『来客到来』
「あのー、私もですねー、大学やらなんやらで忙しいんすよ、分かってます?」
扉をあけて開口一番、私はそう言い放った。
今日は明日締め切りの課題をこなしていたところだ。
そこへ携帯でのお呼び出しがかかるのはいつものことだったが、終わりそうにない課題を目の前に私もイライラしていた。
なんとなく伸ばし続けてきた長い黒髪は、事務所の中の暑さのせいで首にぺたぺたと気持ち悪く張り付いてくる。
何が楽しくて、こんな古ぼけたエアコンも無いボロ事務所に顔を出さなければいけないのか。
答えは簡単だ。
「俺は一定期間以上暇になると、死んじゃう生き物なんだよ? みっちー」
みっちーじゃねえし。
私しかこの、腹黒気まぐれサディスト男経営者に奉仕して差し上げられるバイトがいないから、である。
それも当たり前のことだが。
「当たり前だなんてひどいなー。
俺は毎日毎日、人の人生方向を修正してあげたい、そして地球を救いたい、そんな願望を掲げているんだよ?」
そいつは机に足を乗っけつつ、大きく伸びをして、感情が読み取れない笑顔を見せる。
またそんな大それたことをこんなにしゃあしゃあと言う人間も珍しい。
さらにこいつの涼しげーな笑顔はイライラを増長させるものがある。
私は額に手を当て、全身で「呆れました」というポーズをとって反論した。
「そんなうさんくさいこと言ってる間は誰もお客さん来ないですよ!」
「おやおや、いつからただの大学生のバイトが経営者様に反論できる世の中になったのかな?
俺はそんな世の中に住んだ覚えはないなぁ。
経営方針が気に食わないなら出て行ったらどうだい?」
ぐ、と言葉に詰まる。
それを見て男はニヤァと笑みを深くした。
それが出来たら苦労はしない。
何故かといわれたら元も子も無いが、この男がイケメンすぎるからだ。
イケメンと言うと俗っぽく聞こえるが、もう今まで出会った人達の中でトップだと断言できるくらいの容姿端麗加減。
絶世の美青年。
その男の名前は黒木佐白。
黒だが白だかよく分からない名前だが、私的解釈だと中身劣悪で外見が天使なところから由来がきてるのではないか と思う。
そう思うと名付けた両親さんすごく分かってるよなぁ。
いや、この男が人から生まれたかどうかも怪しいところだが。
その綺麗さと人格破綻なところと言ったら、実は堕天使でしたー、とか言われても信じてしまうかもしれない。
いや、やっぱりなし。堕天使でした、とか言われたら笑っちゃう。中2病にかかったのかと思って。
堕天使て。
「何が面白いのか分からないけど、楽しそうだねみっちー」
おっと、いつの間にかにやにやと笑っていたようだ。
そんな私に黒木さん顔を近づけて、たっぷりと間を置いて言う。
「ま、結局は俺があんまりにも綺麗だから、離れらんないんだよね、みっちーは」
そういうことである。
悔しいが、もう恥ずかしいくらい面食いの私――20歳になる直前の更科満には、この男の持つ容姿は魅力的すぎた。
麻薬のように、一度見たら忘れられない。
また見たいと願ってしまう存在。
これが、どれだけ無理を言われても、私が彼の頼みを断れない理由だ。
そしてそのことをきっちり理解している、黒木佐白は、嘲るような笑みを見せた。
「いっそ気持ち悪いね。みっちーは例え俺に刺されても文句垂れながら事務所に帰ってくるんだろうね」
「その言い方はやめてください。そうまとめられるとどうしようもないツンデレのように聞こえます」
「いやツンデレって言っても単純に顔だけが好きな女の子なんていまどきいないと思う。俺だけが性格破綻者のように言 われるけどね、みっちー、君もなかなか最低だからね」
何を言う。女子は結構誰でも面食いだ。
しかし一向に私を呼び出した用件を言わないこの男に私は痺れを切らし、
バイトはバイトらしくお茶をいれ、どっかりと椅 子に腰を下ろした。
「今の行動のどこにバイトらしさがあったのかな。せめて俺の茶ぐらい入れたら? 踏み潰してパックに詰めてお前から お茶を搾り取ってやろうか?」
「黒木さん、私思うんですよ」
この男の毒舌に慣れてなければこの事務所で雑用などこなせない。
さっさとスルーして話をそらすのが吉。
「なぜさえない男が美少女にモテてモテて仕方ない話はいっぱいあるのに
その逆はあまり無いのか、と」
「そうでもないんじゃないかなぁ。さえない女の子が学園の憧れの先輩に見初められるなんて話もよくあるじゃないか」
「甘いんですよ黒木さん!!」
「お前の偉そうな指摘に苦さを隠し切れないよ俺は」
私が興奮して上から指差したためか、さすがに笑顔に青筋を浮かべる黒木さん。
怒ってても麗しい。
見ていたらすべてを忘れそうだが、話を戻そう。
「そのさえないっていう設定の女の子も結局は笑うと可愛いとか、メガネ外すと可愛いとかあるんですよ。
なかなかないですよ、マジでさえない主人公」
「それを俺に言って一体どうしたいんだ。そのジンクスをくつがえすために
超絶美青年な俺と恋でもしたいわけ?」
強烈な返しである。
「誰がマジでさえない女ですか!! そしてあなたと恋はしたくありません!
