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辺境にて



 その後は魔物の襲撃などもなく数日間の平穏な馬車旅となった。


 フェイス君の黒髪を忌み嫌っていた他の乗客たちも、フェイス君の活躍を目の当たりにしたおかげか辛辣な目を向けてくることもなくなった。……彼の強さに恐れおののいただけかもしれないけどね。


 そんな平和な馬車の中。雑談の一つとして私の身の上話をすることになった。


「――肉欲に負けたのよ」


「肉欲?」


「肉欲?」


「肉欲?」


「にくよく?」


 エロい話かと目を輝かせるニッツに、ちょっと引いているガイル、どう反応したものかと苦笑するミーシャちゃんに、そもそも『肉欲』の意味が分かっていなさそうなフェイス君だった。


「……フェイス君。そのままのキミでいて。ニッツのようなエロ野郎になっちゃいけないわよ?」


 フェイス君の両肩を掴んで懇々と語る私であった。


「ひっでぇ物言いだなぁおい。お前にだけは言われたくねぇぜ。肉欲ってことはアレか? 王子様でも襲ったの――かぁ!?」


 ガイルとミーシャちゃんに頭を殴られるニッツであった。是非も無し。


「バカ、女性に向かってなんだその物言いは」


「フェイス君の教育に悪いですから慎んでください」


「……ういっす」


 二人からの圧に負けているニッツだった。頼りないリーダーとみるべきか、気さくなリーダーと評価するべきか。


「勘違いして欲しくないのだけど、肉欲っていうのは肉欲よ。お肉が食べたい欲望ってこと」


「…………」


「…………」


「…………」


「お前の」


「言葉遣いは」


「おかしいです」


 まさかのニッツ、ガイル、ミーシャちゃんによるトリプルツッコミであった。お肉食べたい欲なんだから略して肉欲じゃないかー。


 なんだか形勢が悪いのでここは思い切って話題を変えましょう。


「ミーシャちゃんはいい腕前ね? 魔導師団に誘われなかったの?」


「セナさんほどの魔術師から『いい腕』と褒められると恐縮ですね。……あの、セナさん。長い付き合いになりそうなのでこの際訂正しますけど――たぶん私の方が年上ですので『ミーシャちゃん』というのは……」


「へ?」


「セナさんってたぶん10代後半か20代前半ですよね? なら、私の方が年上です」


「……え、エルフは見た目が変わらないってパターンでごわすか?」


「ごわす?」


「ちなみに実年齢は何歳――いえ、今のなし。女性に年を聞くのは失礼すぎるし、年齢によってはものすごい精神的ダメージを喰らいそうだから」


「あ、はぁ」


「分かったわ。これからはミーシャさんって呼ばせてもらうわ」


「いえ、さん付けもいらないです。私の方が歳は上ですが、セナさんの方が凄い魔術師ですし」


 魔術師には魔術師なりの序列(?)があるらしい。


「わかったわ。じゃあミーシャってことで」


「お願いします。……魔導師団に誘われなかったか、でしたか。実は昔、魔導師団に所属していまして」


「へぇ」


 騎士団と魔導師団は一緒に訓練などをするので結構交流がある。ミーシャみたいな美少女が魔導師団にいれば話題になっているはずだし、となると私が王都で騎士になった5年くらい前にはもう辞めていたことになり、そうなるとミーシャの年齢は……。いえ、止めましょう。ミステリアス・エルフ。それでいいじゃない。


「魔導師団は給料が良かったでしょう? なんで辞めちゃったの?」


「いくら給料が良くても、忙しすぎたので……」


「あー……」


 この100年くらいで魔術師(魔導師)の数は激減したらしいし、ミーシャほどの支援魔法が使える魔術師なんて魔導師団でも貴重であるはず。そして、数が少ないからこそそんな貴重な魔術師を酷使するしかなく、結果として逃がしてしまったと。


 収入は安定するけど過労死しかねない魔導師団。収入は不安定でも、好きなときに好きな仕事ができる冒険者。国と王家のために死ぬことを求められる魔導師と、自分と仲間たちのために生きる冒険者。


 それを比べたとき、ミーシャは冒険者を選んだと。うん分かる。私だって選択肢があれば冒険者を選ぶもの。


 ……親友たちが騎士に向いていないと言ったのはこういうところかぁ。


「しかし、あれは珍しかったよなぁ」


 私とミーシャのやり取りが一段落したと踏んだのか、ニッツが別の話題を切り出した。


「あれって?」


「初日のゴブリンの襲撃だよ。あんなに王都から近いのに……。大きな街道周辺、特に王都近郊ともなりゃあ金にものを言わせて魔物を狩り尽くしているはずなのによ」


「……よく考えればそうね」


 言われてみれば確かにおかしいかもしれない。


 ただ、魔物研究の専門家でもない私が、ゴブリンの異常行動について説明できるわけがないし――


 ――いや。


「まさかね」


 一つの可能性に思い至った私だけど、あまりにも荒唐無稽なのですぐに頭を横に振ったのだった。





 さらに一日かけて、馬車の一団は辺境の地に到着した。

 正確に言えばグランバード辺境伯の領都・城塞都市ラルト。私の左遷先となる騎士団は領都に駐屯地があるし、ニッツたち『暁の雷光』は元々この町を拠点に活躍しているらしい。


 辺境とは王都から遠いという意味であるし、魔物との生存圏争いの最前線という意味でもある。この地から魔物を駆逐できれば我が国は広大な未開の土地を手に入れることができるし、逆に、負ければいずれ王都まで侵略されるでしょう。


 そんな辺境の地であるからこそ、騎士団の活動も盛況である……はず。おそらくは。そうでなければならない。いやそんな場所が『左遷先』になっている時点で色々と察せられるけどね。


 ともかく、私はまだ騎士団所属なのだから、ニッツたちとはここで一旦お別れだ。


「じゃあ、私は一応着任挨拶をしなきゃいけないから」


「おう、冒険者になる気になったら冒険者ギルドを尋ねてくれ。受付で『暁の雷光』の名前を出せば連絡も取れるはずだからな」


「はーい」


 王都への出張で小金を稼いだというニッツたちはこれから豪遊するらしい。つまりはきっと肉パーティー。羨ましいことだ。


 さすがの私でも(王都での仕事に協力したわけじゃないので)ご相伴にあずかるわけにはいかない。まずは騎士団に顔を出して、形だけでも着任。あとは退職手続きと退職金の受け取り方などを調べようかな。


 辺境という割に、城塞都市ラルトは発展していた。魔物退治のために冒険者たちが集まってきているし、冒険者相手の商売や魔物から採集できる素材を求めて商人たちもやって来る。人が集まれば宿や飯屋ができて……という感じで大きくなっていったのだと思う。


 都市の建設自体が近年であるおかげか、実際のところ王都よりも小綺麗に感じられた。


「中々いい町じゃない」


 活気ある町を通り抜け、城壁の門近くへ。そこに騎士団の駐屯地はあった。


「うっわ、ボロい……」


 外壁のレンガが経年劣化でボロボロになっているのは仕方がないとはいえ、『正門』という最も目立つ場所の壁一面に蔦が巻き付いているのはどういうことだろう? 騎士が手入れをする……のは、プライドが許さなかったとしても、人を雇って綺麗にすることくらいはできるはずなのに。


 正門とはその騎士団の顔。騎士団の旗を掲げておくべき場所。そんな正門が汚かったら、まともな騎士団であれば上官が叱り飛ばすだろうに。


(嫌な予感)


 的中率が異様に高い第六感の警報を聞き流しつつ、私は駐屯地の中に入った。




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