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第二十四話

 雷鳴が轟き、視界を覆う閃光の連続。


 エリオスの《ヴォルト・クレスト》は戦場を埋め尽くし、

 空間全体が雷の檻と化していた。


 「……エリュシアの魔法は、本当に身勝手ですこと」


 淡々と呟きながら、エスメラルダの剣が淡い霧氷をまとい始める。


 瞬間、戦場全体に青白い氷が舞い散った。


 彼女の氷魔法"霧氷の舞踏(グレイシャルワルツ)"が

 雷撃の流れを統制し、戦場が”氷と雷の領域”へと変貌する。


 雷撃と氷が共鳴し合い、戦場は完全に2大血統魔法が支配する空間へと変わる。


 味方に対しては雷撃は進路を開け、

 敵と認識されるジルヴァンは雷の牽制で介入ができない。


 「エリオス"様"、ここは力をお貸ししましょう──」


 エスメラルダは剣を軽く振るう。


 すると、雷撃が絡んだ氷塊が宙へと舞い上がり——


 「砕けなさい、《氷散弾グレイシャル・スラグ》。」


 バシュゥゥゥンッ!!


  弾けた氷の破片が、雷を帯びながら鋭い散弾となり、

 エウラは咄嗟にそれを避ける。


 ジルヴァンは舌打ちした。


 「……氷塊を雷撃で射出、か。なるほど、これは厄介だネ......」


 一方、エウラは未だ雷撃の嵐の中に立ち続けていた。


 しかし——


 「……っ」


 彼女の頬に、一筋の赤い線が浮かび、頬を涙のように血が伝う。

 物理に近い魔法弾(氷散弾)避けきれず、

 ついに血を流し始めたのだ。


 彼女はゆっくりと自分の指先で血を拭う。


 指に付着した赤を見つめ、琥珀色の瞳が揺れる。


 「……わたし、傷ついた?」


 何かを確かめるように呟くエウラ。


 まるで——”傷を負う”という概念を初めて知ったかのように。


 エリオスは、剣を握る手に力を込める。


 「——お前の耐性は認めるが、

 不死身じゃないみたいで安心したぞ」


 エウラは、その言葉にゆっくりと目を細めた。


  エウラの歪んだ笑みが、次第に広がっていく。

 琥珀色の瞳が爛々と輝き、戦場に新たな異様な空気が流れ込んだ。


 「……そっか」


 その声は、まるで新たな感情を味わったかのような響きだった。


 次の瞬間——


 彼女の小さな身体から、"何か"が解放される。


 —— グゥオォォォン……ッ!!!!


 突如として、戦場全体が歪むような圧力が広がる。

 音が反響し、空気が震え、視界が揺らぐ。

 それは ”魔力”ではない。


  生物としての圧倒的な存在感、

 まるで「龍」が牙を剥いたかのような威圧だった。


 エリオスは直感する。


 (——これは "魔法" じゃない……!)


 体が勝手に警鐘を鳴らしていた。


 龍種の力。

 彼女の体内に潜む "何か" が、まるで "目覚め" のように溢れ出していた。


  エウラの全身が、淡く輝く "龍の紋様" を刻むように発光する。


 —— 魔力ではない、"生まれ持った何か"。


 エウラは剣を軽く持ち直すと、


 「……はじめて、"壊したい"って思った」


 その呟きと共に、彼女は一瞬でエリオスの間合いに切り込む。


 ——速い。


 今までの彼女の動きとは全く異なる。

 空間を切り裂くような速さ。


 ガキィィン!!!


 エリオスの剣が受け止める。


 しかし、その瞬間、手に強烈な"圧"が襲いかかる。


 (——重い!?)


 剣の刃がギリギリと軋み、剛剣で打ちつけられたような衝撃が腕を襲う。

 彼女の小柄な体格には似つかわしくない、"圧倒的な質量"が乗っていた。


 まるで——"龍"が一撃を振るったような、そんな重さ。


 エウラは笑っていた。


 「......わたし、"重い"んだって!」


 無邪気な声音。

 しかし、それが彼女の本質なのかもしれない。

 それは "身体が軽い"のではなく、

 "戦闘時には質量が変わる" という特性——


 "龍種"の力の片鱗。

 

 魔法という"概念"ではなく、生まれ備えた"才"


  —— ゴォォォォォッ!!!!


 彼女の周囲から衝撃波のような余波が広がり、石畳を砕き始める。


 まるで「重力場」が発生したかのような異常な現象。


 「くそっ、こっちが圧されるのか……!」


 「……これが "魔法でない力" ですの?」


 エスメラルダの氷の領域ですら、その影響を受け始めていた。


 そして——


 ズズゥゥゥンッ!!!!


 エウラが地を踏みしめるだけで、地面が陥没し、衝撃が辺りに波及する。


 (このままでは、こっちが"押し潰される"……!)


 エリオスの脳裏に、決断が迫られる。


 ——だが、彼にはまだ "奥の手" があった。


 「エスメラルダ、頼むッ!」


 「"そこ"ね!」


  エスメラルダはエリオスに剣先を向ける。

 ラグナディア家の剣をみるみるうちに氷が覆う。


  彼女は初めて、"衝撃" という概念に押し潰される感覚を味わった。

 ラグナディア家の剣を氷が覆い尽くし、疑似的に巨大な氷塊剣へと変える。

 魔法が制限された中、質量を増加させた巨大な氷塊と、

 彼女の特性が悪影響し、エウラ自身を一層圧し潰そうと働く。

 

  「……!!!」


 「——待った、だ。」


 ジルヴァンが動いた。


 彼は一瞬でエウラを回収すると、即座に戦況を見極めた。


 「……これ以上は、"命取り"だネ。」


 彼の瞳には、珍しく焦燥が混じっていた


 このままでは、"エウラですら" 負ける可能性がある。

 それは、さすがに 計算外だった。


 「エウラ、おとなしくしていな。ここは"一度"引くヨ」


 ジルヴァンは天守塔へ視線を向けると——

 天守塔そのものを爆砕させた。


 「霧氷の舞踏(グレイシャルワルツ)!!!」


 エスメラルダが氷の霧を張り、瓦礫を瞬時に凍結させる。

 破片に魔法の氷が纏わりつけば、エリオスの魔法が強制的に急制動をかける。

 咄嗟に彼の魔法特性を応用したのだ。

 

 ジルヴァンはその隙をつき、エウラを抱えたまま跳躍。


 ——そして、結界の穴を跳躍して消えた。


 

─────────


  雷撃の檻が消え去り、戦場に静寂が戻る。

 燃え焦げた空気が漂い、土の匂いに混じる血の香りが重く立ち込める。


  エリオスの身体が、プツリと糸が切れたように崩れ落ちた。


 「——エリオス様!!」


 エスメラルダが駆け寄る。

 砕けた石畳を踏みしめ、ドレスが汚れるのも厭わず、

 その小さな手で彼の身体を支えた。

 彼の顔に流れる汗と土を拭い、その頬に触れる。


 まだ、息がある。



 静かに胸が上下するのを確認し、彼女はそっと息を吐いた。

 彼女はふっと微笑む。


  「"面白いもの" を見てしまいましたわ」


 それは、心の奥底から零れた、微かな "愉悦" 。

 


 ——エリュシアには勿体ない。


 エスメラルダは小さく呟くと、

 その目を閉じたままの青年を見下ろしながら、胸の内で笑った。


 戦いは、一時の幕を下ろした。

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