スピード左遷。スピード追放
殿下への肉欲発言のあと。
久しぶりにステーキを食べることができてホクホクの私は、第五騎士団の騎士団長に呼び出された。
「はぁ……」
面倒くさい。というのが正直な感想。
というか長期演習訓練から帰ってきたばかりの騎士を呼び出すってどういうことやねん。何か急ぎの用事があっても「疲れているだろうから明日にしよう」というのが慣例だ。それを無視して呼び出すから人気が出ないのだあの中年団長は。
まぁしかし無視するわけにもいかないので、しぶしぶながら第五騎士団の団長執務室へ。
中にいたのは……何とも神経質そうな顔をした中年男性。我らが第五騎士団の騎士団長様だ。
第五騎士団。
別名、百合騎士団。
初代国王の建国を助けた女性騎士が結成した騎士団であり、副団長も団員も全て女性で統一されているのが特徴だ。主な仕事は女性王族の警護だけど、ちゃんと定期的な遠征訓練もしている。
いわゆる、女性騎士団。
それなのになぜ中年男性が騎士団長なのかというと……。どうやら、買収と媚売りで騎士団長の座に着いてしまったようなのだ。
というか、買収までしたのに百合騎士団の団長に任命されるのが何とも……。男だと女性王族の護衛もできないし、騎士団を実質的に取り仕切っているのは副団長。ハッキリ言えばお飾りの団長でしかない。
上の人間も「女性相手にトラブルを起こしてくれればクビにできるな」くらいの考えなんじゃないだろうか? あるいは『お得意様』に女騎士をあてがったつもりとか?
まぁ、うちの団員はセクハラされたら即座に剣を抜く系の子ばかりなので、団長がセクハラに成功したという話はまったく聞かないけど。
いっそ憐れな騎士団長は顔を真っ赤にして怒り狂っていた。
「この痴れ者が! 王太子殿下の前であのような失態を! ほかの騎士団から笑いものになったわ!」
失態というと……『肉欲には勝てません』発言かな? あれくらいで失態なら団長はギロチンでもおかしくないのでは?
「第五騎士団の名を汚しおって! 貴様は左遷だ!」
「あ、はぁ……。あなたが買収と媚売りで騎士団長になった時点で名声は地に落ちていると思いますが?」
おっとしまった。口が滑った。事実は時として人を傷つけるのだ。
「――っ! さ、さっさと出て行け! 二度と顔を見せるな!」
怒りにまかせてインク瓶をこちらに投げつけてくる団長。もちろん当たってやる義理はないので避ける私。あーあ、お高そうな絨毯がインクまみれ。し~らないっと。
副団長のお説教に巻き込まれるのは嫌なので、さっさと団長執務室から逃げ出す私だった。
◇
騎士の左遷。
まぁまぁよくある話だ。素行不良だったり権力闘争に負けたり……。騎士は貴族の子息子女がなることが多いので簡単にクビにはできず、そういう措置が執られることが多いのだ。
なので私としてもそんな重大に受け取ったわけではない。むしろ辺境なら危険手当も付きそうだし。出世はできなさそうだけど。
やっちゃったなーっと軽く考えながら(私を置いて先に食事を済ませていた)親友二人に報告すると、
「あっはっはっ! 肉欲! 殿下に対して肉欲に勝てないって!」
「そりゃあ殿下を狙っていると思われても仕方ないわよね! 性的な意味で!」
大爆笑して新たなる門出を祝ってくれる親友たちであった。おーぼーえーてーろー。
私が「グギギ」っと歯ぎしりしていると、二人は気安く私の肩に手を置いた。
「……ま、セナは騎士には向いてないものね。もうちょっと自由に生きられる職がいいかしら。冒険者とか」
「騎士を辞めるなら相談して? 退職金のぶんどり方を教えてあげるから」
真面目にアドバイスしてくれるのはいいのだけど、せめて笑いすぎた呼吸を整えてからにしてくれませんかね?
しかし、自分でも騎士には向いていないと思っていたけれど、親友たちからもそう見えていたらしい。
――冒険者。
そっちの道を行くのもありかもね。
どうせもう騎士としての出世は望めないのだし、これは人生設計の見直しが必要かな?
