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星屑と金平糖

作者: 北大路京介

夜空の隅っこで、古い星がパキッと割れた。 剥がれ落ちた星の破片は、音もなく神社の境内に降り積もる。それはまるで、誰かがこぼした砂糖のようでもあり、あるいは誰にも届かなかった溜息のようでもある。


神社の境内。 真夜中。 巫女のこんは、竹箒を手に、派手な音を立ててその光を掃いていた。 紺の正体は狐だ。化けの皮が剥がれやすいのが悩みで、今は大きなリボンで無理やり狐耳を抑え込んでいる。


紺「さっさ、さっさ。あー、もう。今日の星屑、ちょっと湿ってません? 低気圧のせいかな。掃き心地が重いんですよ。これ、誰に文句言えばいいんですかね。宇宙? 宇宙のカスタマーセンターってどこにあるんですか」


そこへ、一人の青年がふらふらと迷い込んできた。 スーツは皺だらけで、抱えているカバンからは書類がはみ出している。彼は立ち止まり、紺が掃き集めている光の山を見て、呆然と呟いた。


青年「……綺麗だ」


紺は箒を止め、眉間に深く皺を寄せた。口元は穏やかに微笑んでいるのだが、その瞳の奥には冷ややかな理性が同居している。相手を観察し、品定めするような、狐特有の鋭い眼差しだ。


紺「綺麗? 今、綺麗っておっしゃいました? お客さん、視力いくつですか。これ、ゴミですよ。星の死骸。人間でいうところのフケみたいなもんです。そんなもん見つめて、ロマンチックな気分に浸られても困るんですよね。掃除してる側の身にもなってください」


青年「ゴミ……。でも、こんなにキラキラしてるのに」


紺「キラキラしてるからって、価値があると思ったら大間違いですよ。都会の夜景だって、近くで見れば残業してる人の充血した目と、イライラしたタクシーのブレーキランプの集合体じゃないですか。それと同じです」


青年「……そうかもしれません。僕も、その充血した目の一部でしたから」


青年は力なく笑い、境内の階段に腰を下ろした。


紺「おっと、そこ座らないで。今からそこ、掃くんですから。もう、営業時間はとっくに過ぎてるんですよ。あ、もしかして縁結びの祈願ですか? 悪いこと言わないからやめときなさい。運命の赤い糸なんて、大抵は洗濯物に絡まった糸クズみたいなもんですから」


青年「……縁結びじゃなくて。ただ、もう、キラキラしたものなんてどこにもないなと思って」


紺はふーっと息を吐き、箒を脇に立てかけた。彼女は腰のポーチから小さな瓶を取り出し、足元の星屑をひとつまみ放り込んだ。そして、瓶をカクテルシェイカーのように激しく振り始める。


紺「あー、めんどくさい。めんどくさいけど、そういう顔されると寝覚めが悪いんですよ。私、これでも繊細なタイプなんで。……はい、これ」


紺が瓶の蓋を開けると、中から琥珀色の小さな粒が転がり出た。金平糖だ。しかし、それはただの金平糖ではない。内側から柔らかな光を放ち、小さな星が閉じ込められているように見える。


紺「一個三百円。高いとか言わないでくださいね。私の念、今のレートだと結構高いんですから」


青年は戸惑いながらも、その一粒を口に運んだ。 カリッ、という音が境内に響く。


青年「……甘い。でも、ちょっと苦いですね」


紺「それは、その星が『誰かの叶わなかった願い事』だったからですよ。願い事って、賞味期限が切れると苦味が出るんです。でも、その苦さが胃に落ち着くと、少しだけ背中が軽くなるでしょ?」


青年は驚いたように目を見開いた。


青年「不思議だ。なんだか、明日も普通に満員電車に乗れるような気がしてきました」


紺「乗らなくていいですよ、無理には。でも、もし乗るんなら、窓に映る自分の顔を『今日も生きてて偉い』って褒めてあげなさい。キラキラっていうのは、外にあるもんじゃなくて、そうやって自分を甘やかす時に出る火花のことなんですから」


紺は再び箒を手に取り、せっせと光を掃き始めた。


青年「あの、あなたは、どうしてここで星を掃いてるんですか?」


紺「決まってるでしょ。いつか、うんと大きな星が落ちてきた時に、それをお金に換えて、南の島で油揚げを死ぬほど食べるためです。……っていうのは建前で」


紺は少しだけ照れくさそうに、リボンの位置を直した。


紺「放っておくと、夜が暗くなりすぎるんですよ。星が落ちっぱなしだと。誰かがこうして集めて、誰かのお腹に入れてあげないと、世界はどんどん重たくなる。……ふふ、今のは、ちょっといいこと言った自覚あります」


青年は笑った。今度は、少しだけキラキラした笑いだった。


青年「ありがとうございます。お代、置いておきますね」


青年が小銭を置こうとすると、紺はそれを手で制した。


紺「いりませんよ、今日は。その代わり、帰り道に夜空を見上げて、適当な星に文句のひとつでも言ってやりなさい。『お前のカケラ、結構苦かったぞ』って」


青年が頭を下げて鳥居をくぐり、去っていく。 紺はその背中を見送りながら、ひとりごとのようにつぶやいた。


紺「……ったく。人間はすぐ、キラキラしたものを探したがる。足元の砂利の中にも、昨日ついた嘘の中にも、光るものは混じってるっていうのに」


紺がくるりと回ると、巫女服の裾から、隠しきれなかった白い狐の尻尾がぴょこんと飛び出した。 彼女はそれを見て、慌てて手で尻尾を押し込みながら、またリズム良く箒を動かし始める。


紺「さっさ、さっさ。明日は晴れますかね。晴れたら、もっと質のいい星屑が降るんだけどな」


深夜の境内には、箒が地面を撫でる音と、時折はじける光の粒の音だけが響いていた。 それは、世界で一番静かで、一番賑やかな、星の掃除の時間だった。


もしもあなたが夜道に迷い、足元に妙に光る小石を見つけたら、それは紺が掃き残した星のカケラかもしれない。 そんな時は、迷わず口に放り込んでみるといい。 少しだけ苦くて、とびきり甘い、明日への魔法が解けるはずだから。

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