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9. 悪意

前半はナザレ視点になります。


 学院の生徒会の一室で報告書を読んでいたナザレはうんざりとして頬杖をついた。

「またか」

 ナザレの側近の一人であるホーネックが後ろ手を組み、すぐ近くに控えている。肩口で切り揃えられた褐色の髪がさらりと揺れた。


「間者が入り込んだ形跡があります。アニエスの身辺を探っているようですね。護衛は増員されますか」

「いや、これ以上は増やせない。重ねて厳重に警戒するように伝えておいてくれ。それにしても……こうも頻繁だと、内部の者が手を引いている可能性もあるな」

 ナザレが憂鬱な表情で書類を机の上に投げ出した。


「内部……。アニエスを目障りに思う者がいるということでしょうか」

 オディセンが思案げな表情を浮かべた。

「とすれば、エクスナ家の令嬢が手を引いているのでは?」

 クラウディアがアニエスに嫌がらせを繰り返し、謹慎処分を受けたことは記憶に新しい。ホーネックはモノクルをキラリと光らせて指で押し上げた。

 代々優秀な王宮魔術師を多数輩出しているチャーニ家のロイスがナザレに進言する。


「一度、こちらで問い質しましょう」

 ロイスの提案に、オディセンとホーネックも頷く。

 ナザレは近習たちを冷たく一瞥した。


「確証もないのに何の権限で彼女を問い質す? そもそも生徒会にはそんな権限はないが」

「ですが、アニエスに嫌がらせをしていた張本人ではありませんか!」

 オディセンは声を荒げ、ロイスは淡々と主張を繰り返した。

「聞くだけなら、構わないのでは?」

 アニエスへの恋慕を隠そうともしない、私情の混じった部下の言動と振る舞いにナザレは顔を(しか)めた。

「アニエスが目障りだという理由で、他国の者と手を結んだ可能性がありますね」

 ホーネックがほかの者に追随する。


「そのような憶測を軽々しく口にするな」

 ナザレが頬杖をついた手でこめかみを押さえる。三人とも学院の中で優秀なほうではあるが、アニエスのこととなると途端に冷静な対処ができなくなる。アニエスへの嫌がらせの件に関しても、本来学院関係者とナザレとで対応する予定だったが、近習たちの介入を抑えきれなかった。結果、面白くもない断罪劇が出来上がり、学院の生徒たちの見世物となった。


 不可解なのは、クラウディア・エクスナの動向だった。リジェルの、クラウディアの命令で嫌がらせをしたという主張を、クラウディアはその場で肯定した。証拠がないにも関わらず、格下の令嬢に訴えられて悪事を認めるなど、あり得ないことだった。

 謹慎が解けたあとは、フェルナドの周囲をうろついているという報告が入っていた。


 気に掛けなければいけないことは山ほどあり、ナザレは頭を悩ませる毎日を過ごしていた。色恋沙汰にうつつを抜かす余裕のある部下たちがある意味羨ましい。


「クラウディア嬢とフェルナド様が最近親しくしているとの情報が入っています」

 ホーネックが嬉々として目新しい情報を追加した。

「……それが何か関係あるのか?」

 自分でも驚くほど冷たい声だった。三人の部下は鋭利な刃物を突き付けられたように固まった。

「くだらない憶測を口にしている暇があったら、さっさと目の前の仕事を片付けることだ」

 アニエスの警護の仕事ばかりしているわけではない。ナザレはにこりと表面上だけ笑って、部下たちを促した。



***


 一日の授業を終えたフェルナドはアニエスと共に学院の庭に面した柱廊を歩いていた。アニエスは単独行動をして危険な目に遭わないよう、従来の一定の距離を置いた護衛とは別に、生徒会の面々か学院関係者、または城の関係者と常に同行するようになっていた。