ホルマリン漬けにしたうえで、部屋に飾りたいだけです!」
「たまに俺ですら引いてしまうことをサラッと言うみっちー尊敬する」
絶対にしていない。
黒木さんの笑顔に張り付いている糸目が錯覚か分からないが、今はジト目に見える。
「ていうか、みっちー、さえるの?」
「さえますよ!」
「何が?」
「……頭、とか?」
凍りつく空気。
黒木さんはその空気の中、ゆっくりと私を見上げ、ハッと嘲笑する。
何度目なんだ、嘲笑。
「はいはい、頭てっかてーかさえてぴっかぴかー。
嘘でもそこで容姿と言えないお前の性分に、もうなんとも言えない哀れさだけが残るね。
もう子孫代々語り継ぎたいくらい哀れだよ」
「哀れなら子孫代々語り継がずにそっとしといてください……」
「もうネット拡散してるから無理。
まあみんな辿っていけば先祖は一緒だから、誰に言っても子孫に語り継いでることになるよね。
とりあえずこれからはもう恥をかかないように人と会うことが無いようにね」
「恥をかいたからって隔離されるんですか!?
恥をかいたっていいじゃない、病気じゃないんだから!! 伝染りませんから!!」
「現に俺はみっちーという恥といることで恥をかいたんだから伝染ってるよ」
えぐえぐ、と泣いてみるが、よく考えたら女の涙に反応するくらいの人の心があるなら苦労してはいないんだった。
天は二物を与えず、というが、天は彼に圧倒的な容姿を与える代わりに、彼から人の心を根こそぎ取っていったので はないか、とたまに思う。
私も並の容姿だと思うのだが、彼と比べてしまうと月とすっぽんどころか、あれ? 月以外に何かありました?
はい? ごめんなさい月しか見えなかったものですから~、レベルである。
「というのは、まあ冗談だけど」
パソコンを不意に閉じ、黒木さんは肘をついて私を見据える。
単純な仕草なのにあふれ出る色気が漏れ出るわ漏れ出るわ。
「本当にみっちーを呼んだ理由は、もうそろそろ依頼主が来るからだよ」
「あ、そうなんですか」
あんぐりと口を開けて放心してしまう私。てっきりただの雑談に呼ばれてたのかと思った。
「みっちーとただ雑談をするために呼ぶなんて、俺はなんの危ない賭けもしてないしそんなことはしないよ」
「誰が罰ゲームですか。
へえ、どんな方ですか?」
「中学生」
ブッ、とお茶を噴出す。
黒木さんはそんな私を見て「汚ねっ」と声を上げた。
「……なんとおっしゃいました?」
「うん、だから女子中学生」
「……まだまだやり直しきくっすよ、その年齢……なんすか、どんな手を使って騙したんすか」
お口とお床を拭き拭きしつつ、外道へ疑わしい目線を投げかける。
「つくづく失礼だね。彼女が自ら出向いてきたんだよ、昨日。
なかなか面白い悩みを持っていたよ。今日改めて伺うんだってさ。
あと床と口を拭く布は一緒のにしなさい。勿体無いからね」
「汚ねーよ!! なんですか? 嫌いですか? 私が」
「いんやー俺に好意がある人はみんな愛しているとも。
特に俺に一番の好意を投げかけてくるみっちーには、一番の愛を注いでいるさ。
だから早く雑巾を」
「嘘なら愛してるなんて言わないで!」
美形の自覚と責任感を持って!と泣き出す私を至極めんどくさそうに見る黒木さん。
どこに愛があるんだか。
「なんでもいいんだけどさ。
お前、あんまり今日は出しゃばらないほうがいいと思うよ
下手すると死ぬからね」
「黒木さんに殺されるんですか」
即答する私に、笑顔のまま器用にため息をつく佐白さん。
「違うよ、今日来る中学生の女の子。
間違えると、みっちーのことも殺しちゃうかも」
「え? ……え?
社会的にですか? どこかのご企業のお嬢さん?」
「ううん、社会的に、じゃなくて」
ニコッと笑う佐白さん。何か楽しそうだ。
「物理的に」