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冒険者セナリアス


「あー、疲れたー」


 ゴブリン退治も、ケガ人の治療も、単体ならそこまで疲労するものではない。ただ、それが連続となると三倍四倍と疲れる気がするのだ。よく頑張ったぞわたし。


「おう! セナ! お疲れさん!」


「もうすぐ鍋ができるぞ! セナも一緒に食べようじゃないか!」


 ニッツさんとガイルさんが手招きしてくれたので、自然な流れで合流する。私は別に『暁の雷光』のメンバーじゃないんだけどね。まぁ背中合わせで戦った仲なのだから今さらそんなことを気にする人もいないってことでしょう。


 暁の雷光が囲んでいる焚き火に合流すると、先に魔力を使い果たしたので戻ってもらった(というか、半ば強制的に戻らせた)ミーシャちゃんが謝罪してきた。


「すみませんセナさん。治療は私から頼んだのに、先に戻っちゃって……」


「いいのよ。支援魔法で魔力を消費していたのだから仕方ないわよ」


 焚き火を取り囲んで背中を伸ばしていると、私の右側に座ったミーシャちゃんが水で濡らした布を渡してきてくれた。……ちょっとオジサンっぽいけど、顔を拭いちゃいましょう。


「お疲れ」


 ちょっと無愛想に、左側に座ったフェイス君が水の入ったコップを渡してくれた。


 左には美少女エルフ。

 右には黒髪美少年。


 ふふ、悪くないわね。両手に華。労働の疲れが吹き飛びそうよ。


 ……なんだか王都にいるはずの親友たちが『肉欲騎士……』と冷たい目を向けてきた気がするけれど、気のせいに決まっているので気にしないことにする。


 と、ニッツさんがニカッとした笑顔を向けてきた。


「セナ、今日は助かったぜ」


「そうだな。馬車に乗り合わせただけのセナにとっては不幸だったかもしれないが」


 ニッツさんはともかく、ガイルさんも自然に呼び捨てするようになったわね。……ま、いいか。共に戦った私たちはもう戦友みたいなもの。私も遠慮なく呼び捨てさせてもらいましょう。


「ま、いいわよ。一緒に戦うの、意外と楽しかったものね」


「……あぁ、ま、それもそうだな」


「ゴブリン相手は骨が折れたが、『仲間』と一緒に戦うのが楽しくなかったと言えば嘘になるか」


 私もだ。

 騎士なんて陣形を組んでの集団戦がメインだからね。今日みたいに背中を預け合って戦うなんて経験はなかったのだ。


 誰かから命令されて戦うわけでもなく。

 出世のために相手を貶めることもなく。

 ただ、お互いが生き残るため。背中を預けた戦友を生き残らせるために戦う。


 それは、この人生を騎士として生きてきた私にとって新鮮な体験だった。


「……冒険者って、いいわね」


「ははは、いいだろう? 騎士を辞めて冒険者になるか?」


「セナならすぐにAランクになれるだろう」


「……ちょっと本気で考えさせてもらうわ」


 もう騎士としての出世は望めないし、人生設計も見直し済み。さらに今日は素晴らしすぎる出会いがあったのだから、このまま冒険者になってしまうのもいいかもしれないわね。


「お、ほんとか? なら、うちが予約しておかないとな!」


「セナが来てくれれば今よりもっと難しいダンジョンにも挑めるな!」


 幸いなことに、再就職先も困らなそうだ。


 あー、でも、一応はあっちの騎士団に着任報告をしなきゃいけないのか。脱柵(逃亡)と見なされて追っ手をけしかけられると厄介だし。あとは辞表を出して、退職金をもらってと……。う~ん色々と面倒くさそうね。


 まぁそれは今後の検討課題にするとして。鍋が出来上がったみたいなのでまずはご飯にすることにした。


 鍋の蓋が開けられる。

 途端に鼻腔をくすぐる刺激臭。あまり嗅ぎ慣れない香りだけど、冒険者が使うスパイスかな?


 鍋の中身は、シチューみたいな汁物。見た目はホワイトシチューっぽいけれど、香りはシチューっぽくない。


 具材は庶民でも手に入りやすい根菜と、森の中で採ってきたであろう木の実。そして――肉。あの塊は、間違いなくお肉様ね!


