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05話 皇帝と神子。

 

 

「これだ」


 あっさりと言われて、私は目を丸くした。



   ※



 大陸の中央、皇都セヴァリスタにあるレスタ宮殿は、光宮や皇宮と呼ばれている。

 それは、光の神子と皇帝がいることを示す絶対不可侵の場所。

 本殿は内宮区と外宮区があり、内宮は皇帝や龍人たちが暮らし、外宮では政務が行われている。

 皇都に住む皇民の多くが宮殿に勤めているが、内宮で暮しているのは龍人だけだ。


 そこに、闇の神子とはいえ、人間の小娘が交ざることになりました。


 別に龍人以外の者が内宮で暮してはいけないという規則があるわけではないらしい。

 龍人というのは、龍の血を継ぐだけに内から放つ〈気〉が強く、普通の人間や動物が側にいると、龍人の〈気〉に当てられて弱ってしまうんだって。


 つまり、寿命が縮まってしまう、と。


 龍人って生命力が強そうだもんね。

 私は大丈夫なのかな、と首をかしげたら、先生が優しく笑った。


「神子さまは三年間、誰の側にいたと思っているんです」


 先生の魔力は龍人の中でもかなり高い。最初こそ多くの魔力を髪に封じていたけど、四六時中一緒に行動していたのだ。私が龍人の側にいて何の問題もないことは、すでに実証済みなのだろう。

 それが異界人だからなのか、闇の神子だからなのかはわからない。

 私が皇帝の猫になると言ったときにあっさり認められたのも、龍人の側にいても大丈夫との判断があったからかもしれなかった。


 寿命を縮めることがわかっているため、龍人たちは犬や猫、鳥などの愛玩動物は飼わない――いや、飼えない。


 ――だから、可愛がられているのかな。


 私を見る龍人たちの目が、とろけそうなくらい緩んでいる。

 それは、可愛い幼児や動物を目にして顔が緩むのと同じだ。

 実際、彼らにしてみたら私は孫やひ孫のようなものに違いない。もしくは珍獣か。

 現在、宮殿で暮らす百歳未満の龍人は、皇帝と宰相だけというから驚きだった。

 

 宮殿に住むことになった私に、皇帝が部屋を用意してくれるという。

 ありがたいけど、ここはきちんと釘を刺しておくところだ。


「小さい部屋でいいですからね」

「小さい部屋だな」


 わかった、と言った皇帝がニヤリと笑った。

 先生や双子の侍女もニヤニヤしている。


 ――あれ?


 急に不安になった。

 なんだろう。私、変なこと言った?


