閑話 『組織』の男
――なぜだ?
黒いローブに身を包んだ男・ゼニーは不愉快そうに奥歯を噛みしめた。
この数日、ゼニーには困難ばかりは降り注いでいる。
まずは、所属組織『プロメテウス』の壊滅的被害。
あの厄介な王太子に攻め込まれ、王都の拠点はそのことごとくが陥落した。
ゼニーは何とか脱出することができたが、王都ではまだあの王太子による掃討が続いているはずだ。
もはや他の幹部たちの行方すら定かではないが……不幸中の幸いだったのは、本部の陥落前に『笛』と『鏃』の試作品を持ち出せたことだった。
笛。
魔物を召喚し、操る魔導具。
鏃。
魔物を進化させる魔導具。
まだ実験段階であるが、基礎はできている。
あとは実際に魔物を操ったり進化させたりして、精度を上げていくことができれば……。
ゼニーがまず手始めにやったのは、王都近くにいたゴブリンの進化。どのタイプに進化するかはランダムだが、幸運なことゴブリン・マジシャンへと進化した。
あとはゴブリン・マジシャンにゴブリンを指揮させ、商人の馬車を襲撃、組織再建のための物資や資金を集めようとした。
100を越えるゴブリンを使えば簡単なことであるはずだった。いくら冒険者が護衛に付いていようが、数には勝てないのだから。
そんな中現れたのは――銀髪の女。
ヤツは数多くのゴブリンを斬り伏せただけでなく、攻撃魔法でゴブリン・マジシャンまでも倒してしまった。
「くそがっ! なんで騎士が攻撃魔法なんて使えるんだ!?」
銀髪の女が去ったあと。地団駄を踏むゼニーであったが……まぁいいだろうと思考を切り替える。
銀髪の女が身につけていたのは王都の騎士団の甲冑。騎士団にあれほどの手練れがいたことは予想外だったが、逆に言えば王都から離れてしまえばもう王都の騎士に会うこともない。
「まずは予備拠点に向かわなければ……。辺境伯領か。長い旅路になるな……」
深くため息をついてからゼニーは辺境伯領への移動を開始した。
少し考えれば気づいただろう。
辺境伯領へと向かう馬車群に、王都所属の騎士がいるはずがないことが。もしかしたら銀髪の女も辺境伯領に向かっているかもしれないということが。
しかし、予想外の事態にゼニーの冷静さは失われていたし……なにより、『笛』と『鏃』の使用によって魔力もつきかけていたのだ。冷静に判断しろという方が無理な話だったのだろう。