和な脳に驚きが隠せないぜ」

 まあ来てからのお楽しみだね、とサラサラと書類をまた書き始めようとする黒木さんの肩をがくがくと揺らし、

 詳細を聞こうとするも、黒木さんは私の手を突っぱね、

「汚らわしい!! このめかけの子が!! 触らないでちょうだいい!!」

「なんで急に嫌な姑!? しかもかなり重度な!!

 いやじゃあ触りませんけど!! 毛穴ひとつない絹豆腐のようなその肌を!!」

 触りたいけどここは我慢。

「気持ち悪い」

 にっこりと罵倒されると結構心にクるものがある。

 しかしここで黙ってはいられない。


「でも私の安全に関わるものだとするなら私にだって聞く権利が――」


 言葉の途中で、古ぼけた事務所の腐りかけた扉が、ギィィー、と開く音がした。

 そしてそこに突っ立っている小柄の女の子の影が見える。

 ビビりすぎているせいか、彼女の影が大きく伸びているのがまた不気味に見えて仕方が無い。


「来たんだけど」


 彼女は小さく、愛らしく高い、まさしく小さな女の子らしい声で言った。

 なかなか不遜な態度である。

 ウェーブがかった茶髪をポニーテールを金色のかんざしでまとめ、栗色で垂れ気味の大きな瞳の周りは長い睫毛が縁 取っている。

 なかなかの美少女だった。


「……なーんだ、黒木さん。悪い子じゃないじゃないですか」

「だからその、綺麗=善良、みたいな考え方やめない?

 俺という存在と何年も付き合ってて、いまだにどうそうやって考えれるのか分からないよ」

 あ、その説得力やべえ。

「ちょっと、依頼主をほっとくなんてどんな神経してるわけ?」

 通常だと少しカチンと来る言い方だが、私があまりにもそれ(毒舌)に慣れているのと、確かに今のは依頼主を歓迎 する態度では無かったため、素直に短く謝罪をし、彼女を座らせてお茶を入れる。


「では、いかような悩みを持って、この人生方向修正事務所へ?」

「そんなこともう昨日あの男に言ったわよ、なんで貴女にもう一回言わなきゃいけないわけ」

 事務所の安っぽいソファにふんぞりかえり、チラリと横目だけで返事をする中学生美少女。

 最近の若者はこんなもんなのか。

 私をいくら挑発しても乗りはしない。

「何故なら君は可愛いからだ」

「何なのよこの人」

 黒木さんと違って表情全体で訝しげな顔を作られる。

 おっと声に出ていたようだ。

  

 そんな私を見かねたのかは知らないが、デスクに座っていた黒木さんはスッとその重い腰を上げ、

 美少女と向かい側のソファー……つまり、私の横に上司らしくどっかりと下ろした。

 私は上司にも粗茶を差し出そうとしたが、黒木さんは「俺はコーヒーなの。あ、ミルクも入れてよ」と言われ

 腹が立ちながらも言う通りにする。

 コーヒーの混ぜ方にはうるさいので、ティースプーンをコーヒーのそばに置き、ミルクを少し注いでやる。

「満。この女の子の名前は東宮メレディス。半分西洋の血が入ってる。ハーフちゃんだよ」

「なるほどぉ。純粋な日本人には見えませんでしたよ」

「そう言うみっちーは純粋な地球人に見えないからお友達だね。ぬめぬめの手でご挨拶なさい」

「なんてことを。

 って、違う。彼女のお悩み事は?」


 説明が遅れたが、人生方向修正事務所とは。

 自分の人生にやり直しの効かない出来事が起きた場合の揉み消しや、

 自分の人生を1からやり直したいと思う人達へのお手伝い。

 または、やり直しが効かなくなる前に、人生を破綻させそうな癖、性格、環境をどうにかしてほしい、という

 悩みを引き受ける事務所である。


 大概はそれにかこつけて、浮気やスキャンダルの揉み消しを頼まれることが多い。

 しかし中学生の女の子ともなればまた話は変わってくるだろう。


 ともあれば話を聞きたいものなのだが、東宮さんは口を開くつもりは無いようで、黒木さんを顎で示し、

 そいつに聞け、というような視線を投げかけてくるのだった。

 大学生を顎で使うとはこいつもなかなかやりおる。

 黒木さんはなんとも思わないようで、その訴えにきちんと応じ、私に少しだけ向き直る。


「この子のお悩みが聞きたいかい、みっちー」

「そりゃあ」

 当たり前だ。話が進まん

「なら『私は可哀想な蛆虫です』と言いながら高速道路の真んでスライディング土下座してきて――と言いたいところだが

 そこは我慢して教えてあげよう」

 うちの近くに高速道路がなくて良かった。

 お手軽にできるものだったら、マジで行かされてたかもしれない。

「よく見ててね。ねぇ、メル」

「軽々しくメルなんて呼ばないでくれる? 全身の鳥肌が今スタンディングオベーションよ」

 メレディスを略して、メルね。レベッカを略してベッキーみたいなもんか。

 にしても、この男は何をするつもりだ。東宮さんも警戒しているじゃないか。


「よっ」


 黒木さんは、何の躊躇いもなく、東宮さんに飛び掛った。

 私はまるで止める暇もなく、「ちょっおま!」と困惑する、が東宮さんの反応はそれにまして激しく、

 一気に瞳孔が開いたかと思うと、黒木さんを足払いをかけ、自らの髪を縛っているかんざしを引き抜き、

 それをヒュッと黒木さんの頚動脈に振り下ろす。

 そこにはなんの躊躇いも、戸惑いも、困惑も何もなかった。

 殺す。

 その意思がヒシヒシと伝わってきた。


 あ、死んだわ。 

 これ黒木さん死んだわ。

 と、脳内で言葉が駆け巡る。

 

「いやードキドキしちゃうなー。惚れそう。

 あれ? 年のせいかな?」


 余裕ぶったセリフがテーブルの下から聞こえてきたときは、思わず胸をなでおろした。

 いや、今日はホルマリンを用意していなかったから、今日死なれたら困る。

 麗しき上司は、ティースプーンをもってかんざしに応戦していた。

 

 さらにはティースプーンでかんざしをはじき飛ばす。

 惚れ惚れする動きだった。

 性格以外はすばらしい。いや本当に。


「これだよ、みっちー。

 メルはね、自分に超至近距離に迫った人を、見境なく殺しちゃおうとする癖があるんだ」


 かんざしをはじき飛ばされた東宮さんはハッと我に戻ったようで、悔しそうに黒木さんの上からどき、

 ソファーの上に座って、唇を噛み、俯いた。

 黒木さんが殺せなかったから悔しいのだろうか。


「だから、こうやって人を拒絶しなきゃ、やってらんないのよ」

 

 違ったようだ。黒木さんを殺そうとした自分が嫌だったらしい。

 明らかに前者の考えしか常日頃持ち合わせてない私にとっては、ビッグニュース。

 ってことは……


「東宮さんは、人をわざと遠ざけるような口を利いて、誰も傷つけないようにしてるってこと?」


 東宮さんは私の言葉にぴくりと反応し、

 肯定する返事の代わりに、ぽとぽとと涙をただ流した。

 

「あたし……、お友達がほしい

 こんな自分が、いやだよ」


 可哀想に……、肩を抱きたいが殺されるのでやらない。

 しかし黒木さんは、なんとも恐ろしいことに




「無理でしょ!」




と笑顔で言い放ったのだった。

 

 






 

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