第二話
村の中心部は憩いの場から、凄惨な虐殺が行われた現場へと変わっていた。
空気は生暖かく、鉄が混じった臭いが漂う。
地面には所々焦げた跡が広がり、壁には無惨な血飛沫が張り付いている。
晴れ渡る空が、むしろこの光景を際立たせていた。
その中でただ一人、青髪の少女があり得ない光景でも見たかのように
目を見開き、エリオスを睨んでいた。
「ちょっと、貴方何者!」
甲高い声がこの凄惨な現場で響く。
彼女はまだ剣を握りしめ、疲れ果てて傷ついた体にも関わらず、
その瞳には依然として闘志が宿っていた。
エリオスは正直面倒だと思い、目を合さない。
「ただの被害者だよ」
彼女はその言葉を聞くとフッと笑い、
吐き捨てるように
「冗談じゃないわ、アイツを追い払える法術師が村人な訳ないわ」
「ホントさ、それに偶然だよ」
エリオスは面倒くさそうに答える。
「呆れた、この期に及んでシラを切るつもりね?」
青髪の少女は納得できないという表情を変えない。
エリオスはため息をつくと、彼女の方に視線を移す。
よく見ると剣には返り血で汚れてはいたが、国章らしきものが飾られている。
村人からすればそれくらいしかわからないが、彼女は少なくとも貴族だ。
「君は"貴族"なんだな?」
彼女は表情を変えない。
「当然でしょ。私はエリュシア・グランヴェール・ラグナディア。
ラグナディ公爵家の次女よ。」
エリオスは田舎者である。
住む世界が違うそんな殿上人、知るわけがない。
「その顔、まさか本当に知らないの......?」
「まさかのまさか、さ」
エリオスの裏表のないような物言いに、普段であれば無礼を
咎めるところだったが、むしろ肩の力が抜ける。
「......っふ、これだから田舎は......」
エリュシアは不意に笑ってしまった。
剣を地面に突き刺し、疲れから膝を落とす。
「貴族様に田舎の良さは分からないだろうけどな」
「それも......そうね......」
エリュシアは剣を地面に突き立てたまま、浅く息を吐く。
肩で呼吸しながら、疲労の色を隠そうともしない。
エリオスは彼女を見下ろすと、少し考えた後に口を開いた。
「なんであいつと戦ってたんだ?」
エリュシアの表情が僅かに強張る。
だが、キッと闘志残る真っすぐな視線を向ける。
「聞いてどうするのよ、そんなこと」
「俺の住む村が襲われた。当事者じゃないか?俺も」
エリュシアは眉を顰め、視線を落とす。
「元は......単なる家出。でも道中で盗賊団に襲われた。
もちろん私は強いから、連中のほとんどは血祭りにしてやったわ」
エリオスは少し考え、淡々とした声で返す。
口ぶりはまるで武勇伝だ。
「……貴族様の家出、か」
エリュシアの眉が僅かに動いた。
「何が言いたいの?」
エリュシアは少し口を閉じた。
「…… 公爵家の娘ってだけで、狙われる理由になるのよ」
「へぇ、それは面倒な話だな」
エリオスは肩をすくめた。
「でも"あいつ"には勝てなかったんだな」
エリュシアの瞳に、一瞬、悔しさが滲んだ。
彼女は拳を強く握る。
「…… アイツは普通の盗賊じゃない!
アイツは法術師として高度な技術を持っていた。
荒削りなんかじゃない、あれは……」
エリオスは静かに聞いていた。
「で?」
「……え?」
「その結果”この村”を巻き込んだわけか」
エリュシアは言葉に詰まる。
彼女は確かに "追われる身" だった。
しかし、その結果 「村人が虐殺された」 という事実は揺るがない。
「それもそうね。煮るなり焼くなり好きになさい」
肩の力を抜き、諦めたようにそう言い放つ。
今度は逆にエリオスが驚く。
「さっきとはまるで逆だな」
「アイツに殺される義理は無いけど、
貴方に殺されるのは、まあ、仕方ないわね」
エリオスは僅かに眉をひそめた。
「……さっきまで"貴族の誇り"を語ってたのに、あっさりとしたもんだな」
エリュシアは小さく笑った。
「貴族はね"現実主義者"なのよ。負けを認めないのは"愚か者"だけ」
彼女は剣を支えにしながら、疲れた様子で空を仰ぐ。
「それに…… ”正直もう面倒くさい”ってのもあるし?」
エリオスにも落ち度が無いわけではなかった。
村で唯一魔法を使えるはずなのに、危機への対応を怠っていた。
彼女を一方的に責めることができる立場ではないのも理解している、
視線を移せば村の惨状は想像以上に酷い。
ジルヴァンのあの魔法は恐らく精度も高かったのだろうか、
彼女がやってきた方向の家々は内側からの力で圧され破片が道に散乱している。
原型は留めているものの内部は考えたくないような状態だろう。
それに村の事を考えると、ジルヴァンを取り逃した時点から
自らが危機となっているのは理解していた。
エリオスは静かに息を吐く。
「……なあ、もしこの村を捨てるなら、どこに行くべきなんだ?」
エリュシアは剣を支えに立ち上がり、何か含みのあるような視線を向ける。
「......あら、やっと現実を見たのね」
そして廃墟と化した村を一瞥する。
「このまま"ここに残る"なんて選択肢はないわ。
ジルヴァンが一度襲ったなら、次も来る可能性は十分にある」
ジルヴァンとは初対面だ、と言おうとしたとき、奴は確かに
"次に会う"事を示唆していた事を思い出す。
無事だった村人たちもまた、家に隠れて沈黙している。
そしてエリオスは余りにも外の世界に関して知識が無さすぎた。
「......なら、どこに行けば"安全"なんだ?」
「そうね、王都なら少なくとも無法者の襲撃は起こらないわ」
エリオスは眉を顰める。
「王都ぐらいは知ってる。
だから、ただの庶民が簡単に王都に住めない事もわかってるぞ」
「私を誰だと思ってるの?」
エリュシアは得意げに笑う。
「もちろん、""特例""があれば簡単に、よ?」
「特例......?」
彼女はわざとらしく間を置き、剣の柄に手を添えた。
「貴族の ”婚約者” なら住めるわ」
彼女の表情は打算に満ちている。
「......は?」
エリオスは一瞬、聞き間違えたかと思った。
「貴族社会では権威が全てなの。
私の権威に縋るなら、王都に住むことも、貴族として振る舞う事も出来るわ」
エリオスはしばらく沈黙する。
そして彼は村の惨状を見渡し、再び考え込む。
「……つまり、俺が ‘偽の婚約者’ になれってことか?」
エリュシアは微笑みながら頷いた。
その笑みの裏には、単なる親切ではなく、計算が透けて見える。
貴族社会で生きるための知恵か、それとも彼女自身の別の目的があるのか——
「ええ。それなら”公爵家の庇護”という名目で、村人たちも王都に避難できる」
「それは......都合が良すぎないか......?」
エリュシアは微笑む。
「これは私なりの責任感でもあるわ」
エリオスはまだ完全には納得していなかった。
「王都に行ったらすぐバレるんじゃないか?」
エリュシアは軽く首を振る。
「貴族社会では ‘権威’ がすべてよ」
「私が ‘婚約者’ だと言えば、誰も疑えないわ」
エリオスは深く息を吐き、考えた。
そして——
「……村の人を救えるなら、悪い話じゃないか」
「......決まりね」
エリュシアは満足そうに微笑んだ。
その目の奥に、一瞬だけ何か計算めいた光が宿る。
エリオスは、その意味を深く考えなかったが——