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第三十四話

 集落の外れにある石畳の小道を、一行は静かに駆け出していた。

 空はまだ朝靄に覆われているが、陽の気配は徐々に地平を染め始めている。


 馬車などの準備を待つ時間はない──


 「レイド、状況の把握は?」

 先頭を走るエリュシアが振り返る。


 「はい! 被害を受けたのは“グレフ村”です」

 レイドは息を切らせながらも、確かな声音で答えた。


 「どの程度の規模を持った村かしら?」

 エスメラルダが扇を閉じ、目を細める。

 

 「本当に住人は百人に満たない小さな村です」


 「そこをどれくらいの規模で?」


 「それが......1000以上だと聞いております」


 「せ、1000!?」

  エリュシアは目を見開き、足がわずかに止まりかけた

 "普通"小さな村を襲うにしては余りにも戦力が過剰すぎるのだ。


 「随分とまあ、過剰戦力だこと......」

 エスメラルダも眉をひそめる。

 そこにあるのは、ただの偶発ではあり得ない“意図”の気配。


 「……戦いになれば、こっちが主戦力になるわね」


  エリュシアはエスメラルダに視線を向ける。

 それぞれの血統魔法には広範囲に影響を与える術がある。

 公爵家の魔法が優れるのは個人戦においてもそうだが、

 対集団戦においても戦場に極めて多大な影響を与え得るからなのだ。 


 「そういえば、イゼルカ様は……?」

 

 マリアがふと問いかけた。


 「先ほど“後から行く”、と。

 “理の流れを見る”とか……たぶん、そういう感じではないでしょうか」

 

 レイドの答えに、全員がなんとなく納得するしかなかった。


 「大変なことになりましたわね」

 メレーネがぽつりと呟く。


 エリオスは無言で走る。

 空を見上げると立ち上る蜃気楼のような靄。

 それが何なのかは分からない。


 「エリオス様も、もしかして"見える"のですか?」


  隣を走るマリアが声をかける。

 その問いにエリオスは頷く。

 

 「私も若干ながら霊の流れが見えるのですが、

 これは昨日のものと似ているのです」


 「昨日......?」


 「はい、昨日の夜、確かに感じました」


  確かに昨日、マリアは“何か”を感じ取っていた。

 そして、あの違和感が、今朝のこの空気と繋がったような気がした。

 霊気が静かに“流れを変えた”ような──そんな感覚。


 「エリオス様」

 並走していたメレーネが、そっと声をかける。


 「はい?」


 「……無理は、なさらないでください」


 「俺は大丈夫、メレーネこそ危なくなったら下がってほしい」


 「もちろん、“付き人”ですから」

 メレーネは微笑み、風に髪をなびかせた。


  「見えたわッ!」

 

 かなり戦闘を突っ走っていたエリュシアが急に速度を落とし、

 手を挙げる。


  朝日が射し込み始めた谷あいの村。

 そこには、所々が崩れている木造の屋根、立ち上る黒煙──

 そして、無数の蠢く影が広がっていた。


 「……魔物が、あんな数……!」


 エスメラルダが思わず息を呑む。


 村の中央広場、すでに数十体はいると思われる魔物の群れが、

 燃える家々の間を這い回っていた。


 そのただ中、一筋の銀が突き立つ。


 「ヴィクトラン殿!」

 レイドが声を上げる。


 「待っていたぞ、レイド!」

 

 辺境騎士団副団長・ヴィクトラン。

 血の気の引いた顔とは裏腹に、手にはしっかりと剣が握られていた。


 「ロガルト団長とアルフィーネ様が村の中央で戦っている!

 支援してくれ!」


 示は明確で、隙はない。

 エリオスは──その一言で、すっと瞳を細めた。


 「……行こう」

 エリオスが、短く言った。


────────


 辺境騎士団の主力が押さえる前線では、

 ロガルトとアルフィーネが剛力と魔法をもって、

 押し寄せる魔物の波を食い止めていた。


 エリュシアは先行して村への増援の阻止、

 エスメラルダはやや村の外縁部を周りながら、

 周囲を掃討する作戦だ。

 

 そしてエリオスは村の中央部へと進み、

 占拠する魔物を一網打尽にする。


 エリオスが村に入ると、じわじわと周囲の魔物が“遅れ”、

 そのうちに"停止"する。


 「なっ……!? 魔物の動きが……止まった……?」

 ヴィクトランの鋭い視線がエリオスを射抜く。


 「……群れごと、制御している……? 

 そんな魔法、聞いたことがないぞ」


 後ろを歩くアルフィーネの目にも、

 思わず冷や汗が滲んでいた。

 その“異様さ”に──誰もが息を呑む。


 「……やっぱり、普通じゃないんですね。あの方……」

 レイドが憧れるような目線を向ける。


 剣を抜き、構えたエリオスの手元に、淡く光る紋章が浮かび上がる。


 ──ラグナディア公爵家の剣


 剣が手先から腕を抜け、脳そのものに血統魔法を流し込む。


 正面には8体で1隊を成す黒牙虎(ダスクタイガー)が、

 エリオスに牙を剥く。

 まるで中心部に行く事を阻むかのように。


 エリオスの足元を中心に、

 目には見えない“魔力の歪み”が拡がった。


 ──"広域遅延(ディレイ・フィールド)"


