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4. 助言者


 その後も占い師の格好をしたクラウディアは、フェルナドの前にたびたび現れては怪しげな予言を残していった。

 神出鬼没にして意図がわからないことと、再びアニエスに危害を加えるかもしれないという危惧から、フェルナドはクラウディアの言われるまま、アニエスが訪れるという場所に赴いた。

 不思議なことに、クラウディアの言う通りの場所と時間に行くと、必ずアニエスに会うことができた。



「経済学の授業のあとに、アニエス様にお昼を一緒に食べるよう誘ってみてくださいませ」

 以前はアニエスに接触しようにも、常にそばに誰かいて、タイミングが掴めなかった。クラウディアが指示する時間帯に会いに行くと、邪魔する者はおらず驚くほど上手くいった。



 別の日に、またクラウディアはフェルナドに助言をした。クラウディアは必ず、フェルナドのほかに人通りのない瞬間を狙って学院に現れた。

「ロイス様は加虐心が強い方で、好きな相手にも気を引くために強く当たります。アニエス様が意地悪されているのを見かけたら、すかさずフォローをすると好印象です」

「ロイス・チャーニか? わりと幼稚なところがあるのだな」

 フェルナドは不快を露わにした。ロイスはチャーニ家の次男で、魔術の才覚を認められ、ナザレの側近候補として推薦された。鮮やかな青紫の短髪で、背は低く、見た目は実年齢より幼く見えた。先日、フェルナドへの侮蔑を隠しもしなかった生徒である。

 ロイス含め、ナザレの側近候補三人は皆、アニエスに気があるようだった。ロイスに対して元から印象の良くなかったフェルナドだったが、クラウディアの言うことが本当なら軽蔑に値する。


「フェルナド殿下がしっかりされている分、余計にナザレ殿下を除く周りのお三方が幼く見えると思いますわ。年上の魅力を存分に見せつけて差し上げてください」

「……」

 クラウディアが時折、媚びを売るわけでもなく、フェルナドのことを持ち上げるのがまた不思議だった。フェルナドが胡散臭げにクラウディアを見ると、曖昧に微笑んで背を向けた。


 一日経って、またもクラウディアはフェルナドの前に姿を現した。

「今日は剣術の合同訓練がございましたわよね。オディセン様をコテンパンにのして差し上げてください」

 オディセンは武を得意とするルムイ家の一人息子で、柔らかい緑色の長髪を頭の上で束ねている。ロイス同様にナザレの側近として常にそばに控えていた。


「彼と当たるとは限らないが」

 誰と手合わせするかは、担当教師の采配で決まる。

 フェルナドは一週間と経たないうちに、クラウディアがそばにいることに慣れてしまっていた。人気のないベンチで隣に座るクラウディアを注意深く観察した。フェルナドは仮面の影響もあって人の悪意に敏感なほうであるが、クラウディアにはそれが感じられない。そのことがずっと不思議だった。


「必ず当たります」

 クラウディアは確信を持って宣言した。

「それで、勝ったあとに彼の良かった点を褒めてあげてください」

 フェルナドの勝利を信じて疑わない態度に、首を傾げたくなった。ただ学院の成績は公開されているので、興味さえあればフェルナドの力量について知っていてもおかしくはない。

 午後には合同訓練が行われ、結果はクラウディアの言う通りになった。


 必ずしもクラウディアの言いなりになるつもりはないが、オディセン自体には見込みがあるので、率直に褒めた。

「剣筋をよく見ているな。中盤の反応や返しもよかった」

 オディセンがムッと口を尖らせた。

「さすがに二年も違うと経験の差が出ますね。もっともナザレ殿下とは実力差はあまりないご様子ですが」

と嫌みを返されて睨み付けられた。怪我の治療をしていたアニエスが、オディセンに苦言を呈した。さらに剣の稽古をサボり気味であったことをナザレにも指摘され、オディセンは見る間に落ち込んだ。何とも居たたまれない光景だった。

 以来、フェルナドはオディセンから完全に敵視されるようになった。オディセンは猛烈に剣の稽古に打ち込むようになった。

(これで良かったのか? 本人やナザレにとっては、良かったのだろうが)

 疑問は尽きなかった。



 祝日は城にいる予定だったが、クラウディアからわざわざ学院に来るよう前日に言い渡された。

「今日の仮装大会には必ずこれを付けてご参加くださいませ」

 当日、クラウディアが猫耳のカチューシャを持って現れた際には、さすがに首を横に振った。


「断る」

「アニエス様とお揃いです。アニエス様がとてもお喜びになりますよ」

 アニエスが猫耳を付けた姿を想像して、思わず心が和んだ。生暖かく見守る視線を感じて、フェルナドはごほんと咳払いをした。


「…………アニエスはともかく、私がそれを付けても不気味なだけだろう」

 あくまで渋るフェルナドにクラウディアはグイグイとカチューシャを押し付け、ついには背伸びをした。フェルナドは抗議しようとして、間近に迫る蒼い瞳に言葉に詰まった。


 明らかにクラウディアとの距離が縮まっている。人の懐に入るのが巧みなのか、フェルナドが懐柔されやすいだけなのか。クラウディアへの態度が軟化していることを自覚した。

 髪に細い指が触れて、フェルナドは抵抗しようとした動きを止めた。位置を定める慎重な指先がこそばゆい。見慣れない真剣な面持ちに見入った。猫耳を装着し終えてクラウディアはすっと離れるとフェルナドの周りをくるくると回った。頻りに頷きながら、フェルナドを満足そうに見上げた。

