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第四話

  目の前にそびえ立つのは、王都アルサメルの城門。

 白亜の石で築かれたその門は、陽光を反射し、荘厳な輝きを放っていた。

 高さは10メートルをゆうに超え、並ぶ堅牢な塔がそれを挟むようにそびえている。

 その存在感はただの出入り口ではなく、王都の威厳そのものを示している。


  門の前には、数十人──いや、百を超える人々が列をなし、

 農民や商人、旅の者たちが、じりじりとした足取りで前へと進んでいく。

 城門の衛兵たちは身分証を確認し、入城の可否を審査していた。

 

 そこに、どこかの商人らしき男が衛兵に詰め寄っているのが見える。


 「頼む!もう何度もここへ来ている! 取引先が待っているんだ!」


 「規則は規則だ。許可証がないなら通せない」


  衛兵は淡々と告げ、男の手を払い除ける。

 男は悔しげに奥歯を噛みしめたが、それ以上抗うことはなかった。

 個人の都合など、国家には関係ないのだ。


 「王都に入るのは"許可証"が必要なのよ。」


 エリュシアが馬車の窓から外の光景を眺めながら、エリオスへと説明する。

 その口調は、どこか慣れきったものだった。


 「許可証があってもこの列じゃ、かなり時間が掛かりそうじゃないか」


 エリオスが呟くと、エリュシアは小さく笑みを浮かべ、自信たっぷりに顎を上げる。


 「あの大門を開ければ一瞬で通れるわよ?」


 そう言うと、彼女は馬車の扉を軽やかに押し開けた。

 足を地面に降ろすと、衛兵たちの視線が即座に集まる。


 「ラグナディア公爵家のエリュシア様ですね。そして、そちらは?」


 門番のひとりが、一歩前に出て問いかける。

 その目は、エリオスへと鋭く向けられていた。


 「私の婚約者よ。」


 エリュシアがあっさりと言い放つと、衛兵たちの表情が一瞬こわばった。

 そして、次の瞬間──彼らは敬礼し、城門の前へと整列する。


 「……失礼いたしました。どうぞ、お通りください。」


  大城門が重々しい音を立てながら、ゆっくりと開かれる。

 完全に開き切ると、異物の侵入を防ぐかのように軽装兵が横一列で警備を行う。

 やがて一隊は行軍を再開し、列の横をすり抜けて大門をくぐる。

 

  馬車が進み、門をくぐった瞬間、エリオスは無意識に後ろを振り返った。

 そこには、依然として長蛇の列を成す庶民たちの姿があった。


  エリオスの心に、微かな違和感が生まれた。

 それはまだ形にならないものだったが、確かにそこにあった。

 

──────────────────


  貴族街の通りは広大な敷地と整った石畳が敷かれ、

 均等に植えられた街路樹が柔らかく揺れている。

 白く輝く噴水が点在し、道を行き交うのは貴族の乗る

 豪奢な馬車や、高級な衣装を纏った貴族たち。

 彼らはこの街を歩く者の身分を自然に値踏みしながら、優雅な会話を交わしている。


  村の素朴な暮らしとはあまりにもかけ離れた光景──

 壁の中だと言う事を忘れてしまうくらい、

 ここでは富と権力がすべてを支配し、栄華の頂を極めた者だけが歩む道が広がっている。

 その圧巻の街並みに思わず息を呑む。


  エリオスは、馬車の窓からゆったりと歩く貴族たちと、

 その一方で、彼らの間を走り回る召使いたちの姿も目に入った。

 彼らは静かに、しかし確実に動き続ける歯車のように、貴族たちの日常を支えている。


 「エリオス。」


 エリュシアが、不意に呼びかけた。


 「王都の暮らし、どう思う?」


 「……なんというか、現実味がないな」


 エリオスは素直に答えた。


 「貴族の世界ってのは、こんなにも別物なのか?」


 エリュシアは馬車の揺れの中、少し口元を緩めた。


 「そうよ。貴族の暮らしは ”選ばれた者” のためにあるもの。

 魔法が使える私たちにはこれを享受する代わりに、"持たざる者"を守る義務があるわ」


 馬車がゆっくりと減速する。


 ラグナディア公爵家の屋敷が見えてきた。


 王都でも有数の格式を誇る貴族の館。

 門の向こうに広がる敷地は村の何倍もあり、建物は白い石造りで、彫刻が施された美しい柱が並ぶ。


 重厚な門が開かれると、迎えの執事とメイドたちが整列し、静かに一礼した。


 「エリュシア様、お帰りなさいませ。」


 「お客様をお迎えする準備は整っております。」


  エリオスは馬車を降りる。

 土道とは違う固い石材の地面。  

 

  それにしても物凄い建築物である。

 おとぎ話の屋敷の概念はここから生まれたのではないかと言える程だ。

 屋敷を見上げていると、奥から壮年の男が近づいてきた。

 貴族特有の品の良い仕草で、エリュシアに報告をする。


 「お連れ様は、屋敷の別館に一時的に収容する手筈を整えております」


 「それで?」


 エリュシアが腕を組む。


 「庶民とはいえ、私の客人なのだから、

 それなりの待遇を整えておきなさい。

 最低限、食事と寝床は確保できているでしょうね?」


 「はい。ただし、王都に長く滞在するとなると、庶民の居住許可が必要になります。」


 「......その件については、後で父と相談するわ」


 執事は深く一礼した。


 エリオスはふと、王都の貴族社会の仕組みを思い出す。


 (……やっぱり、庶民が王都に留まるには相応の ‘手続き’ が必要なのか)


  彼の村の人々は 「公爵家の客人」 という肩書きがなければ、王都に居られない。

 長期的な滞在を考えるなら、

 何らかの方法で「王都に住む正当な理由」を作る必要があるのだ


 「ほら、ボサっとしてないで行くわよ?」


 「あ、ああ......」


 (……本当に、別世界だな。)

 エリオスは静かに息を吐いた。


 屋敷の玄関に近づくと、数名の執事とメイドが整列し、静かに一礼した。

 その中央にいたのは、黒のワンピースに白いエプロンをつけた少女。


 彼女の名はメレーネ——エリュシアの専属付き人である。


 「お帰りなさいませ、エリュシア様」


 「ただいま、メレーネ。彼の案内を頼むわ」


  エリュシアが何気なくそう言うと、メレーネはエリオスに視線を向けた。

 背は小さく、か弱さの残る体格だが冷静な瞳は彼女を何倍にも大人に魅せる。


 「……あなたが"婚約者"様ですか?」

 

  メレーネは、じっとエリオスを見つめた。

 まるで"この男はどの程度の価値があるのか"測るような、静かな視線。

 軽く顎を上げ品定めするかのような仕草に、

 エリオスは少し眉を寄せる。


 「まあ、そんなことになってるな。」


 メレーネは軽く目を細めると、一礼した。


 「......では、ご案内します」

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