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3. アニエスとデート


 建国祭には学院にも来賓が多く訪れるため、時期が近付くと学院関係者はその来賓を迎える準備に追われる。そのため建国祭の数週間前より、午後の授業は休校となっていた。毎年恒例のことである。

 昼過ぎになって、フェルナドは徒歩で学院から街へと向かった。学院からほどなく歩くと、街の中心部に辿り着く。


 『トーリア』というカフェに、アニエスが訪れると昨日クラウディアは言っていた。クラウディアの予言など信じていなかったが、エクスナ家は有力な情報網を持っている。密偵を使ってアニエスの周囲を探ることは可能だと考えた。

 悪目立ちしないよう、フードを被って目的の場所へ向かう。

 カフェの前には行列ができていた。そこから少し離れた路地の角、目立たない場所に陣取って、フェルナドが通りの様子を観察していたときだった。


「フェルナド様。こんなところでどうなさったのですか?」

「……アニエス?」

 私服のワンピース姿をしたアニエスが、フェルナドのもとへと歩いてくる。ひだを幾重にも重ねてつくられたスカートの裾がふわりと広がった。


「君こそ、どうしてここへ」

「せっかく午後から休校なので、私はスイーツを楽しもうと思って町に出てきました」


 学院では遠くから通う子女のために男子寮と女子寮が存在していた。休みの日などは学院の寮から街へ遊びに出掛ける生徒も多い。アニエスも女子寮に滞在していて、時折学院外へと遊びに出掛けていた。


「私は……」

 アニエスを待ち伏せしていたとは言い出しにくい。フェルナドは視線を通りへ向けながら言い淀んだ。

「……」

 フェルナドの視線の先を窺い、アニエスが悟ったように振り返った。

「ひょっとしてフェルナド様もトーリアカフェの新作スイーツ目当てで来られたのですか?」

「いや、これは……」


 クラウディアを警戒する一方で、微かに期待はしていたものの、本当にアニエスに会えるとは思っていなかった。

 まごつくフェルナドの姿を見て、アニエスは何事か察した。

 目当てのカフェは女性客でいっぱいであり、男性客は一人も見当たらなかった。


「お一人で入るには、勇気が要りますよね……。もしよろしければ私とご一緒しませんか?」

「……良いのか?」

 願ったり叶ったりの状況に戸惑いながら、頭の隅でクラウディアの顔がチラつく。アニエスの行動をなぜ把握していたのか、疑問は尽きない。

 クラウディアの言う通りに動くのは癪だったが、フェルナドはアニエスに促されてカフェの行列へと並ぶことにした。



 案内に出た店員は、後方に並んだフェルナドを見とめるとぎょっとして店の奥に引っ込んだ。それから愛想を含んだ店長が出てきて丁重に奥の部屋へと案内された。


「特別待遇だなんて、さすがはフェルナド殿下ですね。私、ご一緒して良かったんでしょうか」

「もちろん構わない。アニエスがいてくれると私も嬉しい」

恐縮するアニエスにフェルナドは微笑んだ。嫌悪も恐れもなく、フェルナドの立場を慮るのはアニエスくらいのものだった。


 了承を得たアニエスは着席し、メニューを見ながらうきうきと店員に注文をする。

「『ランコニー平原の戦い、季節の果物を添えて』、過去の大戦をイメージして作ったシリーズの新作が今日発売なんです。売り切れていなくて良かった! フェルナド様は何になさいますか?」

「私も同じものにする」

「かしこまりました」

 店員が頭を下げてメニュー表を下げようとしたが、アニエスはそれを断った。

「それにしても、変わったものを題材にするのだな」

「このお店の特色みたいです」

 ふふ、と微笑んでから、アニエスは特に注文を追加するでもなく、メニュー表を眺めて楽しんでいる。フェルナドも楽しげなアニエスに釣られて口元が緩んだ。


「こういった場所には一人でよく来るのか?」

「最近はそうですね。以前は、リジェルとよく街に遊びに来ていたのですが……」


 言いながら段々とアニエスの表情が陰り、声が明らかに沈んでいった。

 リジェルとは、アニエスと親しくしていた学友である。

 先頃、クラウディアの命令でアニエスに嫌がらせをしていたことが判明し、謹慎処分を受けたが、まもなく自ら退学届を出した。

 フェルナドは慰めの言葉が上手く見つからず、それとなく話題を逸らした。


「ランコニー平原の戦いは、確かフォーゲラッド国が我が国に侵攻してきたときのものだったな」

 フェルナドの気遣いを受け取ってアニエスもその話題に応じた。

「はい。エリオ・エクスナ様が魔法で土を凍らせ、敵の進軍を上手く誘導して行く手を阻み、見事大軍を撃退したのですよね」

「よく勉強しているな」

 素直に感心して褒めると、アニエスが照れ臭そうに笑った。

「実はスイーツを食べるにあたって、歴史書を調べてきただけなんです」

 それまではよく知りませんでした、とはにかむ素直なアニエスに、心が温かくなる。

 一方で、そこかしこにエクスナ家の存在がちらついて、フェルナドは良い心地がしなかった。アニエスの心に影を落とし、そしてフェルナドがここに来ることを仕組んだクラウディア。どうにも不快感と胡散臭さが付き纏ってくる。


