31. 式典1
式典当日、晴れ晴れと、とまではいかないが雨は降らず、涼やかで快適な日和となった。クラウディアは正装に身を包み、コルデスと共に馬車に乗り込んだ。
「クラウディア。此度の祝典は、この国始まって以来の歴史に残る大事となる。どうか粗相のないようにだけ注意してくれ」
馬車で城に向かう道すがら、父はくどくどと小言をクラウディアに言って聞かせた。クラウディアはコルデスの小言はいつものことなので、おざなりに返事をした。
「それよりお父様。王家から私への召喚状を受け取らなかったのでしょう。ホーネック様が届けてくださったから良いものの……。どうせ家の恥だとか宣って逃げ回っていたのでしょう?」
「輝かしい祝典に水を差すような不安要素を少しでも取り除きたかったのだ。仕方あるまい」
コルデスは悪びれもせずに答えた。
書状を受け取ってから文句を言おうと待ち構えていたが、コルデスは当日の朝まで屋敷に戻ってこなかった。クラウディアは閉じた扇を自らの手のひらに打ちつけた。
「帰ってから覚えておいてくださいませ」
城に着いてからもしつこく忠告してくるコルデスに、クラウディアはいい加減、苛々として反論した。
「お父様。何度も言わずとも結構です。いつだって私は完璧な淑女でしてよ」
「何を言うか。お前は感極まるとすぐに『なぜ記録媒体がないのかぁああ!』とか『せめて絵師をもてぃ!』などと人が変わったように訳のわからないことを叫ぶだろう」
「いやですわ、お父様ってば。本当に、何をおっしゃるのかしら。場所をお考えになって」
ホホホ、と扇で引きつった口元を隠しながら、クラウディアはヒールの踵でぐりぐりと父親の足の甲を攻める。人通りの多い、城内の廊下を移動している最中である。どこで噂になるかもわからないのに、娘の落ちまくった評判をさらに貶めるような真似はやめてほしい。
「ひぃん!」
情けない悲鳴を上げてコルデスが涙目になる。廊下をすれ違った仕官たちが怪訝な顔でその親子を見送る。結果としてエクスナ家全体の評判が落ちた。
途中、イグレイスがクラウディアを待ち受けていた。
「クラウディア様もお越しでしたのね。あちこちに媚びを売った甲斐がありましたわねぇ」
嫌味たらしく笑って、扇を上下させた。暇に飽かせてクラウディアを待ち伏せしていた取り巻きの令嬢たちもイグレイスにならってクスクスと笑いさざめいた。
面倒そうに横を素通りしようとするコルデスの襟首を捕まえて、クラウディアが臨戦態勢を取った。ヒキガエルよろしく、ぐぇっと鳴いたコルデスは冷静にクラウディアを諫めた。
「やめなさい。どうせ、いずれ自滅する」
「……お父様?」
コルデスは襟を正してクラウディアを促した。時間も迫っていたため、クラウディアは諦めてその後に続いた。
神聖な儀式のみに使われる祭礼の間に辿り着いた。建物は城とは独立している。大きなステンドグラスが両側の壁にいくつもはめられていた。天井の一部は丸く切り取られたガラスがはめ込まれ、明るい日の光が建物の内部を照らしている。
中央に向かって赤い絨毯が敷かれていて、その周りを主だった貴族や騎士、仕官たちが取り囲み、演奏隊や記録係が脇に控えていた。
国王モルゼットと妃レイティア、第二王子のナザレは最奥にいて、主役の登場を待っていた。
やがて国王が王笏を掲げた。始まりの合図に場が静まる。音楽隊の演奏が厳かに鳴り響く。
フェルナドが入場する。続いて聖杖を手にしたアニエスが純白のローブに身を包んで姿を現した。
フェルナドの礼服に身を包んだ姿に、ほぉ、とクラウディアは溜息を洩らした。白いコートに金の繊細な刺繍が映える。同じく全身が白くまばゆいアニエスと並べば、さながら結婚式のようであった。
広間の中央まで、フェルナドがアニエスの手を引いて進む。
このあとはアニエスが呪いの仮面の額部分にキスをして、フェルナドの呪いを完全に解く。
ファン垂涎の名場面であり、本来なら感動して目に焼き付けるところであるのだが、クラウディアは一人悶々としていた。
(くっ! フェルナド様が舞踏会で血迷ったことをおっしゃるから!)
平静を装いながら、クラウディアの心の中は荒れ狂っていた。気を静めようと深く息を吸い込む。
(私はフェルアニファン、フェルアニファン……。あれは夢だったのよ)
その間にも式は粛々と進行していった。
フェルナドが片膝をついて、聖女アニエスの祝福を受ける。アニエスはキスではなく、ただ聖杖をフェルナドの頭上で振るった。
仮面から完全に闇の気配が立ち消える。肌で感じ取ったフェルナドが閉じていた目を開く。
「ありがとう、聖女アニエス。心から感謝する」
「光栄にございます」
フェルナドの声が僅かに震えていた。
それから二人は互いにクラウディアの方へチラと視線を注いだ。
「?」
このあとフェルナドとアニエスは二人でイチャつきながら、そっと仮面を外す場面になるはずである。儀式の進行を見守りながら、クラウディアはなぜ自らの手に記録媒体がないのかと何度も思っては嘆いていた。魔法道具を媒体とした画像を記録する道具はあるが、厳重に国で管理されており、一介の貴族が易々と手に入れられるものではなかった。
フェルナドが立ち上がり、二人は向かい合う。アニエスが礼を取った。
「では、私はこれで……あとは見守らせていただきます」
アニエスが謎の言葉を残し、静かにその場から下がる。アニエスは脇に下がった。その先にはアニエスの両親だろうか。優しい面差しの夫婦は大仕事を終えた娘を迎え、ねぎらっていた。アニエスは笑顔でそれに応えてから、ナザレの隣に移動する。
「えっ」
予想したイベントが起こらないことに戸惑う。フェルナドがアニエスを引き留める様子はない。むしろ清々しくその様子を見守っている。
「なぜ!」
小声で叫ぶと、隣のコルデスがクラウディアをきつく睨んだ。
フェルナドがクラウディアに向かって手を差し伸べる。パッとエクスナ家の親子の周囲から人が引いた。
「フェルナド殿下がお前をお呼びだ」
憮然として、横目でコルデスがクラウディアを促した。
「……なぜ?」
呼ばれた理由が思いつかない。そういえば祝い事だというのにコルデスはずっと隣で仏頂面をしている。国の重鎮としてその態度は頂けない。家の恥である。クラウディアは帰ってからそのことについても文句を言うことに決めた。
促されて広間の中央に足を運びながら、クラウディアはフェルナドに呼ばれた理由に考えを巡らせる。
考えてもわからない。わからないが、アニエスが仮面を取らずに去った理由ならば。
そこである可能性に思い至り、クラウディアは顔を青くさせた。
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