 やっぱり労働のあとにはお肉よね! 肉! 肉! 肉! いったい何肉かしら? 見た目からして……うん? 何のお肉だろう? 私ほどの(ニク)ストロになれば見ただけでだいたいのお肉が区別できるのだけど……なんじゃこら?


 そもそも冒険者って普通のお肉を食べられるの? なんだか長期保存ができる干し肉ばかり食べているイメージが……。いや、でも王都から出発したばかりだし、新鮮なお肉くらい手に入るわよねきっと。まだ傷んではいないわよねきっと。


 それに空間収納(ストレージ)に詰め込めば新鮮なまま保存できるし。……いや空間収納(ストレージ)を持っている魔術師なんて滅多にいないけど、あれだけの支援魔法を行使できるミーシャちゃんならきっと持っている。はず。


 だから別に問題はない。これはきっと新鮮なお肉。


 なのだけど、私の第六感が問い糾すべきと訴えかけていた。


「……つかぬ事をお伺いするけど、これ、何の肉?」


「ん? ゴブリンだ。新鮮で美味いぞ」


「……ごぶ?」


「りん」


「ごぶりん?」


「ゴブリン」


「ぼ、冒険者にだけ通じる隠語とか?」


「この国の大抵の人間に通じる公用語だな」


「……冒険者は討伐した魔物の肉を食べるって噂は聞いたことがあるけど……」


 それって騎士が冒険者を(あざけ)るために言っていることじゃないの?


「事実だな」


「事実なんすか……」


 ちょっと怪しい敬語になってしまう私だった。


「ゴブリンは時間が経つとマズくなるから売れないがな。狩りたてなら美味いから冒険者の間ではよく食べられているんだ」


「なんと……」


 ゴブリンって人型の魔物なのによく食べられるわね……。いやでも人間とは明らかに別系統な生き物だから、セーフかしら……?


 …………。


 じっと鍋を見る。

 肉。

 別に変な感じはない。

 肉。

 よそわれたお椀の中をじっと見つめる。

 肉。

 変なニオイはしない。

 肉。

 とても美味しそう。

 肉。

 差し出された料理を食べないのは失礼肉。


 ――肉。


 というわけで、私は意を決してゴブ肉を口に入れたのだった。


 こっ、

 これはっ!?


 野生動物(ゴブリン)とは思えない柔らかさ! 歯で噛み千切るまでもなく口の中でほぐれていく! 驚くほど生臭さがなく、むしろ染みこんだ香辛料が食欲を増進させてくる! そして何よりも溢れんばかりの肉汁っ! これは! 美味い肉だ! この美味い肉を前にすればビジュアルイメージなど消し飛んでしまう!


「やっぱりゴブリンの肉は美味いよなぁ」


「時間が経つとマズくなるのが欠点だな」


「そうですねぇ。空間収納(ストレージ)に入れておけば鮮度は保てますが、さすがにそこまで容量に余裕はないですし……」


「食べたくなったら狩ればいい」


 美味い美味いと鍋をつつくニッツ、ガイル、ミーシャちゃん、フェイス君に向かって、私は高々と宣言した!


「肉!」


「……にく?」


「じゃなかった! 私! 冒険者になる!」


 だって冒険者になればゴブリンの肉を食べられるのでしょう!? 他にも美味しい魔物の肉があるかもしれないのでしょう!?


 強く拳を握りしめ、すっくと立ち上がる私であった! 称えよ! 祝え! 今このときこそ冒険者セナリアス誕生の瞬間である!


「わー」

「わー」


 意外とノリがいいミーシャちゃんとフェイス君はやんややんやと拍手で祝福してくれて。


「……おいおい、俺らが誘ったときより力強い決意だぜ?」


「肉に負けたか……」


 なぜか項垂(うなだ)れるニッツとガイルだった。




※お読みいただきありがとうございます。面白い、もっと先を読みたいなど感じられましたら、ブックマーク・評価などで応援していただけると作者の励みになります! よろしくお願いします!

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