「それにしても、エクスナ家か。曾祖父といい、娘といい……エクスナ家は代々姑息なことが得意な血筋だな」

 先日取り逃がしたクラウディアの顔を思い浮かべて、苦々しくフェルナドが舌打ちした。

「え?」

 アニエスの大きな瞳がぱちくりと瞬きを繰り返す。

「姑息、という言い方は祖国に多大な貢献をした臣下に対して失礼だと思います」

 凛とした声音に、フェルナドはハッとして顔を上げた。

「エリオ様は戦いにおいて味方の犠牲を最大限に抑えられました」

「それはそうかもしれないが……。しかし、クラウディアの方は」

 思わぬ反論を受けて、フェルナドはたじろぎながら言い募った。


「エクスナ嬢は君と同じ寮室の友人であったリジェル・リスティ嬢を脅して、君に嫌がらせを繰り返していたのだろう。これを卑怯と言わずして何と言うのか」

「それは……でも……クラウディア様は」

 アニエスが眉を顰めて口ごもり、俯く。

 フェルナドは自分でも言い訳めいていたと自省した。アニエスが言及していたのはクラウディアのことでなく、クラウディアの祖先のことである。

「……すまない。そんな顔をさせるつもりはなかった。この話はもう終わりにしよう」

「はい……」

「……」

 気まずい沈黙が下りた。そこにタイミングよく二人のいるテーブルにケーキが運ばれてくる。


 パッとアニエスが明るい表情を作った。

「綺麗。芸術的で繊細な見た目ですね。この格子模様も食べてしまうのが勿体ないくらい」

「……そうだな」

「細部までこだわっていますね。ああ……この瞬間を絵に収められたら良いのに」

 はぁ、とアニエスの唇から悩ましげな吐息が漏れる。

「食べ物の絵をか? アニエスは意外と食い意地が張っているのだな」

「……むぅ。ひどいです」

 拗ねて頬を膨らませるアニエスに、自然と笑みが零れる。それから二人して顔を見合わせて小さく笑った。得も言われぬ安堵と充足感がフェルナドの心を満たした。


「いただきます」

 アニエスがそっとケーキの先を崩したフォークを口に運び、目を輝かせる。

「美味しい! 生地にすり潰したナッツが練り込まれていますね」

 フェルナドもケーキを掬って味わった。

「ああ。コクがあるな」

「私、ほかのお店も開拓中なんです。この通りの一本先にあるカフェもオススメですよ。もしよろしければ今度一緒に行きませんか?」

「い、良いのか」

 フェルナドはアニエスの誘いに狼狽えながらも、二つ返事で応じた。


***


 アニエスと別れ、フェルナドが城への帰路に着こうと路地を曲がったときだった。

「上手くいきましたでしょう?」

 いつぞやの占い師の格好をしたクラウディアが、デートの余韻に浸るフェルナドの前に立ちはだかった。

「どこから湧いて出たんだ!?」

 フェルナドは驚いて思わず後ずさった。


「ふふふ。私はいつでもどこでも、お二人のいらっしゃるところであれば馳せ参じますわ」

「どういうことだ? 不気味な女だな」

 意図が不明なため、余計に薄気味悪さが増す。フェルナドは警戒心を剥き出しにした。

「今後もフェルナド様の恋路を応援するために、私は協力を惜しみませんわよ」

「待て」

 言いたいことだけ言って去ろうとするクラウディアの腕を捕まえる。

「まだ謹慎中の身だろう。今度こそ逃がさない」

 半ば八つ当たりであることは重々承知の上だったが、学院での出来事や、アニエスとの会話を思い出し、苛立ちながら強く引き寄せる。互いの体がぶつかった。

「きゃ……っ」

 小さく震えたかと思うと、クラウディアはフェルナドを上目遣いに見た。その頬は朱色に染まっていた。

「??」

 思ってもみない反応に、一瞬思考が停止する。その間にクラウディアがフェルナドの腕をすり抜けた。ハッとして我に返る。


「くそ、またか!」


 遅れてクラウディアの後を追う。角を曲がると、またもや姿が消えていた。唖然として周囲を見回す。隠れられそうな場所はない。


「逃げ足が速すぎる……。父親似か?」

 ちなみにクラウディアの父親であるコルデス・エクスナは、とある隣国との戦いの折に瞬く間に敵の奇襲から逃げおおせたために、『閃逃(せんとう)のコルデス』という不名誉な称号が付けられていた。


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