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閑話 ギルドマスターの憂鬱




 ギルドマスター・ギルスは仕事部屋で待機しながら貧乏揺すりを止めることができなかった。


 ニッツたち『暁の雷光』の実力はギルスもよく分かっているし、今はあの『雷光』セナもいるのだから滅多なことにはならないだろう。


 だが、万が一があるのが冒険者という仕事だ。


 現役時代、ギルスも食人鬼(オーガ)討伐に参加したことがある。――あれは強い。ギルスだって一度は死を覚悟したほどに。今でも思い返せば冷や汗が吹き出すほどに。


 相手はそんな食人鬼(オーガ)かもしれない。誤認の可能性が高いが、もし本当に食人鬼(オーガ)なら全滅する可能性だって……。


 本当ならギルス自身が確認に向かいたかった。


 しかし、本格的な討伐をするなら今のうちから各所に対する調整をしなければいけないし、なにより冒険者ギルドの最高責任者であるギルスに何かあれば冒険者ギルド全体が機能不全に陥る可能性がある。


 若い頃なら迷わず飛び出していっただろうに。自分も『嫌な大人』になってしまったということだろうか……?


「あぁ! くそ! ウダウダと俺らしくもない! ここはいっちょ身体でも動かすか!」


 愛用の手甲ガントレットを装備して、ギルド本部の中庭にある訓練場に移動するギルス。


 訓練場の四方は本部の建物でぐるりと囲まれていて、多少の騒音なら外部に漏れることはないし、大規模な破壊を伴うような攻撃が放たれても本部の建物が『盾』となって街への被害拡大を防ぐようになっている。


 ……まぁ、そのような破壊ができる手段など攻撃魔法くらいしかないし、攻撃魔法を使える人間など限られているのだが。


「――お、ギルマスが訓練たぁ珍しい」


「これは俺らも腕試しと行くか」


 訓練場でギルスが準備運動をしていると、頭上から声が降ってきた。


 窓から顔を出しているのはスキンヘッドの男と、眼帯の男。ハーグスとガータスだ。以前はセナが原因となって『暁の雷光』にケンカを売り、一触即発になったのだが……その後は良好な関係を築いているようだ。


 一度敵対した連中とも仲良くなってしまう。セナのあれも一種の人徳と言えるのかもしれない。


 ハーグスとガータスが訓練場まで降りてきて、他にも何人かの冒険者が訓練場にやって来た。その中にはこの前セナに顔面を殴られた『栄光の勇者』のリーダー、ユー・シャーもいる。


 そろそろ勇者自称は止めさせるべきなのだろうが、なんだかんだでそのままにしてしまっているギルスである。こんな辺境の冒険者の勇者自称など王都にまでは届かないだろうし……自分も、かつては勇者に憧れたからこそ。


 だが、憧れだけでなれるほど勇者は甘いものではなく。なんというか、勇者には必要なのだと思う。圧倒的な才能と、決して折れない心。そして、どんな困難にも立ち向かう勇気が。


 …………。


 なぜだかセナの顔を思い出してしまったギルスは首を横に振った。アレは『勇者』というタマじゃないだろう。


 そんなギルスの否定が正しかったと証明するかのように。――セナは、とんでもないことをやらかした。


「な、なんだ!?」


 訓練場にいた誰かが叫び声を上げる。ギルスが視線を向けると、地面に複数の光が走っていた。


 魔法陣?


 しかも、この文様は――転移魔法?


 なぜか冷や汗が吹き出してきたギルス。そんなギルスの目の前に突如として人が現れた(・・・・・)


「あ! ギルマス! ちょうど良かった! ヘルプミー!」


 地面に着地したセナ。そんな彼女を追うように次々と何もない空間から人が現れる。ニッツ、ガイル、ミーシャ、フェイス。そして最後に――魔物が。


『ガァアアアァアアアァアアアァアアッ!?』


 食人鬼(オーガ)だ。


 その顔を見間違えるものか。


 その咆吼を忘れるものか。


 かつての嫌な記憶が蘇り、ギルスの背筋に冷たいものが走る。


 だが、今の彼はギルドマスターだ。かつての未熟な冒険者ではないし、一人でもない。


「な、なんだコイツは!?」


「オークか!?」


「オークにしてはデカいぞ!?」


「――どうでもいい! 目の前に魔物がいるのなら、僕たちがやることは一つだ!」


 と、混乱する冒険者たちを鼓舞したのはユー・シャーだった。何とも意外なことだ。


 ユー・シャーがBランクになれたのはあくまでパーティメンバーが優秀だったからで、ユー・シャー本人は雑魚だというのがギルスとギルド全体の見解だったからだ。


 しかし、雑魚だと思っていた男に鼓舞されたからこそ、冒険者たちの負けん気が刺激されたようだ。


「お、おお! やってやるぜ!」


「ユーの野郎にばかり格好つけさせねぇぜ!」


「囲め囲め! いくらデカかろうが、相手は一匹だ!」


 訓練場にいた冒険者たちが即座に連携し、ギルド本部にいた冒険者やギルド職員たちも騒ぎを聞きつけて次々に参戦してくる。


「……おっと! 俺をのけ者にするのは無しだぜ!」


 手甲を打ち鳴らしながらギルスも食人鬼(オーガ)討伐に参戦する。


『ガァアアアァアアァアアァアアアッ!』


 さすがは食人鬼(オーガ)だけあって簡単にやられはしないし、皆を鼓舞していたユー・シャーは早々にぶっ飛ばされたが……それでも多勢に無勢。着実に食人鬼(オーガ)へダメージは蓄積されていった。


「見たか! これが! 私たちの! 力よ!」


 と、偉そうに叫ぶセナ。コイツも食人鬼(オーガ)にぶっ飛ばされねぇかなぁと率直に思うギルスであるが、残念ながらこの女は純粋に強かった。それはもう、冒険者の中で危機に陥ったものがいれば食人鬼(オーガ)の前に立ちふさがり、一騎打ちをするほどに。


 そんなセナは、今は食人鬼(オーガ)から距離を取っている。


 早く戦え!


 と、急かすことの出来ない不思議な雰囲気が漂っている。


 セナの長い銀髪が風にたなびく。四方を囲まれた訓練場に風など吹くはずもないのに。


 それが魔力の流れによるものだと、気づくのにさほどの時間は掛からなかった。


「――神威(しんい)(かたど)りたる天の光よ。すべてを焼き尽くす神々の怒りよ。世界を照らす光で(もっ)て、世界を害する邪悪を討て!」


 長文詠唱。


 魔力が渦巻く。魔術師ではないギルスですら感じられるほど大きく、激しく。


 マズい。


 これはマズい。


 魔術師であるギルスには何が何だかよく分からないが、Sランク冒険者にまで上り詰めることの出来た勘が、命の危機すら伝えてきた。


「そ、総員! 地面に伏せろ! 巻き込まれるぞ!」


 ギルスが咄嗟に叫び、自身も飛び込むように腹ばいとなった、次の瞬間。


「――雷よ、我が敵を討て(トニトルス)!」


 世界が、光に包まれた。



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