プリンスの告白
やり逃げなんて不名誉極まりない。やらず逃げと言ってほしい。
が、この状況はどう見ても「やった」んでしょうか。そういえば体の奥がなんだか違和感。
「まさか昨日のこと覚えてなとは言わないよね」
小宇治君が笑っている。小宇治君は、さすがにトランクス一枚は肌寒かったのか、ブラックデニムのパンツと長袖Tシャツを着て、ベッドに腰掛け私を見ている。そりゃそうですよね。現在11月ですもの。私もちょっと肌寒くて起きました。
私は小宇治君の正面、ローテーブルをはさんだ床に座り小さくなっていた。
いや、覚えていない・・・わけではない。さっきは混乱していて記憶も何もぶっ飛んでいたが、現在はっきりと昨夜のあれこれを回想できるし、起きぬけで化粧も落ちたすっぴんよりもひどい顔をさらしている羞恥心もむくむくと大きくなってきている。とりあえず顔洗っていいですか?そしてスキンケアと化粧しに帰っていいですか?
小宇治君にびくびくしながら聞いてみたら、顔を洗うのは許してくれたけど、帰宅は許してくれなかった。
そりゃそうだ。帰宅させてくれればそのままトンずらこくのは目に見えている。高校生の時から頭良かったもんなぁ!さすがの読みだよ!!もうやけくそだ。
とりあえず、顔を洗った。化粧水など男性の一人暮らしではないですよねと聞くと、
「使いかけでいいならあるよ」
と言って有名化粧品メーカーのロゴの入った小瓶を渡された。
へー、モトカノのですか。ほー。まぁいいんですけどね、とちょっぴり湿った視線で小宇治君を見るとにやりと笑われた。
化粧水(しかも私の愛用品よりちょっと高いラインのやつだ、チクショウ)をつけただけでファウンデーションもチークも眉さえも整えられない状況で、わがプリンスの御前に姿をさらすが仕方ない。私は覚悟を決めて、小宇治君の元に戻った。
時間は昨夜の午前0時過ぎにさかのぼる。私は合コンを終えて帰宅途中だった。
八坂駅前は私たちが通う大学から一番近くの繁華街になっており、学生やサラリーマン向けの居酒屋が多い。
昨日の合コンの女子の参加者は私、ゆかりちゃん、ゆかりちゃんの学科の友達2人。男子側はゆかりちゃんの学科の友達のバイト先の人とその友達3人。友達の友達同士でオトモダチになりましょうってとこか。
合コン自体はまずまずの盛り上がりだった。はじめは男の子は4人が4人ともあわよくばゆかりちゃんとお近づきになりたいオーラを出していたが、そのうちに2人はゆかりちゃんの学科の女の子たちと盛りあがり始めた。私とゆかりちゃんもちょっと頑張って乗りよくして、なかなか楽しかった。
二次会のカラオケも行った。音痴の私には苦行に近い時間だったが、笑える程度の音痴なので笑ってくださいと先に宣言しておいたのが良かったらしく、まずまずウケた。
次どうする―?と聞かれたが、私とゆかりちゃんは帰ることにした旨幹事の女の子にいうと、とくに問題なく解散になった。解散前にみんなでアドレス交換して「また遊ぼーねー」と社交辞令を言いあい(実際に後日、また同じメンバーで合コンすることなんかあるんだろうか?)八坂駅で別れた。ゆかりちゃんと私は同じ沿線の隣駅なので一緒に電車に乗ったが、ゆかりちゃんの最寄り駅で別れた。
私はアルコールに強くもないが、それほど酔っておらず、楽しかったなぁー案外合コンもいいもんだなぁーと思いながら、最寄駅で降りると改札を通ってそのまま駅前のコンビニに寄った。
最寄駅からは5分ほど歩けば私のマンションにつく。電灯もあるし、週末の午前0時はけっこう人通りも多い。最寄駅は普通電車しか止まらないから、駅徒歩5分なんて条件の割に安い家賃でマンションを借りられた。やはり親のすねをかじってる身としては、そういうところもありがたいと思う。
駅前のコンビニで酔い覚ましの野菜ジュースでも買って帰ろうと思っていたら、小宇治君に会ったのだ。小宇治君ちは私のマンション側とは線路を挟んで反対側にある。最寄駅が一緒なのも、小宇治君の家も知っていたが(もちろんストーカー級の情報収集癖による。ただしあえて近所に部屋を借りたわけではない。偶然、たまたまだ。それで一生の運は使い果たしたに違いない)、出くわすのはこの2年で初めてかもしれない。
「こんな夜中に女一人で危ないぞ」
とか小宇治君は言ったと思う。小宇治君はバイト終わりで(小宇治君のバイト先のコンビニは大学最寄のところでここではない)、家に帰る前にコンビニに寄ったらしい。二三言葉を交わして帰ろうと思っていたのに、小宇治君が一緒に飲もうと言ってきて面食らった。さすがに少しは会話する仲だが、ふたりで飲みなんて行ったことない。しかも深夜0時過ぎである。普段の私なら絶対断った。が、昨夜はなぜだか断らなかった。あれがアルコールパワーというやつなのか。自分では酔ってないつもりだったけど、大分酔っていたに違いない。
