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27. 仮面の呪い1

ほぼクラウディア視点になります。


 本気で拒絶されたわけではないと、わかっているつもりだった。それでも張り詰めていた糸が緩んだ隙に、一気に心の奥まで侵食されて闇に蝕まれた。仮面の悪意に付け込まれた。


『呪われたお前など誰も選ぶはずがない』

 悪魔が耳元で囁いた。



*******


 窓という窓が割れた。割れたシャンデリアの破片が生徒たちの頭上に降り注いだ。演奏は止み、あちこちで悲鳴が上がる。

 会場内が暗くなり騒然とする中、すぐさま動いたのはナザレだった。

 周囲の警備や護衛を招集し、生徒たちを出口に誘導するよう指示を出した。


 フェルナドが黒い霧に包まれたまま、会場の外へと出て学院の敷地の奥へと消える。ナザレが盛大に舌打ちした。

「バカ兄上が!!」

 ナザレは王家に伝わる宝剣を手にしていた。かつて魔女を貫き殺してその血を吸った。忌まわしいその剣だけが魔王にとどめをさせる、唯一の手段だった。

 近習たちを呼び寄せる。


「アニエス! 君も来てくれ!」

「……っはい!」

 戸惑ったのは一瞬で、アニエスが表情を引き締めてナザレに続く。アニエスは護衛から手渡された聖杖を携えた。侍従から武器を受け取ったホーネック、オディセン、ロイスも二人に続く。



 騎士に避難を促されても、クラウディアは茫然として会場に佇んでいた。生徒たちは悲鳴を上げながら会場を後にする。慌てて転ぶ者もいた。逃げようとした生徒がクラウディアの肩にぶつかる。クラウディアはよろめいて膝をついた。


 アニエスとの親密度が足りず、フェルナドの告白は成功していない。いや、成功していないどころか、告白さえしていない状況である。アニエスは高位の聖魔法を取得していて、なお且つナザレと一定以上の親密な関係にある。クラウディアは顔を青ざめさせた。


 このままではどう転んでもクラウディアにとって最悪のエンディングを迎えることになる。


 魔王となったフェルナドを倒すことができた場合、一応物語としてはハッピーエンドにはなるがフェルナドは死んでしまう。

 フェルナドを倒すことが叶わなかった場合は魔王エンドとなり、フェルナドは魔法で傀儡となったアニエスを妃としてこの国に君臨する。


(私のせいで!)


 その場に崩れ落ちたまま、両手で顔を覆った。アニエスとの仲を取り持つことに失敗した。フェルナドルート以外でフェルナドの命を救うことはほぼできないというのに。


 転生に気付いた幼い日より、フェルナドを生かすために道化を演じ続けると決めていた。

 物語の中にいるだとか、そんな認識はとうになかった。ただ有用な知識なら何でも利用するつもりでいた。初めてこの世界で出会い、実在したその姿に一瞬で心を奪われた。前世と合わせて二度、フェルナドに恋に落ちた。


 ゲームでは聞いたことのない声、見たことのない表情、優しさ、匂いも温もりも。

 この世界の誰より愛しい人を失いたくない。


 嫌そうな顔をしながらも、そばにいることを許してくれるから、欲が出た。秘めたはずの想いが何度も顔を出した。それゆえに、失敗した。

 告白に失敗したときに備えて幾重にもシミュレーションを重ねてきたが、想定を超える大失敗であった。


(今からでも、行かなければ)


 シナリオにはなくとも、想定にはなくとも悪役らしく最後まで出しゃばろう。覚悟を決めた。そのための用意もしてきた。

 クラウディアはドレスの裾を翻して会場を出る。ナザレたちの後を追った。

 学院の門前は我先に逃げ出そうという生徒たちで溢れていた。その集団とは反対方向へ向かう。


(でも告白されたのは私……ということは、魔王エンドでは私が魔王フェルナド様の妃になるのかしら?)


