表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/76

第三話

  エリュシアは剣の柄を握りながら、日が沈む村を見渡していた。

 崩れた家々、焼け焦げた大地、村人たちの疲れ果てた顔。


 「……やっぱり、ここに留まるのは無理ね」


 ポソッと呟くと、静かにエリオスを見た。


 「私が先に王都へ戻って、手配をしておくわ」


 エリオスは眉をひそめる。


 「その疲労で、本当に大丈夫なのか?」


 エリュシアは余裕の笑みを浮かべ、手袋の汚れを払った。


 「大丈夫よ、多少の盗賊とか魔物くらいなら」


 エリュシアは剣を軽く振り払い、刃にまとわりついた赤い雫を空へと散らす。

 次の瞬間、彼女の指先が柄を滑るように伝い、流れるような動作で鞘へと導く。


 「貴方は村の皆に説明しておいて。私が帰るまでに、準備を整えておいてちょうだい」


 エリュシアの足先がふわりと地を蹴る。

刹那、風が弾けるように舞い、彼女の姿は軽やかに宙へと舞い上がった。


──────────────


 その夜、村の広場には、生き残った村人たちが集まっていた。

  仮置きの松明が、頼りなく揺らめき、

 彼らの疲れと不安の色を示しているかのようだ。


 エリオスはそんな村人たちを前に、静かに口を開いた。


 「……このままここに残れば、また襲われるかもしれません」


 誰もが分かっていることだったが、それを口にする者はいなかった。

 年長の村人が腕を組みながら低く唸る。


 「だがよ……俺たちが王都に行けるのか? 貴族じゃあるまいし」


 エリオスは村人たちの不安を察しながら、落ち着いた口調で続けた。


 「そのために、エリュシアが動いてくれています。

彼女は王都に戻り、馬車や住まいの手配をしているんです」


 村人たちは顔を見合わせた。


 「……でも、簡単に受け入れてもらえるのか?」


 「正直、俺も確証はありません」エリオスは嘘をつかず、正直に言葉を紡ぐ。

 

 「けれど、ここでただじっとしていたら、盗賊がまた来るかもしれない」


 沈黙が広がった。


 エリオスは村人たちをひとりずつ見渡しながら、ゆっくりと言葉を続ける。


 「……俺も、王都がどんな場所かよく知らない。貴族の世界なんて、なおさら分かりません」


 そう言うと、一人の年配の男が苦笑した。


 「確かに、お前さんが貴族社会に詳しかったら逆に驚くわな」


 小さな笑いが漏れる。しかし、すぐにまた沈黙が戻った。


 「けど」エリオスは少しだけ声を強めた。

 「俺は”ここにいるみんなが生き残る道”を選びたいんです」


 村人のひとりがゆっくりと頷く。


 「……そう言うなら、信じてみるさ」


 次第に、他の村人たちも小さく頷き始める。


  「……にしてもだ、その貴族様を信用できるのかが不安だな」


 閉ざしていた口を開いたのは、意外にも父・カイネスだ。


 「エリュシアは……正直よくわからない。

 俺たちのためだけに動いているわけじゃないのも確かだ」


 エリオスはそう答えながら、村人たちを見渡した。

 皆ふと我に返ったように、一様に不安げな表情を浮かべている。


 「……となると、お前さんは ”利用されるかもしれない’”ってことか?」


 カイネスは静かに言葉を継ぐ。

 エリオスは一瞬考えた後、ため息をついた。


 「しかたない、この事態を解決できる術はこれしかない」


 そう言うと、カイネスはふっと笑った。


 「......エリオス、お前が魔法を使えたのかが、何となく分かる気がするよ」


 ──────────


  翌朝、空が白み始める頃、地鳴りのような蹄の音が村を包んだ。

 百数十人──いや、二百人を超す銀甲冑の装甲部隊が、

 整然とした列を成して広場へと進軍してくる。

 陽光を浴びた鎧が鈍く輝き、冷たい金属の光が、

 村の荒廃した景色と不釣り合いなほど鮮やかだ。


  兵たちは無駄のない動作で村人たちを各々の馬車へと誘導する。

 まだ疲れの抜けきらぬ面持ちの者、混乱しながらも言われるがままに従う者、

 恐る恐る子供を抱きしめる者──彼らの表情は一様に、

 それぞれの迷いや不安が刻まれていた。


  穏やかに笑い声が響いていたこの村も、たった一日ですっかり様変わりしている。

 中央には陣を張る騎馬兵たち、荷物を積み込む補給兵、

 命令を飛ばす指揮官の姿があり、空気には緊張が満ちていた。

 戦いとは無縁だったはずのこの地が、今や前線基地さながらの様相を呈している。


  風が吹き抜け、荒れ果てた村の家々が静かに軋む。

 その音だけが、かつてここにあった日常の名残を物悲しく響かせて。


  全ての確認が終わった後、軽めのショートコートに、

 膝丈ブーツを合わせた軽装騎士風の恰好をしたエリュシアが手招く───


 ─────────


 馬車の車輪が硬い石畳を跳ね、揺れるたびに座席が軋む。


  エリオスは窓の外を眺めながら、前方に連なる隊列を見る。

 これほどの規模の部隊が、これほど早く動けるものなのか  ——その疑問が頭を離れなかった。


 「……ひとつ聞いていいか?」


 エリュシアは窓にもたれかかって目を閉じたまま、軽く顎を動かす。


 「なに?」


 エリオスは少し考えながら、問いを投げた。


 「王都からここまで、普通ならもっと時間がかかるはずだ。

 それなのに、たった一晩で数百規模の部隊を動員できるものなのか?」


 エリュシアは目を開き、僅かに口角を上げた。


 「なるほどね。貴方が疑問に思うのも当然かも」


 彼女は軽く背伸びをしながら、指で馬車の壁をコンコンと叩く。


 「王都の騎士団には、常に即応部隊が待機しているの。

 国の中枢である以上、突発的な事件に対応できるようにね」


 エリオスは腕を組みながら考え込む。


 「……それにしたって、まるで戦争が始まったみたいな動きじゃないか?」


 エリュシアは微笑を浮かべ、腕を組んだまま窓の外を見つめる。


 「王都の近郊には、『蒼鋼隊(アズールヴァンガード)』 という独立した部隊が駐屯しているのよ」


 「アズールヴァンガード?」


 「ええ。平民を守る"国軍"とは別に、貴族のために動く部隊 があるってこと。

 特に"公爵家"や "王族に近い家柄"の私設軍よ」


 「……つまり"貴族のための軍"ってことか」


  王都に駐屯し、貴族の意向ひとつで即時動員される軍隊。

 もしそうなら、庶民がどれほど苦しんでいようと、貴族が動かなければ何も変わらない。


 「……なんだか”貴族のためだけの世界”って感じがするな」


 エリュシアはくすっと笑い、肩をすくめた。


 「──貴族社会って、そういうものよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