撃退
「……あそこ」
フェイス君が指差した先にいたのは、少し目立つ格好をしたゴブリンだった。
他の個体は下半身を隠す腰蓑程度しか衣服と呼べるものを着ていないのに、あのゴブリンは粗末ながらも羽織のようなものを身につけ、鳥の羽を括り付けた冠を被っている。あとは他の個体より体格も良さそうだ。
「ゴブリンのリーダー格かしら?」
「リーダー……あぁ、そう言われればリーダーに似ているかもしれん」
「はははっ、ガイル。あとで覚えてろよ」
ゴブリンは醜悪な顔であるというイメージがあるので、ゴブリンに似ているというのは結構な侮辱であると思う。……まぁ、そんな軽口を叩き合える仲と好意的に解釈しておきましょうか。ニッツさんはイケメン寄りだし。
完全に囲まれた中、さすがに背後からの攻撃を警戒するのは難しいので、私、ニッツさん、ガイルさんで背中合わせになる。フェイス君は――さっさと離脱してミーシャちゃんの護衛に回ったわね。悪くない判断だけど、おねーさんちょっと寂しいわ。
ともかく、疲れの見え始めたフェイス君や魔術師であるミーシャちゃんのことは気にしなくてもよくなったので、三人で背中を合わせたまま自分の目の前にいるゴブリンを倒していく。
――何とも戦いやすい。
それぞれの距離が近いからすぐに他のカバーに入れるし、連携もしやすい。騎士同士のように剣の腕前の差や実家の家格による嫉妬もなく、なによりパーティの人数が少ないから支援魔法がすぐに飛んでくるのがいい。
王都の騎士団だと魔術師は魔導師団から派遣されるのだけど、数が少ないから部隊に1人いるかいないかなんて普通なのに、冒険者パーティーは少人数なので切れ目ない濃密な支援が期待できる。このまま押し切れるかも、と考えてしまうほどに。
ただ、いくら人数が少ないとはいえ、ミーシャちゃんの魔力にも限界がある。
こういうときは――まず指揮官を潰しましょうか。
私はゴブリンの指揮官らしき個体に向けて左手を差し抜けた。私たちを取り囲んで油断しているらしく、警戒した様子はない。この辺はしょせんゴブリンか。
「――――」
深呼吸をして、体内の魔力を把握し、支配下に。一匹倒せればいいので大規模にする必要はない。
体内を流れていた魔力を左手に集め、放出。
「――雷よ、我が敵を討て!」
雲一つない空。にもかかわらず雷鳴が轟き渡り――落雷。人為的に発生させられた雷は狙い違わずゴブリンに命中した。
『グギャガガァガアアッ!?』
なんとも珍妙な絶叫を挙げながら、雷に打たれたゴブリンは激しく痙攣。口や鼻から煙を吹き出しながら地面に倒れ、絶命した。
唐突すぎる光景にニッツたちも、ゴブリンたちも動きを止める。
しかし戦闘経験の差か、先に再起動したのはニッツさんとガイルさんだった。
「おいおい! 騎士だってのに魔法が使えんのかよ!?」
「攻撃魔法なんて久しぶりに見たぞ! 魔導師団に入れるんじゃないか!?」
「驚く暇があったら畳みかけなさい! 今なら混乱しているんだから!」
「「おうよ!」」
ニッツさんたちを鼓舞したものの、戦いの趨勢はもうこちらに傾いていた。指揮官を失った影響か、あるいは攻撃魔法に驚いたのか残ったゴブリンたちは撤退を開始したからだ。
馬車群の後ろを守っていた他の護衛たちも撃退に成功したらしく、どうやら防衛戦はこちらの勝ちみたい。
一息ついてから被害状況の確認。
被害としては馬車が数台壊れてしまった。ただしこれはゴブリンの仕業ではなく、興奮状態に陥った馬が暴れたせいだ。結果として馬も数匹が死んでしまったらしい。
しかし護衛や商人、乗合馬車に乗っていた客に死者はなし。あとは結構な数のケガ人が出てしまったけど、あれだけのゴブリンに襲われたことを考えれば軽微な被害と言えるでしょう。
私が刀の刀身に曲がりや刃こぼれがないか確認していると、魔力の使いすぎで少し顔が青くなったミーシャちゃんが近づいてきた。
「お疲れのところすみません。セナさんは回復魔法を使えますか?」
「専門家ほどじゃないけどね。手伝いましょうか?」
「助かります。ちょっと魔力を使いすぎまして……」
セナちゃんの後に続く形で、私たちはケガ人が集まっている場所へと向かったのだった。