閑話 騎士団長の恨み
――悪夢のような光景だった。
騎士団長であるベイスが最初見たときは、綺麗な女だと思った。この美貌であれば女だてらに『雷光』などという二つ名も与えられると思った。どうせその顔と身体で偉い人間を籠絡したに違いないと考えた。
左遷されたのは何か失敗をしたのか、あるいは他の人間から嫉妬されたせいか……。とにかく、こちらのものになったのだから存分に楽しませてもらうことにした。
生意気な口も、あの美貌であれば愛おしくすら思える。
ちょっと痛めつければすぐ大人しくなるはずだった。演習場の周りを騎士で固め、うちの中でも腕利きの三人を前にすれば戦うまでもなく許しを請うてくると思った。
だというのに、なんだこれは。
腕利きであるはずの三人は瞬く間に制圧され。
騎士全員で襲いかかったはずなのに、倒れていたのは騎士たちの方だった。
目も眩むような閃光。耳をつんざくような轟音。
それが落雷であると、それが『攻撃魔法』であるとベイスが理解するのにしばらく時間が掛かった。
――雷光。
その二つ名に恥じぬ強さと激しさであった。
「ば、ばかな……」
攻撃魔法の使用方法など失われて久しい。この国では王宮の魔導師団のエルフたちが密かに共有しているだけのはず。それを、なぜこのような小娘が知っている?
騎士団長として多くの人間に会ってきたベイスですらも初めて見る、銀髪。
人間とは思えない、不吉で不気味な――赤い瞳。
人間ではない。
化け物だ。
そんな化け物がベイスを見る。穏やかな微笑みを浮かべながら。何も知らない人間であればそれだけで騙されてしまうだろう。実際、ベイスも先ほどまではそうであった。
だが、今の彼は知っている。セナが化け物であると知っている。その美しさで人を惑わし、徹底的に破滅させる魔物であると知っている。
一歩、一歩と近づいてくる。化け物が近づいてくる。
「ひっ、く、来るな! 来るなっ!」
ベイスは必死に後ずさるが、化け物が歩み寄る方が早い。
左手に帯電している。
僅かに雷がはじけている。
騎士団を一瞬で行動不能にした雷だ。
あんなものを生身で喰らいでもしたら……。
「――――っ!」
不意に股間が温かくなった。
ツンとした、不愉快なニオイが鼻腔を突く。
「……あら、あら」
心底同情した目でベイスのズボンを見下すセナ。
――屈辱だった。
認められるはずがなかった。栄光ある騎士団長ベイスが、いい大人であるベイスが、小娘を恐れて失禁してしまうなど……。
セナは近くに倒れていた騎士のマントを剥ぎ取り、ベイスの下半身にかけた。――栄えある騎士団長が、こんな小娘に情けを掛けられたのだ。
「では、腕試しも済んだようなので、私はこれで失礼します」
騎士式の胸に手を当てる敬礼をしたあと、セナは演習場をあとにした。
他の騎士がことごとく気を失っている中。ベイスの恥辱を知るのはセナだけだろう。
つまり、あいつさえ消してしまえば……。
「――許さん。許さんぞ小娘が……」
ベイスの恨み声は誰の耳に届くことなく演習場に消えていった。