28. 仮面の呪い2
引き続きクラウディア視点です。
「フェルナド様! 魔女の呪いになど負けないでくださいませ!」
「ガアアァァ!!」
振り落されそうになるのを必死で堪える。足が徐々に結界の外に出ようとしている。中から出ようとしても、命に関わる大怪我を負う。当然クラウディアやナザレも無事では済まない。魔王の弱体化が十分でなかったうえに、アニエスの魔法の発動が早すぎたのだ。
かといって、これ以上どうすればよいのか。聖魔法で作られた魔法陣の中はいかなる魔法も無効化され発動しない。
上手く思考が回らない。こういうときは、お決まりのあれだ、と場違いに能天気なことを思いついた。
(でも私のキスで元に戻るわけがないですわ)
正しく聖魔法で浄化しないことには、仮面の呪いは解けない。
すぐに自分の突飛な思いつきを否定したが、窒息寸前に追い込めば動きも止まるかもしれないと考え直した。そのかわりクラウディアも苦しいが。クラウディアは大きく息を吸い込んだ。
ぐっと後頭部を引き寄せて、フェルナドの口を塞いだ。
フェルナドの後ろでナザレが吃驚していた。無理もない。
口だけでは首を左右に振り、暴れて呼吸を塞ぐに至らず、舌もねじ込んだ。魔王の動揺が口付けを通して伝わった。動きが止まる。
魔法陣の文字や模様のひとつひとつから凄まじい光の柱が空高く昇る。クラウディアは眩しくて目を開けていられず、瞼を閉じた。瞼の裏まで明るい。やがてフェルナドがゆっくりと膝をついた。フェルナドが膝を折ったことで地面に着地したクラウディアは口を離し、手探りで腕を伸ばしてフェルナドの頭を胸に抱えた。
光が収束してもクラウディアは固く目を瞑ったまま、フェルナドを抱えて離さなかった。
しんと静まり返っていた。誰も言葉を発しない。
ナザレは力が抜けたようになって、二人の前に屈んだ。
「クラウディア嬢。兄上を離してくれ」
「ですが!」
フェルナドはまだ抵抗を示していて、アニエスに確認するまでは安心できない。
「兄上が窒息死する」
「え?」
腕の中に目を転じると、フェルナドの顔がすっぽりクラウディアの胸元に埋もれていた。仮面から生えていた角はなくなっていて、鋭い爪も元に戻っていた。
「もど……った?」
力を緩めると、ナザレが問答無用で二人を引き剥がした。フェルナドが苦しそうに咳をして呼吸を確保している。
アニエスが聖杖を持ちながら、朗らかに近づいてきた。ドレスはすっかり汚れてボロボロになっていたが、泥だらけの顔は晴れやかだった。
「なんとか浄化魔法が成功しました」
「すぐに対処できたのが功を奏したようだな」
ナザレがようやく肩の荷を下ろした。
クラウディアは不安になりながら、二人に尋ねた。
「フェルナド様は大丈夫なのですか?」
呼吸は戻ったようだが、俯いたまま両手で顔を覆い、低く呻いている。ナザレたちとの戦闘でだいぶ痛めつけられていたから、やはり傷口が痛むのだろうか。
「色々と大丈夫ではないと思う」
ナザレが眉を顰めフェルナドに憐みの視線を向けた。
「そんなに深手を!? アニエス様……!」
「……えぇと、私が治せる部分は治します」
取り乱すクラウディアとは対照的に、ナザレとアニエスは冷静だった。なぜそんなに落ち着いていられるのかとクラウディアに苛立ちが募った。
「その前に」
ナザレがクラウディアから目を逸らして、周囲を遠ざけた。ホーネックたちや付き従っていた騎士たちに距離を取るよう指示する。
「前を隠した方がいい」
「私のドレスでなんとか」
アニエスが躊躇なく自身のドレスの一部を裂いて、クラウディアの背中に両手を回した。
「じっとしててくださいね」
アニエスは引き裂いた布をクラウディアの胸の前に回して、しっかりと結んだ。ようやく事態を悟ったクラウディアの頬が引きつる。肝心な部分は露わにはなっていなかったようだが、白い肌は多く露出していた。
その状態で思いきり、フェルナドを胸に抱いていた。今さら感触をまざまざと思い出して羞恥が込み上げる。唇が戦慄く。
「ありがとうございます……。気付かなくて」
顔を赤くしたまま視線を逸らした先、不自然に床を転がり動く水晶玉に目を見張った。玉に亀裂が走り、粉々に砕けた。
次の瞬間、強い突風が起こる。
「なに!?」
「うわ……っ」
ナザレを始めとする周囲の者たちが壁に叩きつけられる。アニエスとクラウディアの周囲に激しい風が渦を巻いた。それが一塊となり、二人に狙いを定めるように大きくうねった。
『アハハ! せめてその聖女を道連れにしてやるよ~!』
とっさにクラウディアはアニエスを突き飛ばす。皆を襲った突風が今度はクラウディアを襲った。空中に投げ出される。
『あ~あ! 残念。今回は失敗だ!』
魔女の笑い声が遠ざかる。
景色が回る。クラウディアの体は塔の上から放り出された。空と地面が交互に視界に飛び込んだ。回転しながら、身体が落下し始める。クラウディアは死を覚悟した。
「クラウディア!」
がくんと、肩に衝撃が走った。
「フェルナド様……!」
フェルナドが傷だらけのまま塔の上から身を乗り出して、クラウディアの手首を掴んでいた。
「手を離してくださいませ」
フェルナドは満身創痍のままで、クラウディアを支えきれずにいる。このままでは、フェルナドもろとも落ちる。この高さから落ちては、二人とも助からない。
「断る!」
思い切りフェルナドの腕に爪を立てた。爪が食い込んでフェルナドは痛みに顔を顰めたが、手を放すことはしなかった。
「絶対に死んでも離さない」
(この方はどうして、そこまで)
「私……」
真摯な想いに触れてずっと表に出さずにおいた、心が、気持ちが言葉とともに溢れ出した。
「私、フェルナド様のことをずっとお慕いしていました。ずっとずっと……愛しています」
涙が溢れ出す。切れ長の瞳から透明な雫が次から次へととめどなく零れた。
フェルナドが一瞬息を詰めてから短く息を吐いた。それから、ふ、と笑みを零す。
「知っている」
「兄上!」
遅れて駆けつけたナザレがフェルナドの隣に並んでクラウディアの腕を掴む。クラウディアはホッとして両手を伸ばした。体が引き上げられる。フェルナドがクラウディアを抱きかかえた。クラウディアを優しく見つめる瞳に魔王の影はない。安堵してクラウディアは意識を手放した。




