閑話 クリカラ
セナたちが食人鬼たちと転移したあと。
森には軍勢であったゴブリンたちと、クリカラが残された。
ゴブリンからすれば手頃な獲物だろう。なにせ彼らの判断基準はデカいか、そうじゃないか。群れを作れる程度の知能はあるが、『小さき者が強い』かもしれないなどという仮定は存在しない。
まぁ、だからこそ種族の違うオークや食人鬼にも付き従ってしまうのだが。
ともかく。
目の前にいるのは自分たちより二回りほど小さなトカゲ。小さいからこそ肉は少ないだろうが、狩りやすいのは歓迎だ。あとはゴブリンの群れの中で、自分の取り分をどうやって確保するかが問題だ。
『ギャ!』
『ギャギャ!』
『ギャギャ! ギャギャギャ!』
正しき意味での肉欲に従い、ゴブリンたちがクリカラに近づくと――
『――面白い』
森が、ざわめいた。
『我の正体など、人間程度の鑑定眼では推し量れぬはず』
くくく、くくくとクリカラが笑う。まるで人間のように。人間かそれ以上の知恵がある者かのように。
『だというのに――あの女。我の正体を見抜いてみせたわ』
普通であれば。こんな小さなトカゲを、仲間の増援には遣わさないだろう。
普通であれば。こんな戦闘力がないように見えるトカゲを従魔にしようとはしないだろう。
普通であれば。ゴブリンの群れがひしめくこの場にクリカラを置いては行かないだろう。
それは、許可だ。
誰も見ていないからこそ。
存分に、その力を振るうがいいという……許可。
あの女は、あの矮小な身で、クリカラに許可をしたのだ。誰も見ていないから存分に暴れなさいと。
『人間風情が、何とも面白い』
ともすれば誇りが汚されたと思うだろう。
だが、あの女からのぞんざいな扱いを――クリカラは、案外気に入っていた。
『いったい、何者なのか』
人間のくせに攻撃魔法を使う女。
人間のくせにクリカラの正体を見抜いた女。
人間のくせに、まるで全てを識っているかのような言動をする女。
何より、『クリカラ』という名前。
『――面白い!』
クリカラの身体が、脈打った。
途端に、膨大な魔力がクリカラの肉体から迸る。
その魔力は木々を薙ぎ倒し、岩を揺らし、ゴブリンたちを吹き飛ばした。
『ギャギャギャ!?』
小さき者から発せられるはずがない威圧感に、達たちのうちに大混乱となるゴブリンたち。
そんな彼らを嘲笑うかのようにクリカラが一歩を踏み出した。
大地が揺れる。
大地がひび割れる。
もはや『小さき者』など、どこにもいない。
胴体だけで見上げるほどの高さとなり、長い首の先に付いた頭など、太陽の逆光によって見ることすら叶わない。背中から生えた翼は空を覆い隠さんばかりに広げられ、森の中に暗闇がもたらされた。
――ドラゴンだ。
小さきトカゲなどではない。
正真正銘のドラゴンが、森に顕現していた。
『ギャ!?』
『ギャギャギャ!?』
『ギャ! ギャ! ギャギャ!』
ゴブリンが逃げ惑う。傷を負ったものを置き去りにして。油断した味方を引きずり倒して。とにかく自分だけが助かればいいとばかりにクリカラから離れようとする。
そんなゴブリンたちを。まとめて。
クリカラのドラゴン・ブレスが、薙ぎ払った。