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猫かぶりな君と見えている私の攻防

作者: 月陽(つきひ)
掲載日:2026/06/16

 そもそも。


 神様というものが本当に存在するのなら、配分というものを考えてほしい。


 顔良し、頭良し、運動神経良し。


 ついでに性格まで良いときた。


 隣の席の


月城つきしろじん


という男は、明らかに盛りすぎなのである。


「ありがとう。でも、そういうこと言われると照れちゃうな」


 照れているようには一ミリも見えない爽やかな笑顔に、女子達が黄色い悲鳴を上げる。


 なんなのだろう。


 あれはもう人間というより、自然災害に近い。


 台風とか。


 竜巻とか。


 歩くだけで周囲を巻き込むタイプの。


「……」


 私は視線を本へ戻した。


 関わらない。


 それが一番だ。


 どうせ住む世界が違う。


 卒業したら話すこともなくなる。


 そういう人種だ。


 だから――。


「ねえ」


 突然、真横から声がした。


 びくり、と肩が跳ねる。


「っ!?」


 顔を上げると、そこには件の自然災害がいた。


 いつの間に。


 女子達に囲まれていたはずでは。


「その本、面白い?」


「……え?」


 予想外すぎる問いに間抜けな声が漏れた。


 月城仁は、私の机の上に置かれた文庫本を覗き込んでいる。


 近い。


 顔が良い。


 近い。


 そして顔が良い。


 大事なことなので二回思った。


「ミステリー?」


「そ、そうだけど……」


「へえ。実は俺も本読むんだよね」


 絶対嘘だ。


 と、反射的に思った。


 この男が本を読む姿など想像できない。


 女子に囲まれ、笑顔を振り撒きながら人生を謳歌しているイメージしかない。


 そんな私の疑いを察したのか、彼は少し困ったように笑う。


「信じてない顔してる」


「……別に」


「してるよね?」


「してません」


「してるって」


「してません」


 なんだ、この会話。


 今まで一度もまともに話したことがなかった相手なのに。


 しかも周囲の視線が痛い。


 主に女子達の。


 お願いだから見ないでほしい。


 私は何もしていない。


 ただ静かに読書をしていただけだ。


 被害者である。


「ふふっ」


 月城が笑う。


 その瞬間だった。


 ふわり、と。


 彼の頭上に数字が浮かび上がった。


『98』


「……は?」


 思わず声が漏れた。


「ん?」


「え?」


 私は目を擦った。


 見間違いだ。


 きっと疲れている。


 昨夜、少し夜更かしをしたせいかもしれない。


 だが。


 もう一度見ても。


 やはりそこには数字があった。


『98』


 しかも、月城仁の頭上に。


 まるでゲームのステータス表示みたいに。


「……」


「どうしたの?」


「……」


「顔色悪いけど」


 違う。


 顔色が悪いのはあなたのせいだ。


 なんなのその数字。


 身長?


 違う。


 体温?


 高熱すぎる。


 テストの点数?


 今授業中ですらない。


 意味がわからない。


 意味がわからないのに――。


 なぜだろう。


 私は本能的に理解してしまった。


 その数字が何を表しているのかを。


 理解したくもないのに。


 頭のどこかが告げている。


 あれは。


 あの数字は。


 私に対する――好感度だと。


「…………」


 いやいやいや。


 待って。


 待ってほしい。


 そんなわけがない。


 だって相手は月城仁だ。


 学年一の人気者。


 そして私はただの少女A。


 接点なんてほとんどない。


 なのに。


 どうして。


 どうして好感度が――。


 九十八もあるのよ!?







