ゴブリン襲撃
馬車にずっと乗っていると身体が硬くなってしまうので、小まめに休息を取るのがこの世界の常識となる。
そんな、馬車を停めての休憩の最中。
「――セナ。あんたいい女だな」
馬車から降りて背伸びをしていると、『暁の雷光』のリーダー・ニッツさんがそんな声を掛けてきた。
たぶん、黒髪の少年を差別しなかったことよね? それが普通だと思うんだけどなぁ。ま、その『普通』ができていない人が多すぎるのでしょう。きっと。
ちなみに私の黒髪褒めが効いたのか、黒髪の少年はずっと私の服の裾を掴んでいる。
「髪色だけで人を判断するの、嫌いなのよね」
私が肩をすくめると、ニッツさんは納得したように頷いた。私の髪をちらりと見てから。
「あー、セナの銀髪も珍しいものな」
「そうそう。まぁ私は綺麗だ何だと言われるからマシなんだけど、気分のいいものじゃないわよね。しょせん見た目で判断されているんだし」
そんなやり取りをしていると、盾役のガイルさんと魔術師のミーシャちゃんもこちらにやって来た。
「セナ殿は気にくわないかもしれないが、美しいと褒めたくなる気持ちも分かるぞ」
と、ガイルさん。美しいと言われたことよりも『殿』付けのほうが気になって仕方がないでござる。
「そうですね。セナさんは美人ですから、髪色だけで褒められたんじゃないと思いますよ?」
と、ミーシャちゃん。ふっふっふっ、圧倒的な美少女エルフから褒められると悪い気はしないわね。
「……きれい」
と、黒髪の少年がボソッとつぶやいた。う~んまさかあれだけでここまで懐かれるとは。大丈夫? チョロくない? おねーさんちょっと将来が心配よ?
いや、『黒髪』っていうだけの理由で迫害され続けてきたなら、黒髪を褒めただけで懐いてもしょうがないのかもしれないけれど……。
あ、そういえば。
「キミの名前、まだ聞いてなかったわよね?」
「ん、フェイス」
「…………、フェイス君ね。いい名前」
私がもう一度フェイス君の頭を撫でて――うん?
「何か来たわね」
「お、セナは鋭いな。ニオイはしねぇが、気配はある」
ニッツさんが嬉しそうに肩を組んでくる。年頃の男女だというのに肉欲(本来の意味)を微塵も感じないのは爽やかなような、どこか負けた気分になるような。
いやいや、今大切なのは近づいてくる『何か』か。
「風下に立つくらいの知性はある相手かしら?」
風上に立つと自分の体臭が風に乗り、相手に気づかれてしまうからね。
「たぶんゴブリンだな。まさか王都から出発してすぐに出くわすとは……。ったく、討伐依頼は出てないから、さほど金にはならねぇな」
「金にならなくても、護衛はちゃんとしてよね」
「もちろんさ。――ガイル、他の冒険者たちに知らせてくれ。ミーシャ、探知魔法で敵の数と、他に伏兵がいないか調べてほしい。そのあとは支援魔法を頼む。フェイスはいつも通り牽制な」
「よし」
「任せてください」
「わかった」
テキパキと指示を飛ばしてからニッツさんが私を見る。
「セナは戦えるか?」
「もちろん。これでも現役の騎士だもの」
「だが、鎧もなければ剣もなさそうだが……急ぎすぎて忘れたか?」
「いくら急いでいても、商売道具を忘れたりしないわよ」
やれやれと鼻を鳴らしてから私は空間収納を開き、まずは金属鎧を取り出した。
ここでちょっと小技を使い、身体の上に被せるように取り出すと、瞬時に鎧が装着されたように見える。――私はこれを『機甲装着』と呼んでいるのだ! ガチャガチャガシャーン!
「機甲装着! 格好いいな!」
「でしょう!? よく分かっているじゃないニッツさん!」
ガッシリと握手を交わす私とニッツさんだった。
「……そんなに格好いいでしょうか?」
「……本人が格好いいと思っているのだから、生暖かい目で見守るべき」
なぜか白けた目をするミーシャちゃんとフェイス君だった。