運命の出会い
「――やばいやばい! 馬車が出ちゃう!」
夜更かしして人生計画の見直しをした私は、辺境行きの馬車停車場を目指していた。あの馬車を逃したら次の辺境行きは一週間後だし、乗り遅れるわけにはいかないのだ。
それに、たぶん――
停車場には辺境を目指す十数台の馬車がひしめき合っていた。一台や二台では魔物や盗賊たちの格好の餌食になってしまうので、十数台の馬車とその護衛がひとまとめになり、集団となって目的地を目指すというのはよく行われている自衛方法なのだ。
そんな馬車の一台。いわゆる乗合馬車に飛び乗った私である。もちろん『サスペンション』なんていう上等なものはついていない。
「あー、疲れた」
重い鎧を着たままの全力疾走と比べればマシとはいえ、それでも乱れてしまった呼吸を整えていると、
「――へぇ、銀髪とは珍しいな」
そんな声が掛けられた。
少々乱雑な印象があるけれど、よく通る声。戦場では重用しそうだ。
呼吸を整えながら発言主の方を向くと、そこにいたのは、庶民には珍しい金色の髪を短く切りそろえた男性だった。
年齢は二十代前半くらいだろうか? 太い眉毛と、一本筋が通った鼻。太い首などからかなりの強者であることが察せられる。顔のパーツのバランスはいいから、もうちょっと眉毛を剃れば絶世のイケメンになるのでは?
騎士という雰囲気じゃないから、たぶん冒険者でしょう。
金属製の鎧を(身体の急所部分だけとはいえ)身につけていることや、頑丈そうな両手剣を背負っているところから見るに……前衛。アタッカーといったところかな?
そんなアタッカー(仮)が面白そうに口の端を吊り上げた。
「あんた、ずいぶん鍛えているみたいだな? あれだけ走っていたのにさほど疲れた様子がねぇ」
どうやら馬車の上から私の疾走を見学していたらしい。
「え~っと、あなたは?」
「おっと、そうだった。護衛として雇われた冒険者パーティ、『暁の雷光』のリーダーをやっているニッツだ」
「ニッツさんね。私はセナ。騎士をやっているわ」
「騎士かぁ。なら鍛えているのも納得だな。……一人で辺境行きの馬車に乗るってことは、左遷でもされた――か!?」
ニッツさんの頭を、隣に座っていた男性が軽く殴る。
なんというか、筋肉だった。
座っているだけなのに周りを威圧してくる圧倒的な肉量。素手で殴っただけでゴブリンくらい殺せそうな。背中に大きな盾を背負っているから盾役かしら?
そんな筋肉さんがニッツさんに苦言を呈する。
「ニッツ。お前はもうちょっと気を遣った発言をするべきだ」
「でもよぉ、お前だってそう思っただろう?」
「思ったとしても、それを口にしないのが人間関係というものだ」
「へいへい」
肩をすくめてからニッツさんが盾役であろう男性を紹介してくれる。
「こいつは盾役のガイル。顔は厳ついが良い男だ」
「厳ついは余計だ。……お嬢さん、短い間だがよろしく頼む」
「あ、はい。よろしくお願いします」
顔と名前は厳ついけど、紳士的な男性だった。
続けてニッツさんがもう一人、ガイルさんの隣に座っていたエルフのお嬢さんを紹介してくれる。
「で、こっちは魔術師のミーシャだ」
「よろしくお願いします。うちのリーダーがすみません」
わぁ美少女。
木々の新緑を思わせる爽やかな緑色の髪に、うちの王太子殿下すら翳んでしまいそうな美貌。う~ん、美少女。圧倒的な美少女だわミーシャちゃん。エルフは美男美女が多いとは聞くけれど、実物がここまでとは……。
なるほど、この人たちがニッツさんの言う『暁の閃光』のメンバーか。と、私が納得していると、ニッツさんが少し困ったように頭を掻いた。
「あとは……なんだ、拾ったガキが一人」
「拾った?」
「よりにもよってガイルから財布を盗もうとしてな」
「へぇ、ガイルさんから」
ガイルさんなんて歩いていたら小山が動いているような感じでしょうに。そんな彼からスリをしようとするなんて度胸があると言うべきか、危機感がないと言うべきか。
「その根性が気に入ってな。冒険者にするために連れ回しているってところだ」
「弟子ってこと?」
「まぁ、良い言い方をすればな。実際は小間使いみたいなものなんだが」
そんな照れ隠しをしながらニッツさんが引き寄せたのは、少し離れた場所にいた少年。深くフードを被っているのでほとんど顔は見えない。
ただ、そんなフードの下から、わずかに覗いていたのは世にも珍しい黒髪であり。
「――綺麗な黒髪ね」
つい。ついつい。そんなことをつぶやいてしまう私だった。別に年端もいかない少年を口説こうと思ったわけではない。断じてない。
「っ!」
黒髪の少年が驚いたように顔を上げた。その拍子にフードが取れ、黒い髪が露わになる。
途端、馬車の中にざわめきが広がった。乗合馬車なので当然私たち以外にも乗客がいるのだけど、そんな人たちから「黒髪かよ」、「不吉ねぇ」、「あぁ嫌だ……」といった心ない言葉が飛んでくる。
この世界において、黒髪は不吉の象徴。
かつて討伐された魔王が黒髪だった。そんな昔話を信じて、黒髪は迫害される対象となっているのだ。
「……あら、分かってないわね。こんなに綺麗な黒髪なのに」
安心させるよう微笑みながら少年を抱きしめ、その黒髪を優しく撫でる。
美少女(私)が美少年を抱きしめる感動的な場面。だというのにひそひそ話は止まる様子がなくて、
「――ふんっ」
盾役のガイルさんがその場で強く床を踏み鳴らした。彼の肉体であれば床板を踏み抜くこともできるはずだけど、無事なのだから手加減ならぬ足加減したのでしょう。
しかし、大きな音は馬車の中の喧噪を沈黙せしめ。それ以降、一人として『黒髪』に言及する人はいなくなった。
重苦しい雰囲気の中、なんとなくそれ以上喋ることも憚られてしまい。しばらく鬱屈とした時間を過ごしたあと、馬車は最初の休憩地点に到着した。
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