普通電車しか止まらない小さな駅だが、いちおう駅前なので居酒屋チェーン店程度はある。そこに入って、ふたりでカウンターに並んで座った。私は小宇治君の隣に座っているという状況で緊張していた。小宇治君がバイト終わりでビールをぐいぐい行くのを見ると自分も一緒にぐいぐい行ってしまった。
小宇治君は何気ないことを話していた。今日バイト先のコンビニに来た変なお客の話とか、大学構内で見かけた野良猫の話とか。私はそれらが、素面の時に聞いてもまったく面白い話ではないことも理解できず、たくさん笑ってたくさん飲んだ。ビールのジョッキのほか、きれいな色のカクテルとか小宇治君お勧めの一杯とか。
そんな風に飲んでいたら店に入って1時間と経たないうちに私は酔っぱらった。それはもう今まで史上最高に酔っぱらった。私は酔っぱらい過ぎてはいたが、気持ち悪いとかではなく足元がふわふわしてとてつもなく楽しい気分だった。たぶん3センチくらい浮いていたのかもしれない。
そのうちに小宇治君の言葉の意味もだんだん分からなくなっていって、にこにこ馬鹿みたいに笑ってたと思う。
小宇治君は帰ろうかと、二人分の代金を店員のお兄ちゃんに支払うと、足元のおぼつかない私を支えながら外に出た。
「一人じゃ帰れないよなぁ。かといっておれも江崎の家知らないし」
小宇治君はわざとらしくそういうと、小宇治君の家の方向に歩き始めた。
「私思うんですが、小宇治君の方が確信犯だったんではないでしょうか?」
床に正座していたらクッションを貸してくれたので、その上に正座して私が言う。すると小宇治君は、
「ばれたか―」
とさわやかに笑う。笑ってる場合なのか。酔った女の子を密室に連れて行き手籠めにするなんて、犯罪だぞ。
「でも江崎もいいって言ったし。気持よさそうだったし」
しゃあしゃあと言う。昨夜のことを持ち出すのはやめてください。恥ずかしくて死にそうだ。
「コンビニで会ったのは偶然なんだよ。でも江崎酔ってるっぽかったし、これはチャンスかなと思って」
ちゃんす?チャンスですと?!
「えっと、それは・・・小宇治君が私とやってみたかった、という風に聞こえるんですが」
「女の子がやるとかやらないとか言わないっ!」
小宇治君が身を乗り出し私にデコピンをした。けっこう痛い。
「やるやらないは別として・・・一緒に酒飲んだりくだらない話したりしたかったんだよ」
小宇治君がベッドから降りて、私の真向かいに座る。
私はしばし考えた。一緒にお酒飲んだり、くだらない話がしたい?
前の彼女さんと別れて2か月。現在独り身にはちょっと辛い季節11月。そして(たぶん)禁欲生活も2カ月以上。導き出される結論は。
「人恋しかった、っていうこと?」
別に私が良かったわけではない。同年代の女の子とちょっと話して、心を温めてくれるのならば誰でもよかったのだ。さらにお酒の力で身も一緒に温まってしまった。昨夜のやっちまった出来事はほんとにタナボタみたいなもんだったんだ、お互いに。
ということは、小宇治君としては私が先にそっと帰った方が都合がよかったんではないでしょうか?
なぜに止めた!
私だって次に大学構内で再会した時にはちょっと照れ臭いが、昨夜のことはなかったことにして挨拶するくらいの風流さは持っている!
「違うよ!ってか、なんで前の彼女のこと知ってるの?」
そこは聞かないでください。ストーカーがばれます。小宇治君のことを「手籠めにして!」なんて犯罪者扱いしていたが、私の方が犯罪歴は長いわけだ。
「江崎のこと高校の時から気になってたんだよ。江崎ってほかの女の子とはちょっと違う雰囲気持ってたから。でも最後の一歩近づけてくれない感じのバリアを感じてたから、近寄れなくって・・・昨夜は酒のおかげかそのバリアが溶けてたから。」
バリアなんて張った覚えないけどな。
「だからって昨夜のうちに部屋にまで連れ込む気はなかったんだけどね。でも連れ込んでみたら・・・江崎が洋服脱ぎだして。もうそこまでされたら、おれ無理でした」
そういえば、私は寝るときは下着だけで寝る癖がある。パジャマでもジャージでも締め付け感がいやなのだ。だからよっぽど寒くない限り寝るときは下着のみ。もちろんブラも外す。ストーカー癖に露出癖・・・モノホンで変態だな。知っていたが、再確認。
「襲ってごめん」
小宇治君が頭を下げる。
いやいやそんなにするほどのものではございません。というかひと時とはいえ小宇治君とそういうことできたってだけで私死んでもいい!!って感じなのに、頭を下げられるなど、滅相もございません。
「で、順番は逆になってしまったけど。
江崎さん、おれと付き合っていただけないでしょうか」
小宇治君が私を真剣な目で見つめてくる。
私はずっとずっと、もう5年も小宇治君が好きだった。すごくすごく好きだった。付き合ってほしいといわれるのを夢見たこともあった。今だって大好きだ。
でも・・・。だから。
「お断りです」