 不安げな様子に気づいたのか、皇帝がコホンと軽く咳払いし、澄ました顔で言った。


「セイフォン、珠子の望むように」

「はい」


 恭しくうなずいた先生の口元が上がる。まさに謀るような笑み。


 なんだか、すごく、とっても、嫌な予感がします。


「……先生」

「はい」


 顔を上げた先生は、私を見てにこっと笑った。


「なんですか」

「宮殿内で一番小さくても、実はすごく大きい部屋ってオチではないですよね……?」

「いえいえ。ちゃんと、この宮殿で一番小さい部屋をご用意いたしますから、ご安心を」

「……お願いします」


 微妙な不安を覚えながらも、私はぺこりと頭を下げた。


 闇の神殿にいたときに着ていた服は先の神子が残した物だったし、お布施のようなものも受け取らないスタンスだったため、神殿に残してきた物といえば読みかけの本くらいで。

 もともと何も持たずにこの世界に来て、三年間を旅して回っていたため、私物というものをほとんど持たない私は、その身一つで引越しすることが出来た。

 それでも、部屋の用意に少々時間がかかるというから、それまで宮殿内を探検することになったんだけど。


「リヴァイス、下ろして」


 移動する私は、なぜか皇帝にお子様抱っこされていた。


「リヴァイス」

「なんだ」

「なんだじゃないです」


 ちょこんと収まる、という言い方が一番適しているような気がする。

 さっきまで、飛龍の水浴びを見ていることしかできなくて、私はちょっと不満気味だ。

 歴代の皇帝を描いた絵があるというので見に行くことになったが、私の左腕と背中の傷を見てから、リヴァイスは私を抱き上げたまま地面に下ろそうとしない。

 怪我をしたばかりならともかく、すでに三年近くが経っていて、痛みもなく、さらに今さっきまで元気に走り回っていたのを知っているのに。


「リヴァイス」

「ダメだ」


 下ろして、と言ってもダメの一点張り。暴れてみても、両足をしっかりとホールドされて逃げられない。


「俺が運びたいのだから、運ばせろ」


 と主張する。

 助けを求めて、皇帝に付き従う侍従や近衛に視線を送るが、なぜかにこにこ笑顔が返ってくるだけ。

 きっと、彼らの目には獅子と子猫がじゃれているようにしか見えないのだろう。

 はあ、とため息をついて、力が抜けてしまった。

 私は抵抗をあきらめて、皇帝の首に腕を回した。悔しいからギュウ、と腕で首を絞めてやる。

 それなのに、降参どころか、リヴァイスは楽しそうに笑う始末。

 むう、と膨れた私は、身を起こしてリヴァイスの髪や顔を指でいじった。

 柔らかい髪を引っ張ったり、整った顔を摘んだり、頬を挟んで歪めても、皇帝はされるがままだ。

 でも、うっかりしていると皇帝が私の指を咬みに来るので油断ならない。


「わっ!」


 少しだけ掠ったら、皇帝がニヤリと笑った。獲物を狙う猛獣の笑み。

 私もなんだか楽しくなってくる。

 にっこり笑って、わざと皇帝の口の前に人差し指を餌のようにチラつかせてみた。

 ほーらほらほら。


 ぱく、と空振りした皇帝を私は笑った。


 どこまで運ばれるのだろう、と思っていたら、角を曲がってすぐに私は目を見開いた。

 長い回廊の左側の壁に、歴代の皇帝を描いたと思われる巨大な絵画がずらりと並んでいたのだ。

 私はアホの子のようにぽかんと口と開けた。


 ――すごい。


よだれが出ているぞ、珠子」


 呆れたような声に、慌てて口元を拭ったけど、すぐに唇を尖らせた。


「出ていません」

「いや、出ていた。うちの猫は料理以外の物を見ても涎をたらすのか」

「かっこいい人を見てもたらしますよ。大好物です」

「俺のことか」

「自分で言う人はかっこよくないです」


 ふん、と顔をそらして、回廊に視線を向ける。

 いったい何枚あるのだろう。


「リヴァイス、下ろして!」

「だったら落ち着け」

「無理!」

「無理ってなんだ」

「だって!」


 私は、皇帝に抱き上げられたままぴょんぴょん跳ねた。


「かっこいい!」


 回廊に並べられている絵は荘厳の一言に尽きた。


「きれい!」

「珠子」


 落ち着け、と皇帝が苦笑している。


「だって、だって……!」


 わあわあわあ、と私は興奮がおさまらない。

 窓から差し込む光が回廊の半分を明るく照らし、逆に飾られている絵に深い影を作っている。その景色だけで「絵」になるというのに、飾られている絵がまたすごい。

 何号とか、詳しいことはわからないけど、いずれも横幅が2メール、縦が3メートルくらいあるのだ。描かれているのは、顔の大きさからすると等身大だ。

 中には女性の姿もあって、いずれも美男美女。きっと一日中見ていても、見飽きることはないだろう。

 金髪が多いのは、光龍だからだろうか。

 もっと近くで見たいです、と言えば絵の側まで寄ってくれた。


「ここは西の回廊で、初代から二十代までの肖像が飾られている。俺のは東の回廊だ」

「リヴァイスは何代目なんですか?」

「二十三」

「おおー!」


 パチパチパチ、と思わず拍手。

 確か、この大陸に人が住めるようになったのが約五千年前。皇帝の歴史はそのまま大陸の歴史だから、長短はあるだろうけど、各皇帝はひとり二百年前後の治世ということ。

 五千年も前の絵がそのまま残っているのもすごい。――って、後で双子の侍女に言ったら、やっぱり風化しちゃうから、変質しないよう定期的に処置しているんだって。


 肖像画には、リヴァイスのご先祖様だとわかる容貌の人もいれば、ぜんぜん違うタイプの人もいて。

 この人かっこいいです、と私が言えば、俺のほうがかっこいい、と真面目な顔で皇帝が言うのが可笑しかった。


「リヴァイスの前の皇帝は、お父さん?」

「ああ」

「リヴァイスが即位したのっていつ?」

「十年前だ」

「十年前……」


 ということは、リヴァイスは十五歳。

 成長が止まったのもその年だったと言っていたけど、彼の口調からは、それが早すぎるみたいな印象を受けた。

