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24. 舞踏会1


 二月も終わりに近付く頃、冷たい風が和らいで、澄んだ空気の中に春の気配が漂っていた。夕方になって日が沈む頃、舞踏会の開かれる学院ではざわざわとした喧騒に満ちていた。


 フェルナドは学院の中にある、王族専用に(しつら)えられた貴賓室にいた。部屋の扉がノックされて、護衛の一人が客の来訪を告げた。フェルナドはクラウディアの希望に応じ、面会を許可した。


 扉を開けて入ってきたクラウディアはフェルナドの姿を見とめると瞳を輝かせた。一方フェルナドはクラウディアを見つめたまま言葉を失って、立ち尽くした。クラウディアが着飾った姿を見るのは初めてだった。


 フェルナドが何か言うより先に、クラウディアはドレスの裾を持ち上げてフェルナドのもとに歩み寄った。

 フェルナドの周りをぐるぐると何周もして念入りに見定めてから、クラウディアはぐっと親指を突き出した。


「もうバッチリです!」


 フェルナドは身体に沿った絹地の上着に、金糸の縁飾りで彩って袖口は花柄を織り出している。コートの背側は腰から裾に向かって柔らかに広がり光沢を纏っていた。


「アニエス様は生徒会全員から贈られたドレスを着用なさっていたようです。しかしご心配には及びませんわ。そういうパターンもございましたから」


 クラウディアは相変わらずゲームで得た知識を(はばか)ることなく披露した。フェルナドを安心させようとする意図が感じられたため、フェルナドは言及しなかった。

 クラウディアはそわそわとして目配せした。


「今日は絶好の告白日和ですね!」


 おそらくゲームのフェルナドとアニエスルートにおいて、このとき、舞踏会が正念場なのだろう。クラウディアはわざとらしく告白を推奨し、それとなく主張してきた。


「……」

 それには答えず、フェルナドは視線を落とした。


 結局、アニエスにドレスは贈らなかった。店には出向いたものの、クラウディアの顔がチラついて、選ぶことができなかった。

(クラウディアの助けがなければ、ドレスを選ぶこともできないのだな……)

 フェルナドは軽く気分を落ち込ませた。


 本当は、もう自覚している。

 アニエスのドレスを選べなかったときから。


 ふと見ると、クラウディアが正面に立ってフェルナドを見上げていた。


「クラウディア?」

「見惚れていました」

「…………」


 フェルナドも頭の先から靴の先までひたと相手を見据えた。胸元まで白いレースで覆われていて、低い位置で切り替えたドレスは蠱惑的なまでにクラウディアを引き立たせていた。フェルナドが選んだ色を(まと)って、フェルナドが贈った宝石を身に着けている。貴族が想いを寄せる相手にドレスを贈る意味を、実感を伴って理解した。


「綺麗だ」

 ひどく独占欲が満たされる。手を伸ばして顔の横にかかった黒髪を耳の後ろに掛ける。耳飾りが揺れて光を反射した。クラウディアは困惑しながらフェルナドの動作を見守る。頬を滑り、名残惜しく手を離した。


「すまない。不躾だった」

「大丈夫ですわ。殿下がお選びくださった色ですし、私は顔立ちが整っていますから、殿下が見惚れてしまうこともあるでしょう。だからといって、浮気ではありません」

 胸を張ってクラウディアが保証した。


「じゃあ、もう少し見ていても構わないか」


 クラウディアの言葉に甘えて、許可を得る前に再び長い髪に手を滑らせた。髪型を損なわないように細心の注意を払いながら、甘いひとときを堪能した。

 クラウディアの熱を帯びた視線が心地よい。潤んだ瞳に吸い寄せられた。頬に手を添え、それから顎に手を掛けた。


「殿下」

 戸惑いの声が漏れる。薄く開かれた唇を塞いでしまいたかった。


「あの、今日は告白されるのですか?」

 クラウディアが言いたいことは正しく理解している。クラウディアは、フェルナドがアニエスに愛の告白をするか否かを問うていた。


「ああ……」

 誰に、とは言及されなかったし、何の告白をするかも明確に告げていない。虚実を織り交ぜるのはクラウディアの得意とするところで、フェルナドは今までの意趣返しも込めてそれに倣った。


「よかった」

 ホッとするクラウディアに、少しだけ罪悪感がもたげた。手を下ろしてクラウディアを解放する。


「時間だな」

 今は気持ちを切り替えて、クラウディアに背を向ける。後ろ髪を引かれる思いで、舞踏会の会場へと向かった。


***


 フェルナドは会場に向かう途中にある、噴水広場の前でアニエスと待ち合わせをしていた。広場に辿り着くと護衛たちが遠巻きに周囲を警戒している。学院関係者がアニエスの傍に付き添っていた。


 フェルナドの姿を見とめると、アニエスが安堵の表情を浮かべた。付添人はフェルナドに一礼してからすぐにその場を去っていった。


「遅れてすまない」

「大丈夫ですよ。……いえ、本当は少し怖かったのですが」


 オディセンやロイスがアニエスをエスコートしようと執拗に迫っていたところにナザレが現れ、二人とも引き摺って行ったらしい。その先では婚約者たちが恐ろしい形相で二人を待ち構えていたとのことだった。

 その情景を思い浮かべてフェルナドは背筋が寒くなった。



 アニエスは緩く巻いた髪をうなじの上でまとめている。寒さのため上半身に黒いケープを(まと)っていた。ドレスは丈の違うスカートが段のように重なり合っており、くるぶしまで覆っていた。


「よく似合っている。アニエスはそういう淡い色が映えるな」

「ふふ。ありがとうございます。フェルナド様もとても素敵ですよ」


 先の城での出来事を思い出したのだろう。アニエスが可笑しそうに肩を揺らす。フェルナドも苦笑しながら、手を差し出した。


「ナザレでなくて良かったのか?」

 フェルナドはアニエスの気持ちを案じた。アニエスはフェルナドの手に自分の手を重ねて応じた。


「ナザレ様はお役目上の大切なパートナーに過ぎません」

 アニエスの顔つきは凛としていて、その瞳に迷いはない。

 恋愛よりも役目の優先順位が高いらしい二人はある意味お似合いであった。



 会場全体を賑やかな雰囲気が包んでいた。着飾った生徒たちが各々パートナーと睦まじく入場して会場内を彩る。天井にはシャンデリアが輝き、会場中に華やかな光を反射していた。

 アニエスは入口で係りにケープを預けた。上半身の両肩から腕を覆うケープ状の襟は、美しく気品のあるレースをあしらっており、アニエスの繊細さを際立たせていた。


 アニエスとフェルナドが揃って入場すると、会場内の一部がざわめいた。変わらずにフェルナドを恐れる者が多く、アニエスに対しても厳しい視線がいくつか向けられていた。二人ともそれには構わずに、真っ直ぐにダンスホールへと向かった。


 向かい合い、互いに礼を取った。音楽が流れ始めて手を取る。


「仮面の呪いの詳細については既に存じております」

 フェルナドが言うより早く、アニエスが切り出した。


「先日、正式に国王陛下より命令を賜りました。私にできることでしたら、何でもいたします」

 アニエスの決意に満ちた眼差しに、フェルナドは感謝を示した。

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