プリンスとお茶菓子
小宇治崇君。あだ名はプリンス。苗字がおうじだから、それだけの理由。でもこれは私と私の友達のゆかりちゃんとの間の呼び名であって、小宇治君を直接プリンスなんて呼ぶ人は、いない。でもそれでいい。彼は私だけのプリンスだから。
小宇治君は二十歳の大学2年生。某有名大学の工学部工学科。研究室は・・・よくわかんない。調査はしたけれど、他学部の研究室の制度とかっていまいちピンとこない。
出身高校は隣県の有名進学校で、そこの特進コース数学科に在籍していた。その中でも成績はトップクラス。そのためすんなり全国的にも有名な某国立大学工学部に進学した。
現在、キャンパス近くの賃貸マンションで一人暮らし中。バイトは週4で深夜のコンビニ勤務。週2で高校生の家庭教師をしているらしい。家庭教師先はもちろん男子だから、女子高生のコムスメに狙われる心配もない。
小宇治君の容姿はこれといった特徴はない。が、私個人としては、細身のパンツがとてもよく似合ってってよろしいと思いマス。そのしゅっとした腰のラインがサイコー!時々おしゃれにベストなんか合わせているが、それもまたバーテンダーのようでよくお似合いです。ちなみに身長は175cm。日本人の平均くらいなんだろうか?
サークル活動は特に積極的には行っていないようだ。
ゆるいフットサルサークルに在籍しているらしいが、学祭シーズンに模擬店をだすときと、月2・3回ゆるゆる試合に参加するくらい。フットサルも決して上手ではない。足は速いけど見ててもわかるくらい不器用で、ボールに扱われているようなもんだ。
そういえば高校の時もあんまりスポーツは得意ではなかったみたいだ。何度も言うが、足は速いから運動音痴ではない。運動音痴とは走ればどん尻、球技をすれば突き指をしたりボールに躓いて転んだり、創作ダンスをさせればリズム感最悪・・・という私のような女のことを言うのだ。小宇治君は断じて運動音痴ではない。
歴代の彼女は・・・歴代・・・。これだけは、このことを語るときだけは、私の胸にはむなしさが去来する。私がいかに砂をかむ思いで彼女たちを見つめていたのかは、これまでの語り口調により想像できるだろう。
初めての彼女は、高校2年生の時だった。だが、これはたぶん大人の付き合いにまでは至らず袂を分かったはずだ。
次が大学に入ってすぐ。初めての合コンで知り合った尻軽女。たぶんこ奴がわが小宇治君のチェリーを奪い去ったのだろう。いつ頃かは分からないが、付き合い始めて3カ月目には分れたので、けっこうな急展開でABCを済ませたものと思われる。
一番最近が半年前。バイト先のコンビニで逆ナンパされた社会人。年増のくせにいたいけな19歳の男の子をだましていることで良心がとがめたのか2か月前に連絡不通で別れたらしい。(ま、素直に考えれば小宇治君がふられたのだろうが。)
というわけで、現在小宇治君はフリー。拍手喝采。ありがとう。と言って私が小宇治君に告白することはない。それだけはない。彼は私だけのプリンスなのだ。その彼を私自身がけがしていいわけがないのだ。
「だからさー。なんでグリコちゃんはそんなにプリンスのことをストーカーじみてすきなくせに、告白しないの?」
このもっともな意見を目の前で述べているのが、上田ゆかりちゃん。私の高校時代からの友人だ。学部は違うがバイト先は一緒。でもバイトの曜日や時間は違うから放課後も講義もほとんど一緒にはいない。お昼休みにだけ、約束したわけでもないのに学食でこうして会って話をする。2限3限が休講でもお昼にはこうして律儀に学食に来ることもある。約束のない約束なのだ。
ちなみにグリコちゃんとは私のあだ名だ。苗字が江崎なので、有名菓子メーカーから拝借した。この呼び名を使うのは目の前のゆかりちゃんくらいだが。ほかの友達は「江崎さん」か「江崎」。親しくなっても「えざきん」か「えざちゃん」。黒タイツの芸人ではない。