◇
辺境行きなら実家に置いてある荷物も持っていかないと。
とはいえ残っているものと言えば大きな家具とドレス、宝飾品くらいのものだけど。
空間収納に余裕はあるから、荷物は全部収納しちゃって二度と屋敷には近づかないのもいいかもね。
と、私としては家族と縁を切るいい機会かなー程度に思っていたのだけど。
「――公爵家の名に泥を塗りおって! 貴様は追放だ! どこへなりとも行くがいい!」
私のお父様。つまりは現役公爵閣下もいい機会だと判断したようだ。
「はぁ……。ご安心を。異母弟じゃなくて私を騎士団に放り込んだ時点でウィンタード公爵家の名は泥まみれですわ」
だって公爵家の後継ぎは騎士団に所属して王家への忠誠心を示してから後継者に――というのが伝統だったのに、継母の「騎士団に入れるなんて可哀想よ!」の一言でその伝統は完全破壊されてしまったのだから。
騎士になったばかりの頃、他の騎士から同情されたなぁ……。近衛騎士団の団長なんて怒り狂っていたっけ。
まぁその代わりにウィルナスを王太子殿下の側近にできたのだから『伝統を捨て名と実を取った』と思っているのだろうけど……。伝統を何よりも重んじる貴族として、それもどうなのってお話だ。
というか、伝統を守らない貴族なんて、成金や政治屋と何も変わらないし。
ま、そんな伝統を端から守る気もなかった私が偉そうに言えた義理じゃないけれど。
やっぱり私に貴族令嬢は無理だよなーっと考えていると、図星を突かれたお父様の怒りは頂点に達したようだ。
「――っ! さっさと出て行け! 二度と公爵家の名を使うことは許さん!」
またまた。インク瓶を投げつけられてしまう私だった。もちろん当たってやる義理はない以下略。お高そうな絨毯の上にぶちまけられるインク。家令(執事長)のセバスチャンに怒られそうだから退散退散っと。
屋敷に到着するなりお父様に呼び出されたのでまだ荷物を纏めることもできていない。ただ、のんびりしていると警備の騎士をけしかけてくるかもしれないのでさっさと逃げるとしよう。よく考えたら辺境でドレスやら宝飾品を使うこともないだろうし。
「――おや、お嬢様。呼び出しはいかがでした?」
自室ではなく玄関を目指していた私に、初老男性が声を掛けてきた。この屋敷の一切を取り仕切る家令・セバスチャンだ。
「公爵家追放となりました」
「なんと……」
予想していたのかさほど驚いていないセバスチャンだった。
「あと、癇癪を起こしたお父様がインク瓶を投げまして。絨毯がインクまみれですね」
「なんと! あの貴重な絨毯が!」
おーい。
私のことより絨毯の心配をしているじゃないっすか。
ぷくーっと子供のように頬を膨らませていると、セバスチャンは「ははは、すみません」と軽い調子で謝ってきた。
「お嬢様もどこか嬉しそうでしたもので」
「……あー、まぁ、しょせん私に公爵令嬢は無理だったって話ですよ」
「それもそうですな」
おーい。
そろそろ泣いても許されるんじゃない、私?
お嬢様と執事らしからぬ『軽い』関係の私たち。
でもまぁ、しょうがない。実の父親は継母と義母弟にばかり目を向けていたので、私にとってセバスチャンこそが『父親』だったのだから。
「ウィルナスの様子はどうですか?」
「えぇ、なにやら大仕事があるらしく、しばらく屋敷にも帰っておりませんな」
「あー……」
じゃあそろそろアレがあるのかな? 王太子殿下の補佐役として大変だろうけど、頑張ってほしいものだ。
「それじゃあ別れの挨拶もできませんか。しょうがないのでセバスチャンから伝えておいてください。愛しのお姉様は辺境の地で健気に頑張っていますよ~って」
「えぇ、承知いたしました。お嬢様ならどんな場所でも元気にやっていけるでしょうからな」
それは信頼されていると考えていいのよね?
ま、いいや。
辛気くさい別れなんて私たちには似合わないので、私は「じゃあ、お元気で~」と小さく手を振ってから玄関を出たのだった。