「アニエス。以前渡しそびれた記念品だ」

 フェルナドはアニエスに根付型の小さなマスコットを手渡した。

「あ。建国祭のときの謎解きの景品ですね。ありがとうございます」

 アニエスは対になったそれの一つを受け取った。手のひらサイズのマスコットに目を細める。


「可愛いですね」

「正直、微妙じゃないか? どうしてカボチャに顔が描いてあるのだか」

「ふふ。フェルナド様にはこの可愛さがわからないのですね」

 アニエスとは建国祭以来ギクシャクとしていたが、クラウディアの助力もあり、三週間ほど経つと徐々に以前のように自然と話せるように戻っていた。


 女子寮の方角から大きな荷物を抱えた三つ編みの少女が歩いてくるのが見えた。アニエスがその見覚えのある姿にハッとして遠くから呼びかけた。


「……リジェル!」

「アニエス……」

 アニエスが廊下から学舎の外へ飛び出し、リジェルのもとへ駆け寄った。

「復学するつもりで、戻ってきたの?」

 アニエスは期待を込めてリジェルを見つめる。リジェルはチラリと背後のフェルナドを見て、表情を硬くした。


「違うわ。ただ寮室に残った荷物を取りに来ただけよ。ようやく家のほうも落ち着いてきたし、こっちも引き上げようと思って」

 リジェルはアニエスの言葉を素っ気なく否定する。それから何も言わずリジェルは二人の脇を通り過ぎようとした。その背にフェルナドが声を掛ける。


「リジェル・リスティ。クラウディアに命令されてやっただけならば、学院に取り成して君の名誉を回復することもできる」

 リジェルは踏み出そうとした足を止める。

「……どの面下げて学院に来られると思っているのよ」

 リジェルが体ごと振り返る。顔はやや憤って唇を震わせていた。

 およそ王族に対する言葉遣いではない。アニエスは驚いてリジェルを見た。


「あの事件から皆の私を見る目といったら。まるで針の筵よ。ここにいても居場所はない。私はフェルナド殿下やクラウディア様ほど、面の皮が厚くできていないの」

「リジェル」

 アニエスが怒りとも憐憫ともつかぬ表情を浮かべた。


「でも、良いの。私なんかでも、手を差し伸べてくださる方はいるから。それこそ素晴らしい方よ。フェルナド殿下のお情けなんか頂いたって……ねぇ?」

「なんてことを言うの!?」

 アニエスが声を張り上げる。嘲りを受けた当のフェルナドは落ち着いたものだった。

 肩を怒らせるアニエスを押しとどめて、フェルナドはいたって冷静にリジェルに問い質した。


「その素晴らしい方というのは? クラウディア嬢のことか」

「殿下には関係のないことかと」

 ふんと顔を逸らしてリジェルは追及を逃れた。


「リジェル。フェルナド殿下に謝って」

「なんで?」

「助けようとしてくれる方に、失礼なことを言ったわ」

「……はぁ」

 リジェルはたっぷりと間をおいて、わざとらしく溜息を吐く。それから唐突に声を荒らげた。


「私はあんたのそういうところが嫌いなのよ! 誰に対しても優しい顔をして、自分の包容力を見せつけて。偽善者面しているのがね! 殿下たちからチヤホヤされていい気になってんじゃないわよ!」

「……っ」

 かつて友人だと思っていた相手から明確な悪意を突き付けられて、アニエスは息を呑んだ。


「友人として付き合ってあげていたけど、本当はずっとあんたのこと嫌いだった。だから、ナザレ殿下から頂いたっていう髪飾りも壊してドブに捨ててやったのよ」

 アニエスが両手で口を覆った。当時、調査した学院側から事件の詳細を聞いてはいたが、リジェルの口から直接聞くのは初めてである。


「あんたはショックを受けて壊された髪飾りを机の奥に隠してさ。私が『せっかく頂いたのに机にしまってないで髪に付けたら?』って言ってあげたときの、あんたの顔ったら……」

 リジェルの瞳は愉悦を含み、口は醜く吊り上がって歪んだ。


「人の顔をどうこう言う前に、今のお前の顔を鏡で見たらどうだ? 私の呪われた仮面より、よほど興味深い顔をしているぞ」

「……っ!!」


 リジェルはなにか言おうと口を開いて、閉じることを繰り返した。王族に対しあまりに直截な悪口を言ってしまっては、さすがに罰せられると思ったのか結局何も言わず口を閉じた。それから悔しげに唇を噛む。


「……やっぱり」

 ぽつりと零した、アニエスの呟きをリジェルの耳が拾う。

「なによ。私を疑ってたんじゃない」

 は、とリジェルは鼻白んだ。じゃあね、と言い残してリジェルが学院の出口へと去っていった。

 フェルナドがその背を見送ったあと、アニエスを振り返る。


「アニエス?」

「やっぱり、壊れていたはずなのに、どうして……」

 言葉の真意を測りかねて、フェルナドが首を傾げる。

「いえ……なんでもありません」

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