 この後、私は自分だけが他人の「自分への好感度」を数字として見られる能力を手に入れたことに気づく。


 試しにクラスメイトや教師、家族などを見てみると、表示される数値はおおむね20〜60程度。親しい友人でも70前後であり、それがごく普通の数値なのだと知る。


 しかし、月城仁だけは違った。


 初めて見たときは98。


 その後も99、時には100に迫る異常な数値を叩き出してくる。


 接点もほとんどないはずなのに、なぜか自分にだけ異常な好感度を向けてくる月城。


 だが当の本人は、誰にでも優しく爽やかな完璧王子を演じ続けている。


 数字を見る限り、月城は間違いなく私に強い好意を抱いているはずだ。


 それなのに、その本心だけはまるで見えてこない。


 周囲に見せる顔はいつも同じ。


 笑顔の裏で何を考えているのか、まったく読めないのだ。


「好感度は見えているのに、本音だけが見えない」


 そんな不思議な状況の中、私・秋月あきづきしおりは月城の隠された本心へと少しずつ近づいていく。





 これは、人の好感度が見える少女と、本心を巧みに隠し続ける“猫かぶり王子”による、恋と秘密の駆け引きの物語。





【月城仁視点】


 秋月栞を初めて見たのは、小学五年生の頃だった。


 正確には、向こうは覚えていない。


 覚えているのは俺だけだ。


 図書館だった。


 母親の撮影待ちで退屈していた俺は、珍しく一人で本を読んでいた。


 当時から周囲は騒がしかった。


 芸能人の息子。


 顔が良い。


 運動ができる。


 そんな理由で勝手に人が寄ってくる。


 誰も彼も同じだった。


 俺ではなく、「月城仁」という肩書きが好きなだけ。


 だから正直、人付き合いは好きじゃなかった。


 そんな時だった。


 近くの棚から何冊も本を抱えた女の子が現れたのは。


 小柄で、地味で。


 今と変わらないくらい目立たなかった。


 なのに。


 なぜか目が離せなかった。


「あっ……」


 彼女の手から本が落ちた。


 何冊も。


 ばさばさと。


 慌てて拾おうとして、さらに落とす。


 不器用だった。


 今思い出しても笑えるくらい。


 俺は思わず近づいていた。


「手伝う」


「え?」


 彼女は驚いた顔で俺を見る。


 その瞬間。


 周囲の大人達みたいな顔をしなかった。


 知っている顔ではなかった。


 芸能人の息子を見る目じゃない。


 ただ突然話しかけられた知らない男子を見る目だった。


 それが妙に嬉しかった。


「ありがとう」


 たった一言。


 それだけだった。


 でも。


 彼女は笑った。


 何の計算もなく。


 何の下心もなく。


 ただ純粋に。


 嬉しそうに。


 笑ったのだ。


 それから俺は終わった。


 たぶん、あの時。


 人生で初めて恋をした。


 小学五年生の俺は、それを恋だとは理解していなかったけれど。


 中学に上がっても。


 高校に入っても。


 気づけばずっと探していた。


 そして。


 高校二年生の春。


 クラス表に書かれた名前を見つけた。


『秋月栞』


 心臓が止まるかと思った。


 まさかと思った。


 同姓同名かもしれないと。


 だけど。


 教室にいた彼女は間違いなく本人だった。


 少し大人になって。


 少し背が伸びて。


 それでも本を読む姿だけは昔のまま。


 その日から毎日が楽しかった。


 隣の席だった。


 話しかける理由はいくらでもあった。


 なのに。


 話せない。


 意味が分からない。


 女子には普通に話せる。


 テレビのインタビューだって平気だ。


 何百人の前でも笑える。


 なのに秋月栞だけは駄目だった。


 声をかけようとしてやめる。


 話題を考えてやめる。


 結局、何もできない。


 情けない。


 我ながら本当に情けない。


 好きな相手の前でだけ、頭がおかしくなる。


 だから俺は笑う。


 いつもの月城仁を演じる。


 爽やかで。


 優しくて。


 完璧な王子様を。


 そうしていれば少なくとも嫌われないから。


 だけど本当は。


 隣の席で本を読んでいる彼女を見るだけで緊張している。


 目が合うだけで嬉しい。


 話しかけられるだけで一日機嫌がいい。


 そんな自分を知られたくない。


 知られたら終わる気がする。


 だから隠す。


 ずっと。


 ずっと。


 隠し続けていた。


 ――あの日までは。


 彼女が俺を見て。


 信じられないものを見るような顔で固まった、その日までは。


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