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25. 舞踏会2

回想。舞踏会より少し前の話になります。


 フェルナドは舞踏会の少し前に、解呪の儀式を行うことをモルゼットに願い出ていた。


 フェルナドの意を受け、王族と、ごくわずかな貴族や王宮魔術師たちが謁見の間に集められた。

「近く、仮面の解呪を試す」

 国王モルゼットは一同を見渡して短く宣言した。隣にはレイティア、そしてフェルナドとナザレが玉座の脇に控えていた。


「ナザレらの尽力により聖女アニエスの成長(いちじる)しく、したがって解呪を試すに必要な資質がそろった。そして我が息子たちも決意を固めた」


 ナザレは一歩前に出て、集まった者たちを見渡した。

「どのような結果になろうとも、無駄になることはない。あまり気負わずに臨んでほしい」

 魔術師の一人が発言を請い、モルゼットがそれを許可した。

「これまで方々を尽力して探して参りましたが、聖魔法を扱える者はおりませんでした。聖女を補佐することができる者が最低でも一人は欲しいところですが……」


 モルゼットが重々しく頷いた。

「それならば、ナザレがその補佐を務めよう」

 一同がざわめく。

 ナザレが聖魔法を扱えるなど、初耳だった。


「聖女に師事して、回復、防御、支援魔法は中程度ならば扱えるようになりました」

 ナザレの言葉に、レイティアが狼狽(うろた)えた。


「あなた……。多少適正があるだけで、聖魔法をそれだけ扱えるなんて、あり得ないことなのよ? しかも、そんな多くを中程度……? 本当に?」

 レイティアは不安を滲ませてモルゼットとナザレを交互に見た。


「実際にこの目で確認した。嘘をつく必要などなかろう」

「……っ。あなた、どれだけナザレに犠牲を強いたの!?」

 レイティアが悲痛な声を上げてモルゼットを睨み付けた。


 エインセント王国では個人が扱える魔法の属性は生まれつき決まっていた。適正が低ければどんなに訓練を重ねても能力は伸びない。

 代々優れた血を継いできた王家では満遍なくすべての属性を扱える者が多い。しかし聖属性についてはその希少性から、たとえ王族でも高度に扱える者はなかった。例に漏れず、ナザレの聖魔法の適性値も低かった。


「まさか、幼少期から魔力回路を改造して……」

 魔力回路を改造すれば、適性のない属性の魔法もかなりの確率で扱えるようになる。ただ、魔力回路の改造は身体が未発達な幼少期から行う必要がある。そしてそれには想像を絶する痛みを伴うため、よほどの理由がなければ国の許可は下りなかった。


「母上は余計な口を挟まないでください。命を投げ出すほどの覚悟がなければ、魔女の呪いを退けることなどできないでしょう」

 ナザレは暗にレイティアの疑惑を認めた。

「余の代ですべて終わらせるつもりだ」

 モルゼットとナザレが視線を交わして頷き合う。


「しかし、いざとなれば宝剣を扱えるのはナザレ殿下しかおりません。それではナザレ殿下お一人に多大なご負担が……」

 魔術師は言い辛そうにつけ加えた。

「承知のうえだ」

 ナザレの決意は揺るぎなかった。


「陛下、ナザレ……。本当にあなたたちときたら」

 レイティアが茫然として肩を落とした。それから諦めに似た微笑を浮かべた。

「あなたたちがその気なら、私も覚悟を決めます。必ず成功させましょう」

 レイティアが頷き表情を引き締めて、一同を鼓舞する。


 呪いの解呪はフェルナドの学院の卒業後に行われることとなった。アニエス、ホーネックやオディセン、ロイスにたいしては、ナザレから説明をする段取りとなった。


 話し合いが進められるあいだ、フェルナドは己が知らなかった、知ろうとしなかった事実に、愕然としていた。レイティアと同等、いやそれよりも大きな衝撃を受けていた。自分の弟が、自らを犠牲にしてどれだけの覚悟を積み上げてきたか、思い知った。知らず拳を固く握りしめていた。

 フェルナドは自分の弱さや鈍さ、愚かさにも心底嫌気が差した。


「……私が不甲斐ないばかりに、陛下を始めとしてお前にも、皆にも迷惑を掛けた」

 ナザレはフェルナドを一瞥した。


「もし、呪いが解けたら」

「仮定の話は結構です」

 ナザレが腕を組んで冷たく遮った。


「呪いが解けるなど、何の保証もない。これまで幾度となく歴代の聖女と仮面の所有者が解呪を試みてきましたが、結果はどれも悲惨でした」

 フェルナドと向かい合い、ナザレは残酷な事実を突きつけた。


「……」

「あなたは現状に甘んじるばかりで、何も行動しようとしなかった。ただ諦めたふりをして死を待つばかり。あなたは死ねばそれで楽になれるかもしれませんが、呪いはその後もずっと続くのですよ。先に自分の行いを恥じてはどうですか」

 ナザレは辛辣にフェルナドを詰り、溜まりに溜まった不満をぶつけた。


「ナザレ」

 見かねたモルゼットがナザレの非難を制した。

「原因の一端は余にもある。余がそうさせた」

「そうですね」

 ナザレはモルゼットにも冷たい眼差しを向けた。


 フェルナドは視線を落として、(かす)れた声で言葉を(しぼ)り出した

「私は……自分のことばかりで、お前の苦悩に見向きもしなかった。過去にも反逆者を自ら誅することもせず、お前に手を下させた。責任を放棄し続けて、解呪のために奔走することもせず、何も関わろうとしなかった。今さらだが、そのことを悔いている」


「……もう結構です。理解しているようで安心しました」

 ナザレが肩を竦めた。

「だが……」

「くだらない懺悔が言い足りないのなら、呪いが解けてから言ってください」

 硬質だったナザレの声音が、幾分か柔らかく響いてフェルナドの耳に届いた。フェルナドは目を瞬かせて、ナザレを見つめた。


「……」

 唇を引き結んで顔を背けたナザレに、かける言葉が見当たらない。気のせいかとレイティアに目を向けると、頬に手を添え、眉を八の字に曲げて苦笑していた。そのとき、ふとフェルナドは怪我をしたはずの手の甲が綺麗に治っていたことを思い出した。


 自分の手の甲を、まじまじと眺めた。

 フェルナドは、ナザレが今まで解呪のために努力していたのは、義務や責任のためばかりではないのではないかと思い始めた。


「……ずっとお前には嫌われているかと思っていた」

「嫌いですよ」

 間髪容れずに素っ気ない答えが返ってきた。


「え……」

 虚を突かれ、フェルナドはそれきり何も言えずに口を閉じた。不貞腐れたようなナザレの口ぶりに、モルゼットが大仰に肩を竦め、レイティアはクスクスと肩を揺らした。



 クラウディアが以前、ナザレについて独自に評していたことがあった。

『ナザレ様は……ツンデレですからねぇ。うーん。デレは本当に少ないので、ツンドラかも。いえむしろ氷雪……?』

 意味はわからなかったが、なぜだかこのとき思い出したのだった。

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