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26. 舞踏会3

アニエス視点 → フェルナド視点 → クラウディア視点と変わります。

 アニエスはフェルナドと踊りながら、一年前の出来事を思い出していた。


 田舎でのんびりと過ごしていたアニエスは、領地に訪れた王都の魔術師によって見出され、王立学院へと入学することになった。


 入学して早々、呪いの仮面の解呪を目指してほしいとナザレに依頼されたが、アニエスにはまったく自信がなかった。依頼という形ではあったが、ナザレの立場を考えれば実質的に命令であった。たくさんの書物を渡されて、その多さに途方に暮れた。


 重圧を感じていたアニエスは、気分転換に食堂の台所を借りてラムレーズンの入ったクッキーを焼き上げた。上手にできあがって、アニエスは満足した。友人のリジェルにお裾分けしようと上機嫌で布地にくるんだ。

 そして食堂を出て学院の廊下を一人歩きながら、物思いに耽った。


 そもそも、呪いの仮面の所有者を見たことがない。仮面の実物を見れば、ひょっとするとなにかイメージが掴めるかもしれない。

 アニエスは思い立って、同じ学院内に在籍するというその持ち主に会いに行った。


 (くだん)の人物は、周りの人々から恐れられ、避けられていた。方々訊ねてようやく居場所を突き止めて一人空き教室で座る背中を見つけた。


 誰からも避けられて、顧みられることもない。フェルナドに幼い自分を重ねた。

 幼い頃、父を看取った母の背中を思い出した。それからほどなくして母もまたアニエスのもとを去っていった。それから養父母が引き取ってくれるまで、アニエスは一人、孤独な日々を送っていた。


 あなたは一人ではない。一人にはさせない。そう言いたくて近寄った。

 寂しさを漂わせる背中に、思わず声を掛けた。

「あの」


 振り返った瞳は疑心と警戒に満ちていた。おどろおどろしい仮面の装飾に内心驚いたが、つとめて優しく微笑みかけた。


「甘いものはお好きですか」


***


 フェルナドとアニエスのダンスも終わりに近付いた。


「クラウディア様とおられるときのフェルナド様は……とても生き生きとしておられますね」

「確かに。退屈しないな」


 アニエスは微笑ましくフェルナドを見つめた。クラウディアは壁際の椅子に座ってアニエスたちの踊りを真剣に見入っていた。目に焼き付けようと一挙手一投足を注視している。傍から見れば、睨み付けているように見えるだろう。フェルナドは思わず笑いを漏らした。


「頑張ってくださいね。応援しています」

 アニエスは訳知り顔でフェルナドの背を押した。

「ナザレは……君を泣かせてばかりだろう」

 アニエスがゆるゆると首を振った。

「泣けないあの方の代わりに、私が勝手に泣いているだけです」

 アニエスは寂しげに俯いて微笑んだ。


「あの方は、ずっと一人で泣いていますよ。フェルナド様がそうであったように」

 演奏が止んで、もうすぐ次の曲が始まる。

「でも、フェルナド様はもう大丈夫なのですね」

 アニエスが顔を上げてフェルナドに笑いかける。どちらからともなく手を離した。

 出会った頃の陽だまりのような温かい笑顔だった。


***


 ゲームの舞踏会時にあった、クラウディアの断罪は行われないようだ。学院内でのアニエスへの嫌がらせは定期的にあった。過度な嫌がらせはそれとなく阻止したが、軽微なものまでは目が行き届かない。悪者となる機会をクラウディアは逃さなかった。その嫌がらせのすべてをさもクラウディアが行ったように見せかけ、工作した。しかしそれは無駄に終わった。

 ナザレはゲーム以上に、そしてクラウディアの想像以上に聡明で公正で、冷徹だった。愚かな断罪劇は幕を開けない。ナザレは同じ轍を踏まなかった。部下の指導が上手くいったようだ。


(演技力が足りませんでしたわ……)

 悪役として反省をした。しかし、おおよその目標は達成されたように思う。フェルナドとアニエスの踊る様子を、クラウディアは満足しながら眺めていた。


 フェルナドたちより先に会場入りしていたクラウディアは何度か踊り終えて、壁際に置かれた椅子に座っていた。やがてアニエスと踊り終えたフェルナドが歩いてきた。相変わらず人垣はフェルナドを避けているが、フェルナドはまったく気にしていなかった。しかし以前より、フェルナドに対する周囲の恐怖は薄れている。フェルナドは気付いていないようだった。


「クラウディア」


 クラウディアは笑顔でフェルナドを出迎えた。

 先ほどのアニエスとのダンスは惚れ惚れするほど非常に画になった。普段はフェルナドを恐れて遠巻きにしている生徒の中に、チラチラと熱視線を送っている者たちがいた。クラウディアは得意になって心の中で胸を張った。

(フェルナド様から滲み出る風格は呪いの仮面でも隠し切れないものですよね……)


