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32. 式典2

前半はクラウディア視点、後半はフェルナド視点になります。

 

「フェルナド殿下。申し訳ありません!」

 ドレスの裾を持ち上げ、残りの距離を小走りに近寄って詰めた。

「私の指導が至らないばかりに……アニエス様との好感度がやはり不足していたのですね」

 クラウディアは膝から崩れ落ち、両手で顔を覆った。それからフェルナドに平伏する。不可解なクラウディアの行動に聴衆がざわめいた。



 なんということだろう。

 呪いの仮面が外れる条件は、必ずしもフェルナドルートに限ったことではない。アニエスとフェルナド、二人が相思相愛でなくとも、親愛程度の好感度があれば達成可能なのである。しかし、それは各方面へのかなり綿密な好感度調整が必要のはずで、さらに魔王となったフェルナドとの戦闘でも止めを刺さないように細心の注意を払う必要がある。難易度がとても高いエンドだからこそ、クラウディアは思い至らなかった。何の攻略情報もなしにそれを成し遂げたアニエスの手腕は驚嘆に値する。


「今さら何を言うのだか……」

 フェルナドが片膝をついてクラウディアの両肩を抱く。


「うぅ……。私、フェルアニファン失格ですわ……」

「君が私に気持ちを向けてくれないのであれば、フェルアニファンとやらは失格で構わない」

 フェルナドの言葉に下を向いたまま、しばし固まる。内容を反芻した。涙を流し俯いていた顔を恐る恐る上げて、確認する。


「……では、ひょっとして。舞踏会での殿下の告白は夢ではなかったのですね?」

「なぜ夢だと思うんだ……」

 真剣な告白をなかったことにされそうになり、フェルナドは心底呆れて、脱力した。


 国王がオホン、とひとつ咳払いした。


「クラウディア・エクスナ。エインセント国第一王子であり、我が息子フェルナド・エインセントの望みにより栄誉を与える。そして多大なる感謝を。どうか我が息子の最期の戒めをそなたの手で解き放ってくれ」

 すなわち、クラウディアが呪いの仮面を外す大役を仰せつかった瞬間だった。

 クラウディアの心が震えた。


「身に余る光栄……ですが、お待ちください!」

「まだ何かあるのか」

 唐突なクラウディアの行動にもはや何も驚かなくなったフェルナドが淡々と聞き返す。


「私……実はフェルナド様の素顔を拝見したことがないのです」

「それはそうだろう」

「あの、ゲーム画面でも見たことがないということです」

「あぁ、そういう意味か」

「呪いの仮面を外す場面は徹底して見ないように努力しました」

 フェルナドが首を傾げる。


「解釈違い……あ、私の想像と違っていたと、がっかりしてしまうのが怖くて。もちろん担当絵師の力は信じています! 信じていますが、思い入れが強すぎて見ることができなくなってしまったのです」

「厄介な性質だな」

「はい。厄介なオタクなのです」


 記録係が戸惑って、大書記官のコルデスを見る。二人が何を言っているのか理解できない、といった顔だった。コルデスは心得た様子で頷く。


「とりあえず全部記録して、あとで指示した該当箇所を削除しておいてくれ」

「はぁ」

 国の歴史的な一幕に、エクスナ家による汚点は一切残したくないコルデスである。



「ですから、お顔を拝見した後の自分の反応を私自身予測することができなくて、怖い、です。フェルナド様を傷つけてしまうかも。もちろん、ずっと殿下を愛している自信はありますが」

「たとえ素顔がクラウディアの好みから外れていたとしても、必ず君を振り向かせてみせる」

「フェルナド様……。前向きになられましたね」

「君のおかげだ」

 フェルナドがフッと笑みを零した。

「だから改めてお願いする。君の手で、この忌まわしい仮面を外してくれないか」


 手が、指が震える。仮面の両端に手を添えると硬質で冷やりとした感触がした。それから仮面の下の、不安に揺れる瞳に初めて気付く。

 クラウディアはハッとして手を止めた。


「フェルナド様……。ずっと仮面を付けていたのですよね」

「ああ」

 何をいまさら、といぶかしげにフェルナドが頷く。


「仮面で覆われた箇所とそれ以外の部分が日焼けで色が違っていたりしたらどうしましょう。もしくは跡がくっきりと付いていたりしたら。私、笑ってしまうかも。先に謝っておきます。ごめんなさい」

「さっさと外してくれ」

 溜息と共にフェルナドの肩の力が抜けた。緊張がほぐれたのを見て取って、今度こそ意を決してクラウディアは仮面に両手をかけた。  



***


 クラウディアは傷つけないよう、顔に沿って慎重に仮面を外した。手元から視線を移してフェルナドを見遣る。そして。

 視線が交わる。互いに息を呑んだ。


「目が……目がぁああ!!」

 フェルナドの素顔を間近に捉えた瞬間、クラウディアは追い詰められたラスボスのように悶絶し、両手で目を覆って上体を後ろへ反らせた。

 その拍子に落とした仮面が、絨毯の上に落ちる。大した衝撃ではなかったが、仮面はものの見事に真っ二つに割れた。


「クラウディア!?」

 フェルナドは慌ててクラウディアの背中に手を回した。咄嗟に支えなければ、反り返って後頭部を床に打ちつけるところであった。


「どうしたんだ、急に」

 何か問いかけても首を振るばかりで、クラウディアは顔を上げようとしない。フェルナドは悲壮な顔をした。


「そんなに……私の顔は受け付けなかったのか」

「違います。逆です」

 絶望したフェルナドの呻きに、ゆるゆると首を振って否定する。クラウディアはゆっくりと半身を起こす。


「眩し過ぎて……」

 指の隙間から覗かせた瞳は潤んで、頬は赤く上気していた。フェルナドはホッとして、それから周囲を見渡した。


 国王モルゼットと妃レイティアが涙を浮かべて肩を寄せ合い、フェルナドたちを見守っている。その隣ではナザレが後ろを向いて片手で顔を覆い、肩を震わせていた。さらに視線を巡らせるとアニエスの泣き笑いの顔、そして驚いた人々の顔。


 フェルナドと目を合わせた途端、崩れ落ちる女性が続出した。傍らのパートナーや親族がそれを必死で支える。確かに呪いは解けたはずだ。フェルナドの頭の中に疑問符が浮かんだが、まず優先すべきことがある。


「クラウディア、きちんと目を合わせてくれないか」

「うぅ……むりぃ」

 再度呼びかけるが、手で両目を覆ったまま、クラウディアは呻いていた。

 そして神に祈りを捧げる信者のごとく、クラウディアはフェルナドの腕の中で厳粛に目を閉じたまま両手を胸の前で組む。


「ご尊顔を拝することができず、誠に申し訳ございません」

「早々に諦めないでくれ」

 何度も呼びかけるがクラウディアは身を捩らせるばかりで、望ましい反応は得られない。フェルナドはやがて、はぁ、と息を吐いた。


「ならば、目を閉じたままで構わない」

「え?」


 成り行きを見守っていた観衆にどよめきが起こる。女性からは黄色い悲鳴が上がった。はしたないと、傍らにいた親族に窘められる。

 やがて祝福の声が上がる。会場全体に拍手が沸き起こった。楽団が喜びと幸せに満ちた音楽を奏でる。着飾った貴族の幼子たちが、持っていた籠の中の物を取り出す。花びらが舞って二人の頭上に降り注いだ。



本編完結となります。

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