29. 届かない手紙1
クラウディア視点です。
学院での事件からエインセント王国は上へ下への大騒ぎだった。
魔王が覚醒したが、聖女が浄化することでその誕生及び国の危機を阻止したこと。そしてその立役者となった聖女、第二王子とその部下たち。そして呪いの解けた第一王子。貴族から庶民に至るまでその出来事は轟き、国中を駆け巡った。
王家は魔女の予言に備え、長年魔王討伐の準備をしていたことを対外的に明かした。隠していたことで色々と貴族の反発があったようだが、下手に国の混乱を招く恐れがあったため仕方がなかったとして半ば強引に貴族たちを納得させた。そのあたりは妃レイティアとその実家であるロメンシュ家が精力的に動き、方々に根回ししていた。
クラウディアはあれから、自分の屋敷で療養していた。
アニエスの治癒魔法があっても体力までは回復しない。クラウディアは身体を癒すために最初の一週間ほどは療養を続けた。二週間目からは、庭を歩き回り、体力の回復に努めた。私室で家庭教師を呼んで勉強をしたり、裁縫をして過ごした。
その間フェルナドからまったく音沙汰はなかった。フェルナドは誰よりも酷い怪我を負っていたし、療養や事後処理、これからのことなどで忙しいのだろうと思ったが、それにしては手紙のひとつも届かなかった。
「ジル。……フェルナド様から手紙は来ているかしら?」
昼頃になるとクラウディアは決まって身の回りの世話をする侍女に声をかけた。
「来ておりません」
「……そう」
そういったやり取りが日課となり、しかし二週間経つ頃には、聞くことはなくなった。
クラウディアは屋敷の自室で暇を持て余していた。学院は舞踏会会場の修復や、生徒たちの世話に追われてしばらく閉鎖していた。五月から再開予定で、クラウディアもそれに伴い進級し、復帰する。
(そうよねぇ)
初めの頃、フェルナドの告白を思い出しては、奇声を上げてベッドの上を転がっていたクラウディアだったが、目覚めてから三週間が経つ頃にはすっかり冷静になっていた。なにせ、フェルナドから見舞いの品ひとつ届かなかったのである。クラウディアは侍女に命じて花と手紙を贈ったにも関わらず、である。エクスナ家と繋がりのある家々や、王家からも見舞いの品は届いている。
フェルナドの個人的な見舞いがないだけだ。
舞踏会でのフェルナドの告白は何かの間違いだったに違いない。クラウディアはそう結論づけた。すべては予定通りにエンディングを迎えるための。
でなければ、悪役令嬢のクラウディアのことを好きになるはずなどない。クラウディアはそう一人で納得した。
(良い夢を見させてもらいましたわ)
前世ではジャンルによっては夢女としても活動していたし、十分に堪能できた。告白イベントはなかったが、きっと、フェルナドとアニエスはめでたく結ばれるのだろう。クラウディアはベッドの上で枕を抱えて力強く抱きしめた。顔を埋めてもはや朧げになったゲームのスチルを思い出そうと苦心し、落胆した心を紛らわした。
事件から三週間目、クラウディアは街に出掛けた。
「屋敷に閉じこもってばかりだと、後ろ向きになってしまっていけませんわ」
久しく自分のためだけの時間を持っていなかった。今日は本屋巡りでもしようと思い立った。
大通りを抜けて、目的の場所へと赴いた。
「クラウディア嬢!」
本屋の扉を開けようとしたところで、背後から呼び止められて振り返った。赤褐色の髪に、モノクルを付けた美貌の人物がこちらに向かってきた。
「人海戦術が功を奏したか……」
ホーネックはモノクルを押し上げながら、人波を抜け、クラウディアのもとに歩いてきた。
「クラウディア嬢。こちらをお受け取りください」
挨拶もそこそこに、ホーネックはクラウディアに書状を押しつけた。王家の印がある。
「これは、王家からの召喚状では?」
クラウディアは丁重に賜った。重要な書状を預かっているということは、ホーネックは王家から相応に信頼されているということだ。学院では情けない姿しか印象になかったので意外である。
「今この場でご覧ください」
「急ぎなのですね」
クラウディアは封を解いて、中身に目を通した。内容は、フェルナドの仮面の呪いを完全に解呪するための式典を大々的に行うというものだった。
(ついに来ましたわね)
式典のことはゲームを通じて知っていたため、さほどの驚きはなかった。ついにフェルナドの素顔を拝めるときがきた。フェルナドルート屈指の名場面であるエンディングに立ち会えることは望外の喜びであった。
なにせ、原作ではこの式典にクラウディアは登場しなかった。舞踏会で断罪されたことに加え、色々な悪事が発覚して、家共々没落していたためである。
本当ならば、戦闘後に魔女の塔で仮面を外すこともできた。しかしゲームの中でフェルナドは解呪の瞬間に両親にも立ち会ってほしいとアニエスに願い出る。完全解呪を先延ばしにする場面があった。
(私が気を失っているあいだに、貴重なやり取りを見逃してしまいましたわね)
一生の不覚。クラウディアはただただ残念だった。
「確かに、渡しましたからね」
ホーネックが神経質に念を押した。本当ならば、王家の書状など往来で渡すようなものではない。よほど切羽詰まっていたのか妙に威圧感があって、クラウディアは気圧されつつ頷いた。
ただ一点、書状の中で気になる箇所があった。期日である。
式典は一週間後とあった。