 アニエスの可憐で清楚な出で立ちも儚く、おとぎ話に登場する妖精のようで、それでいてしなやかさを持ち合わせ、芯の強さが滲み出ていた。

 しみじみと観察していたが、何を話していたかまでは聞き取れなかった。フェルナドから直接話を聞くしかない。クラウディアはそわそわとフェルナドの言葉を待った。 


「踊りながら話さないか」

 クラウディアは目の前に差し出された手に、目を瞬かせた。

「疲れているなら、無理にとは言わない」


「いえ! 推し…殿下とのダンスなんてご褒美でしかありません!」

 クラウディアはバッと勢いよく椅子から立ち上がって身だしなみを軽く整えた。

 それまでどことなく不機嫌だったフェルナドの表情が和らいだ。手を取り合ってダンスホールへと向かう。クラウディアの美貌に男女問わず羨望が集まる。隣に並んだ男女はハッとしてクラウディアたちに視線を向けた。フェルナドが肩を竦める。


「随分と人気者だな」

「顔やスタイルは整っていますから、誘ってくださる殿方は多いのです」

 二人は向かい合って、曲に合わせて踊り始めた。


「見目麗しいことは、確かだ」

「何やらトゲのある言い方ですわね」

 フェルナドの軽口にクラウディアは唇を尖らせる。

「そこがいいんだ」

「つまり見た目だけに価値があると」

「そうではなく、見た目と中身の隔たりが……」

「…ギャップが?」

「魅力的で、可愛くて愛おしいと思う」

「……」


 頬が自然と赤く染まる。

 推しにべた褒めされて喜ばないファンなどいようか。手に手を取ってステップを踏む。なんとなく胸騒ぎがした。組んだ手が、体に添えられた手が大事なものを扱うように丁寧で慎重だった。クラウディアを見つめる瞳の奥は甘く柔らかで、いやでも逆上せてしまう。同時に、不安が募った。


「クラウディア」

 曲が終わっても手を繋いだままで、離れようとするクラウディアの体をフェルナドは引きとどめた。


「君がずっと頑張っていたのは私を生かすためだろう。アニエスと私を結ぶことが最終目的ではない」

 フェルナドの確信を持った問いかけにクラウディアは目を見開いた。フェルナドが自らクラウディアの本当の目的に達したことを悟った。


「……そう、ですね……。アニエス様とフェルナド様が結ばれて、呪いが解けて。フェルナド様が生きておられる、最高のエンディングを目指しています。ほかの方とのルートでは、フェルナド様は魔王になってしまわれて……ほぼ救われませんでしたから」

 クラウディアは瞳を伏せ、ずっと胸に秘めていた思いを吐露した。

「とにかくフェルナド様を救うことに必死で。皆様の感情を軽視して、配慮が足りなかったことは、反省しております」


 フェルナドが大きく安堵の息を漏らした。

「やっと君の本心が聞けた」


 フェルナドは柔らかく微笑んで、クラウディアを抱き寄せ背中に腕を回す。クラウディアがびくりと体を震わせた。少し体を離して、フェルナドは熱っぽく耳元で囁いた。


「クラウディア。私は君のことが好きだ」

「……」

 心が震える。ドキドキと心臓が早鐘を打った。


「ありがとうございます。殿下に好いてもらえる日がくるなんて……ファンとしてこれ以上の幸せはありません」

 思わず早口になって、クラウディアは視線を泳がせた。仮面越しに覗くフェルナドの瞳は熱く雄弁に愛を語っていた。クラウディアが言った意味合いではないことはすぐに知れた。


「恋愛の意味で、好きだと言っている」

「そんな馬鹿な」

 フェルナドから直接ダメ押しをされた。それでもクラウディアはなんとかフェルナドの気持ちを否定しようと試みる。


「あ、単純接触効果というものではないでしょうか」

「? よくわからないが」

 説明してもいいが、説明しても引いてはもらえない気がした。


「じゃあ、アニエス様のことは」

「私にとっても、彼女は良い友人だ」

「……そんな」

 クラウディアは愕然として、後ずさった。


 よりにもよって、推し同士の恋愛を破綻させた原因が、クラウディア自身なのだと認められるわけがない。何のためにこれまで苦労してきたのか。


「嫌です。私はそんなつもりは。だってアニエス様とでないとあなたは」

「クラウディア」

 追い縋ろうとする手を振り払った。仮面の下の瞳が悲しみに揺れる。

「嫌」

 フェルナドに向けて言った言葉ではない。それでもフェルナドの心に突き刺さった。


 突如フェルナドの仮面から黒い霧が勢いよく吹き出した。フェルナドは仮面を抑えながら膝を付いた。

「フェルナド様!」

 クラウディアが驚いて、振り払った手を掴もうとした。フェルナドの全身が瞬く間に闇に覆われ、クラウディアの手は弾かれた。

「っ!」


『ハハハ! ようやく堕ちた!!』

 甲高い女の声が広間の中でこだまする。


『もうすぐだってのに、なかなか堕ちないから焦った~。ひょっとしたら次の代まで待つことになるかと思ったよ』

 窓の外、上空に暗雲が立ち込め始める。生徒たちは突如響いた謎の声に戸惑い、恐怖した。


『魔王よ。私の仇を討って。この国を跡形もなく滅ぼしちゃってよ』

 道化じみた笑いが響いて、濃い闇がフェルナドを中心として辺りを覆い出した。

「ぐあああっ!」

お読みいただきありがとうございます。物語もようやく終盤に差し掛かってきました。

ちなみにアニエスとフェルナドの出会いの場面は、もちろん陰でクラウディアが見守っていました。

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