 途中、ヒールを脱ぎ捨てる。誰もいない柱廊を走りながら、クラウディアは考えを巡らせた。

 魔王となったフェルナドはまず魔導の塔に向かったはずである。そこに封じられている魔女の魂の一部を解放するためであった。クラウディアもその塔を目指して走る。


(いえ、私は悪役令嬢ですからあり得ませんわ。それに今はそんなことを考えている場合じゃない)


 クラウディアは塔の中に入り、息を切らして階段を登る。塔は建物の八階ほどの高さがあった。塔の頂上に辿り着く。頂上は二十メートル四方の鋸壁(のこへき)で周りを覆われていて、床はレンガ敷になっていた。アニエスたちと合わせて十人ほどの騎士たちが集結している。そこですでに戦闘は始まっていた。


 ナザレやアニエスを中心として、精鋭たちはフェルナドを取り囲んでいた。幾人かの騎士たちは後ろで援護をしている。ナザレたちはフェルナドを殺さず、なんとか無力化しようとあがいていた。しかし生ぬるいことをしていては魔王は抑えられない。

 ロイスが杖を振りかざして雷撃を放つ。ホーネックとオディセンが左右から同時に攻撃して動きを封じる。

 ナザレがその隙に攻撃しようとするが、魔王が放つ闇魔法によって止められる。浄化魔法が完成するまでの、命がけの時間稼ぎである。アニエスは皆の背後で呪文を唱え続けていた。


 やがて奮戦の甲斐あって、フェルナドの足元に魔法陣が出現し、光り始めた。

「今だ! ここから離れろ!」

 ナザレが合図を送り、部下たちがフェルナドの傍から離脱する。アニエスの魔法陣が発動する。魔王となったフェルナドが危険を察して下がろうとする。背中から漆黒の翼が生えた。


 空中に逃げられては意味がない。ナザレは身を挺してフェルナドに食らいついた。ともに発動した魔法陣の中に閉じ込められる。オディセンたちが気付いて手を伸ばすが、魔法陣はすでに完成していて結界に弾かれた。


「兄上! 正気に戻ってくれ!」

 ナザレが後ろからフェルナドを羽交い絞めにして、魔法陣の上に押し止める。

「ハナ……セ!」

 仮面から角が生えていた。声はフェルナドとは思えぬもので、鋭い爪や牙が生えて異形になりつつあった。やがて仮面はフェルナドと完全に同化して、人間には戻れなくなる。


「ナザレ殿下!」

 オディセンたちはこれ以上なすすべがない。護衛の騎士たちも歯痒い思いで事の成り行きを見守る。

 アニエスが聖杖を掲げ、詠唱を続ける。聖魔法を中断すれば、魔法陣の中の二人だけでなく、周囲に多大な被害を及ぼす。浄化を成功させれば、二人とも無事に生還することができる。成功する方に賭けるしかない。


 仮面から憎しみと憤懣と絶望の声が沸き起こり、いくつもの声が重なり響き渡った。歴代の仮面の持ち主の汚染された心の声があたりに満ちる。


『なぜ私だけがこのような目に』

『あの女のせいだ』

『悲しい。苦しい。恨めしい。憎い。ああ、いっそのこと、すべて滅べばいいのに』

『僕じゃなくあいつが呪われればよかったんだ』


 怨嗟の声が周りにこだまする。騎士たちは悪意に呑まれて身体が重くなる。徐々に動けなくなって膝をついた。仮面の持ち主たちの怨念が溢れる、その中でただ静かにはっきりと、終わりを待つ声が聞こえた。


『皆、私の死を望んでいる。呪われた私など、生まれなければよかった』


「仮面ごときが勝手にこちらの気持ちを決めつけるな」

 ナザレが唇を歪め、低く呻いた。


「僕が兄上を殺したいわけがない! 誰がそんなことを望むものか!」

 ナザレの悲痛な叫びが響き渡る。

 初めて聞いたナザレの本音に、ホーネックたちは動揺を見せた。アニエスの肩が揺れ、詠唱の声が震えた。


(ナザレ様のこの台詞は全滅エンドのフラグ!)

 一刻の猶予もないとクラウディアは判断した。


「ナザレ殿下! アニエス様! 気をしっかりお持ちください!」

 クラウディアが皆の背後から大声を張った。

「は!? なんでここにあんたがいるの!?」

 ロイスがクラウディアに気付き、驚愕に目を見開いた。残りの者たちもぎょっとして振り返った。それと同時にクラウディアは走り出した。

 クラウディアは騎士の制止を振り切って前に飛び出した。短く詠唱する。


「魔法陣の中に入った……!?」

 外から侵入することができないはずの魔法陣の中にクラウディアは飛び込んだ。無傷とはいかずに、ドレスが破け、皮膚が裂けた。

(闇魔法の術式を念入りにドレスの裏に縫い付けていたのに……さすがは高位の聖魔法)


 魔法陣の中に侵入したクラウディアは、躊躇なく前からフェルナドにしがみついて、全体重をかけて抑え込んだ。

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