「プリンスは下々のお菓子になど興味がないからです」
と、いつも返している言葉でかわす。小宇治君の隣に並ぶ自分なんて、全然全く想像できないから仕方ない。
「いっつもそういうけどさ。プリンスだってグリコちゃんのこと別に嫌ってないんだし。高校のころはよく話してたじゃん」
高校のころというのは、私とゆかりちゃんと小宇治君は実は同じ高校出身だからだ。しかも同じ特進コース数学科。1クラスしかないので3年間一緒だった。3年も一緒にいれば、少しくらい話す。さらに同じ大学に進学したのが3人だけだったので、ちょっとした連帯意識さえ持たれていると思う。学内で見かければ会釈くらいするし、そのとき暇ならばほんのちょっとだけ話しかけてくれたりもする。「次何の講義?」「環境社会学」「それ前期に取ってたからテスト問題やろうか?」「ありがとう」くらいは。
「それって、そのまま攻めれば十分脈ありなんじゃないの?私プリンスとそんな話しないよ」
ゆかりちゃんはそういうが、それは女子力の違いだろう。私は平平凡凡、よくて十人並み、悪く言えばいくらでもいいようはあるが不快感をさらす必要もないので割愛。ダサくはないがおしゃれさんでもなく、目立たないその他大勢の女の子の一人でしかない。
かたや目の前におわする上田ゆかり嬢は、一言でいえば超絶美少女なのだ。高校の時から仲良くしてくれているが、なんで私ごときと仲良くしてくれるのか分からない。クラスメートが男子が多かったから、少ない女子の中で気があったのが私、というのが理由らしいが、それ以外に「グリコちゃんのキャラクターが面白いからね」と謎発言も残している。私が面白かったら、世界は爆笑で満ちている。美人は変わり者が多いというから、そういうことかと納得しているが。
平凡な女の子と超絶美少女だったら、普通レベルの男子代表のような小宇治君はにとっては、平凡な女の子の方が話しかけやすい、ということだろう。平凡さは親しみやすさだ。だからと言って、親しみやすさは好意ではないのが悩ましいところなのかもしれないけど。
「まぁグリコちゃんがいいならどうこうしろとは言わないけどね」
今までけっこうな回数、告白しろ、泣き落とせ、しなだれかかれ、奥の手は一服盛って既成事実という手もあるぞ、とけしかけておきながら今更ではないでしょうかゆかり様。
「で、明日の合コンは来るんだよね?」
うっ・・・。
「来るよね?もう人数合わせてるんだから、不参加はなしだよ。6時に八坂駅の東改札だから。」
「バイトが・・・」
「明日はバイトないのは分かってるのよ。おんなじ店なんだから、ごまかし利きませ~ん。店長にもよくよく休みお願いしたんだから」
「やはり休み希望出したのゆかりちゃんか・・・」
「グリコちゃんがプリンスを好きなのは知ってるけど、漫画のヒーローに対する好きみたいなもんなんでしょ?最近やっとわかってきた。だから、現実の男にも目を向けなよ。大丈夫、嫌なら一緒に一次会で帰るから」
ゆかりちゃんはそういうとスープだけになったうどんどんぶりの載ったトレイを持って立ち上がった。じゃあねー、と手を挙げて別れる。私は3限目は休講だからのんびりしたもんだ。
学食の薄いお茶を飲みながら、ゆかりちゃんに最後に言われた言葉を否定する。
漫画のヒーローに対する好きだけじゃないんだけどね。
ちゃんと現実の人物として好きなんだけどね。
つまり少なからず肉欲を持った好きなんだけどね。
否定の言葉を心の中では呟くけど、それをゆかりちゃんに言うつもりはない。
小宇治君への気持ちは自分でもよくわからないくらい大事だ。小宇治君も大事だ。自分を卑下するわけではないけど、どうしても自分は小宇治君には似合わない気がするのだ。これはもう一種のすり込みみたいなもんかもしれない。
しかし、弱った。合コンかぁ。
カラオケとか行くのかなぁ・・・。私は運動音痴だし、リズム感ないし・・・歌も下手なのである。