 黒牙虎の動きが一瞬で重く、鈍くなる。

 放たれかけた魔法の光弾すら、空中で“止まった”。


 空気が凍りつくような、静寂。


 黒牙虎たちは、まるで空間そのものに

 捕らわれたかのように微動だにしない。

 その瞳には獰猛な殺意が宿ったままだったが


 ──もうそれは、意味を成していなかった。


 遅延の領域において、魔法を主体とした“速さ”に意味はない。

 フィジカルとマジックが逆転する理不尽な領域。

 エリオスの足元で剣が、音もなく輝きを強めていた。


 紋章が脈打つように輝き、“雷”の気配が空に昇る。


 「……ヴォルト・クレスト」


 呟いたその瞬間だった。


 ──空が、震えた。


 まるで神の筆が空に走ったかのように、雷の紋章が浮かび上がる。

 それは一点ではない。

 村全体、魔物の群れの“真上”に、無数に散らばって現れたのだ。


 「ッ……あれは……!?」


 レイドの瞳が見開かれる。

 まるで空間が、“雷そのもの”に上書きされていくかのような光景。


 そして──


 次の瞬間、“雷が何もないところから降り注いだ”。


 ──ズドォォォォォォン!!


 光が地を焼き、音が空を裂く。

 動けぬ黒牙虎たちの群れが、雷の嵐に呑まれて炭と化す。


 「なんなんだ、これは......」


 アルフィーネの声が震える。


 雷は止まらない。

 空中に浮かんだ雷紋が、まるで“根を張るように”戦場に残り続け、

 次々と新たな雷撃を生成していたのだ。


 歴戦のロガルトも、思わず一歩下がる。

 こちらへの攻撃の意思がないことは分かってはいたが、

 それは頭ではなく、本能的な体の忌避反応だった。


 雷は、まるで意志を持つかのように檻を形成し、

 次に動こうとした魔物へ、

 ただ“反応する”だけで容赦なく落ちた。


 ——バチィィィィィン!


 「“動いたら、死ぬ”……それが、あの空間の“法則”……?」


 マリアが呟く。

 エリオスは村の中心部へ向かって歩く。

 雷は仮の"主"に近づく魔物を一撃で、足りなければもっと。

 "肉体から魔力が霧散"して消えるまで降り注ぐ。

 エリオスは剣を握り締めたまま、

 ただ淡々とその光景を見つめていた。


 「エリュシアの血統魔法──」


  エスメラルダもまた黒牙虎を数十体ほど氷漬けにしていたが、

 その視線は戦果ではなく、エリオスに向けられていた。


 「もう使いこなしているのですね......」


 やや残念そうな表情で、

 向かってくるもう一体を無意識に凍結させる。


 「雷鎖断(ヴォルト・リヴェール)!!」


  エリュシアは先行して村に雪崩れ込む前の黒牙虎を相手に、

 強力な雷撃を見舞い、ほとんど片付けた。

 そして、幾重にも重なる雷鳴に振り向く。


 「雷轟閃は大技なんだけれど......?」


  エリュシアはやや不満そうにつぶやく。

 本来であれば常時展開できる代物ではないはずなのだ。


 そして魔物の群れは瞬く間に"根絶"された、のだが......

 

 ──空気が、変わる。


 エリュシアが軽い跳躍で村の中央に降り立ち、合流を図る。

 小さく、しかし確信に満ちた声を漏らす。


 「本命が……来るみたいね」


 「ああ......」


 エリオスも“気配”に気付いていた。

 単なる魔物とは根本的に異なる、圧倒的な存在感。


 「……ッ!?」

 外縁を回っていたエスメラルダが氷の結界を広げる間もなく、

 それは現れた。


 ──黒い靄に包まれた、大型の魔物。

 

 その体表からは“異質な波動”が放たれている。

 まるで“龍”のそれ……だが、完全な龍種とは異なる。

 なにか、“中途半端”な印象。


 「……なんとも、中途半端なッ……!!」


 イゼルカは遅ればせながら到着し、丘から戦場を見下ろす。

 霊流の異様な歪みが、イゼルカの足を一時的に止めた。


 (……この波動、歪んでおる)

 (まるで、“龍”の皮を被せた何かのようじゃ……)


 その時──


 「……え?」

 マリアの隣にいたメレーネが、ふと胸元を押さえた。


 「……っ、熱い……?」

 呼吸が、わずかに乱れる。


 彼女の瞳が、かすかに“紅く”揺らいでいた。

 琥珀のような色合いに、ほんの一瞬だけ赤い光が差す。


 「──おぬしッ!!」


 イゼルカが空から勢いよく落着する。

 メレーネの背後、霊気の流れが逆流しているのだ。

 イゼルカとマリアの目には“霧のような靄”が、

 うっすらと漏れているのが映る。


 (……これは)

 イゼルカの瞳が細くなり、鋭さを帯びる。


 "半端物"が発する“龍の波動”が、

 メレーネの中の“何か”を揺り起こしている──

 それは彼女自身が知りもしない、内に秘めた“負”の因子。


 「……まだ“目覚め”ではない。じゃが──」


 言いかけたそのときだった。


 ズゥン……と、地の奥底から響くような鼓動。


 霊流が著しく反転する。

 風が逆巻く。

 メレーネは思い出す。


 "断片的な、過去の記憶"



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