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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

クオリティの低い嘘はなぜ生まれるのか?

作者: ぽぴ
掲載日:2026/06/08



 世の中には嘘がたくさんある。そのなかでも「クオリティの低い嘘」に私は興味がある。



 私は嘘つきの才能がある。人の表情が読める上に、私に「嘘つきの才能がある」ことを誰も知りえない現実の環境がこの才能を形にしている。



 いま、こうしてこの話をしている以上、これを読んでいる人は私を警戒するようになった。


しかし、ちょっと待ってほしい。


才能があることと、

それを使うことは別だ。


私は嘘つきの才能を使っていない。


私の母親はクオリティの低い嘘つきで、

嘘にはうんざりしている。だから使わない。


母親と同類になりたくない。



 さて、私はそんな感じで嘘つきの才能があるわけだが、「クオリティの低い嘘」には飽き飽きしている。


嘘には品質がある。


・事実でしかない嘘


・一般的な嘘


・嘘として成り立たない嘘



クオリティの低い嘘は、3番目の「嘘として成り立たない嘘」に該当する。



 たとえば、小学生が「家に虎を飼っている」という嘘をついた。これは事実確認をすれば、簡単に破れるクオリティの低い嘘だ。


しかし、大人になっても依然として、「確認をすれば簡単に破れる低クオリティな嘘」をつく人間がいる。


彼らは、それが相手に通用すると本気で思っているようだ。



 嘘つきの才能がある私から見ると、低クオリティな嘘は、『嘘』という誠実さに欠けた行為に加え、「相手の能力を軽んじる」という敬意も欠けた見下しが含まれている。


極めて下品な行為だ。


嘘を扱う人間として、許せない。




 次の◇から話す内容は「低クオリティな嘘」にまつわる実際にあった話だ。その話は、低クオリティな嘘つきが生まれる要因に触れている、と私は感じている。




 私の彼女は境界知能だ。あんまり物事は分からないが、それでも懸命に生きている。


そして彼女には、姉がいる


 この姉は、境界知能である妹に、「 家賃の引き落としができてないから、来月にはその家を強制退去しないといけない 」という嘘をつき、自身の育児を手伝わせるために、ルールを盾にした身勝手な引っ越しを画策した。


しかし、家賃の引き落としがされているかは、確認すればすぐに分かる。


つまり、その嘘には「相手の能力を低く見積もった見下し」が含まれていた。



 見下しているからこそ、その嘘が、妹の人生や家族関係にどんな影響を与えるのか考えず、安易な嘘でコントロールしようとする。


この姉は、自分の妹を「1人の人間」、あるいは「妹なりの事情や人生がある」という理解がまったく及んでいない。


なぜなら、見下しているからだ。



 この姉の嘘は単純な保身や見栄による一般的な「許容される嘘」ではない。


この嘘には誠実さも敬意もない。

そして、身内への愛情も欠けている。


極めて下品な嘘と言える。




 上の話にあるような、「低クオリティな嘘つき」はどのようにして生まれるのだろう?


私が思うに、「嘘を追及(ついきゅう)してくる人間の不在」が大きく関係しているように思う。



 私の母も低クオリティな嘘を使うが、戦後、働いてばかりの母の両親は、娘(母)の嘘を深く追及しなかったそうだ。


 彼女の姉もシングルマザーの母親から嘘の追及を受けていない。この母親は特殊なASDであり、「人に良いこと以外言ってはいけない」というマイルールを至上としている。


それゆえか、嘘を聞いても追及せず、「家族だから」という言葉で丸く収めようとする。


つまり、低クオリティな嘘を扱う人間は、「誰にも追及されない環境」が作り出していると私は思う。



 本来ならば、このような嘘は、家族や友達からの指摘で修正されていくはずだ。


しかし、私の母や彼女の姉のような人間は、家族内の大人から指摘されず、同世代の友達の追及をかわす、早熟な知能を持っていた。


それゆえに、低クオリティな嘘を握りしめたまま、大人になってしまったのだと思う。



――優しい言い方をしなければ、「誰にも追及されない環境」とは、「親から向き合ってもらえず、他の人からも関心を持たれていない環境」とも言える。


つまり、事実確認すれば簡単に破れる嘘をつく大人は、透明な存在だったからこそ、嘘の追及を経験していない。


それゆえに、大人になった自分とあの頃から止まったままの幼い自分のギャップに叫んでいる。その叫びが「低クオリティな嘘」として放出されるのだろう。




 私の母や彼女の姉は、嘘にまみれ、極大に肥大化した自分像と現実のギャップに苦しみ、1人は精神障害者になった。


もう1人は、人に囲まれ、どれだけ人を集めても、誰も「自分」を見てくれない現実におびえているのか、自身の子供にネグレクト(精神的虐待)を行っている。



 このエッセイで私が言いたいことは、「もし嘘をつくならば、相手の知能や能力を低く見積もらないようにすることが大切」ということだ。



間違っても、低クオリティな嘘を使ってはいけない。


大人なら、それなりの嘘を扱えてこその大人ではないだろうか?


そういえば⋯⋯、嘘には「いい嘘」もある。


「嘘」が道徳的に悪いものだとしても、

その嘘が誰かの幸せや希望を守るためのものなら、

それはもはや嘘ではなく、「祈り」だと私は思う。


嘘に溺れないで。




【あとがき】


 そうだ。「嘘」は何でも暴けばいいわけじゃない。それが自分に危害を加える目的でないなら、ほっとくのが吉だと思う。その嘘は誰かの「心のお城」かもしれないから。



 それと「凄惨な話なのに、やたらと先回りしてツッコミどころを潰してる話」は信用しないほうがいいと思う。


以前、話題になっていたある凄惨な話を読んだとき、「文の主軸と後付された説明的文章」が歪なものがあった。


やたら「〇〇はしましたがダメでした」「〇〇はできませんでした」といった、とりつくろうような説明が過剰に書かれていた。


 物書きや文章をよく読む人なら分かるかもしれないけど、筋書きの穴を埋める文章が、のちに大量に出てくる感じ。


穴のある筋書きを修正すると違う穴ができるから、後半で一気に穴を埋めた文章ってイメージ。



 凄惨な話は自分の認識を変えちゃう。それが事実の話ならいいんだけど⋯⋯、誰かが注目を集めるために作り出した凄惨な嘘に、自分の認識を変えられてしまうのは巻き込み事故みたいで、理不尽だと私は思う。


凄惨な話って心を憂鬱にするでしょ?


有りもしない凄惨な話で、憂鬱になるのって理不尽じゃない?



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