 平均的に、もう少し年をとってからが普通であるかのような。


 ――もしかして、即位すると成長が止まっちゃうのかな。


「即位したのはお父さんが亡くなったから? それとも……、えっと、皇帝をあげた、の?」

「あげた?」

「えっと……」


 この世界での適切な言葉がわからない。


「渡した、の?」

「ああ、位を譲られたということか」


 それ! と私の目は輝いた。


「ゆじゅられた!」


 ぷは、と皇帝が吹いた。

 私が頬を染めつつ膨れると、皇帝は「すまんすまん」と謝って、ゆっくりと発音してくれた。


「ゆ、ず、ら、れ、た。――言ってみろ」

「……」

「ほら」

「ゆず、られた」

「そうだ」


 皇帝は楽しそうに笑った。

 初めて聞く言葉を口にすると、大半が舌っ足らずになってしまう。

 先生は笑わずに教えてくれるけど、本当は笑いたかったりするのかな。


「お父さんから皇帝の位を譲られたんですか?」


 改めて聞けば、いや、と彼は笑う。すごく優しい笑みだった。

 でも、ひとつ息を吐いて、肖像画を見上げた横顔からはその笑みが消えてしまう。

 精悍な横顔。

 それからしばらく、彼は口を開かなかった。


「……」


 聞いてはいけないことだったのだろうか。

 静かに待っていたけど返答はなく、ごめんなさい、と謝ろうとしたら、その前に彼が私を見た。


「十二年前、父と叔父――セイフォンの父親が共に亡くなり、雛だけが残った」


 彼が話してくれたことにホッとしつつも、私は首をかしげてしまう。


「ひな?」

「成人前の龍人のことだ。龍人の子も、龍の血が覚醒する前はただの人と変わらず、ただの人では皇帝になれない。――俺が即位するまでの二年間、皇帝の座は空位だった」

「……皇帝がいないと、困る?」

「困るな。皇帝は大陸の結界守護者だ」

「結界守護者……」


 つぶやいた言葉に、皇帝がチラリと笑う。


「知っていたか」

「前に聞いたことがあります」


 この大陸を人の住める土地にしたのは光と闇の神だが、その大陸を守るために皇帝が結界を張った。

 皇帝は結界の守護者であり、皇帝を失うということは、大陸を守る結界を失うということに他ならないと。

 破れた結界を修復するのも張るのも、皇帝しか出来ないのだ。


 皇帝は再び肖像画を見上げて息を吐いた。


「皇帝が数年不在でも、光と闇の神子がそろっていればたいした問題ではなかったのだがな」


 何か不快なことを思い出したのか、皇帝の美眉が寄った。


「珠子」

「……はい」

「先代の闇の神子のことは聞いたか」


 私を見る紫色の瞳に、ちょっとだけたじろいだ。


「……少しだけ。第五王家のお姫様だったって」

「それから?」

「えっと、急に亡くなってしまったって」

「それから?」


 光と闇の神子は、神々の力を調整し安定させるための存在で、片方を失えば均衡を欠くが、通常は次代がそれを担う。

 次代の神子は、先の神子が亡くなった後に生まれるので、直接顔を合わせることがない。だが、稀に生きている間に次代が宿ったときは、神子としての力が移譲するのですぐにわかるという。

 それを退位とし、神子は次代が生まれる前に寿命で亡くなるのだ。


 ――寿命とはいえ、己の死がわかるというのはどういう気持ちなのだろう。


 次代が生まれるから死ぬのか、寿命で死ぬから次代が生まれるのか。それは、鶏と卵のどちらが先かという問いに似ている。


 先代の光の神子は、次代リヴァイスに力を移譲したあと寿命で亡くなったが、闇の神子は違った。


 先代の闇の神子は、突然、命を失ってしまったのだ。


 歴代の神子は皇都の本神殿に肖像画が残されているので、どういう人が神子だったのかを知ることは誰にでも出来る。

 若くして突然亡くなった闇の神子。

 本来であれば、私じゃなくて、今でも彼女が闇の神子であったはず。


 ――なんで亡くなってしまったのだろう。


 巫女や神官たちの誰もが褒め称える、優しく美しいお姫様。

 とても綺麗で、おしとやかな闇の神子。

 神殿に残る絵姿を見ても、そんな雰囲気がにじみ出ていた。

 純粋な疑問として「病気?」と聞いてみたことがあったけど、答えは返ってこなかった。

 聞いてはいけないことなのだと思って、それきり聞くのはやめたけど。


「それだけ、です」


 私が言えば、苦笑が返ってくる。


「それだけ、か」

「はい」


 まっすぐな私の視線に、皇帝は目を細めた。


「……近いうちに話そう」

「はい」


 私は元気にうなずいて、話題を変えた。

 だって、なんだか暗くなってしまったから。


「みんな同じ剣を持っているんですね」


 リヴァイスの絵姿にも描かれていた、鍔のところに大きな宝石がはめ込まれた両刃の直剣。


「ああ……」


 皇帝が目を細めた。


「これは聖剣だ」

「聖剣!」


 おおお! 

 なんだかかっこいい響き!

 私の目は輝いていたに違いない。それが可笑しいのか、皇帝はくすりと笑った。


「初代皇帝が結界を張った際に使ったと言われているが、実際は初代皇妃が作った模造品だ」

「模造品……」


 おおお? 

 なんだかしょぼい響きになったぞ。


玩具おもちゃってことですか?」


 首をかしげてみれば、苦笑されてしまう。


「玩具ではないな。見かけは壊れた剣に似せて作ったが、新たな結界を張れるほどの力を持っている。――初代皇妃は、初代の闇の神子だ」

「初代の……」


 ということは。


「初代皇帝が、初代の光の神子?」


 正解、というようにリヴァイスは口角を上げた。


「聖剣は主を選ぶ。俺にしか扱えん。――見てみるか?」


 皇帝はようやく私を床に下ろし、左腰に下げた剣を鞘ごと抜いた。


「これだ」


 あっさりと言われて、私は目を丸くした。


「え、それですか!?」






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