「?」

「スチ、いえ想像通り、よくお似合いですわ」

 クラウディアはニコニコとフェルナドを送り出した。



 仮装大会の会場に着くと、一斉に生徒たちの視線が刺さった。気分としては公開処刑と変わらない。居たたまれずに速攻で城に帰ろうと踵を返すとアニエス含むナザレ一行と出くわした。

「ごきげんよう。フェルナド様も仮装大会に参加されるのですか?」

 アニエスは猫耳のカチューシャを付け、手には猫の足を模した手袋をはめて、スカートに長い尻尾を付けた出で立ちだった。カチューシャはフェルナドとお揃いの模様だった。

「兄上……」

 ナザレの視線がフェルナドの頭上で止まって凍り付いた。それきり一言も言葉を発しない。フェルナドの身体からどっと冷や汗が流れた。アニエスの仮装姿を堪能するどころではない。

「大事故じゃん」

 ロイスが率直且つ辛辣な感想を述べた。

同じく固まっていたホーネックがモノクルを押し上げながら、あからさまに不快に顔を歪めた。ハビンズ家の長男で、次代の宰相として目されている。


「フェルナド様。私とお揃いですね」

 アニエスが周りの反応に構うことなくフェルナドに笑顔を向け、それから猫の真似をしてみせた。

「にゃ~ん。……なんて」

 周囲に微妙な空気が漂って沈黙が下りた。

 自分で言っておいて恥ずかしくなったのか、アニエスは顔を赤らめて俯く。

「アニエス! 俺も同じものを付けていいか?」

 オディセンが前のめりにアニエスを援護した。

 ホーネックも負けじとオディセンのあとに続く。ロイスは肩を竦めて呆れながらもアニエスを横目で捉えていた。

 ナザレは笑顔でその光景を見守っていたが、纏う空気は異様に冷たく感じた。心なしか部下たちから距離を取っていた。

 その後、アニエスの助けもあり、何とか仮装大会を一通り楽しむことができた。


 フェルナドが待ち合わせの場所まで戻って事の次第を報告すると、クラウディアはほっと胸を撫で下ろした。

「アニエス様が思った通りの御方で良かった……。でなければ大惨事となっていましたわ」

「今聞き捨てならないことを言ったな」


 フェルナドは一瞬殺意が芽生えた。アニエスに喜んでもらえたのはいいが、周囲の視線が冷たく刺さって、途轍もなく恥ずかしかった。そのせいで仮面の呪いの影響が出て、鏡を何枚か割ってしまった。フェルナドをからかいたかっただけなのかと、怒りを覚えてじりじりとクラウディアに詰め寄る。


「あ、アニエス様」

「なに?」

 クラウディアが指差した先を見るが、アニエスの姿はどこにもない。視線を戻すと、その隙にクラウディアは姿を消していた。

「……」

 稚拙な引っかけに嵌まったフェルナドは軽く自己嫌悪に陥った。



 クラウディアの謹慎が解ける数日前。フェルナドはある決意を固め、人通りの少ないベンチを選び、腰を下ろした。座って休んでいると、案の定クラウディアがやって来た。クラウディアが現れるのを待ち構えていたフェルナドは、開口一番クラウディアに質問をぶつけた。


「お前が私に近付く目的は何だ?」

「フェルナド様の恋路を応援することですわ」

 クラウディアは薄っすらと目を細めた。相変わらず悪意は感じられない。しかし当然、額面通りには受け取らなかった。フェルナドは鋭い眼差しを向ける。


「……ほかには」

「ほかは打算しかないに決まっているではないですか」

 クラウディアは嫣然(えんぜん)としてフェルナドを見下ろした。

「偉そうに言うことか。私に与しても何の益もないぞ」

 いっそ清々しいまでに言葉を飾らないクラウディアは学院で噂されていた印象とは違っていた。傲慢で不遜、我儘且つ陰湿で、気に入らない生徒に対し、身分を笠に着て辛く当たる、とのことだった。実際に接してみると、あまり当てはまらないようにも思える。

「ですが、フェルナド様のためにはなっていますわよね?」

「……」

 思わず鼻で笑った。少し気を許しかけた途端、幻滅させられた。恩着せがましい言動に不快を示し、フェルナドは反論しようと睨む。そこでハッとして目を見張った。クラウディアの表情には余裕がなく、真剣だった。寄せた眉には微かに焦りが見えた。意表を突かれて、一度口を噤む。


「……そうだな……。礼くらいは言うべきか」

 クラウディアはパッと表情を明るくした。

 不安に揺れていたのは一瞬で、クラウディアはすぐに持ち直して鼻を高くした。

「うふふ。もっと感謝して頂いてもよろしいですよ」

「……傲慢なところは噂に違わないのだな」

 最初の頃は、謹慎中だというのに出歩くクラウディアを捕まえようと奮闘したが、そのたびにあの手この手で逃げられた。

この頃はすっかり諦めてクラウディアの戯れに付き合うようになっていた。


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