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23. 衣装選び2


 呪われた王子がドレスを選んでも喜ぶのは母親くらいのものである。場を収めるためとはいえ、フェルナドは言ってからすぐに後悔した。撤回しようと口を開く。


「……いや、今のは」

「本当に? よろしいのですか?」


 クラウディアが遠慮がちに頬を染めた。コルデスは恐縮して固辞しようとしたが、クラウディアに肘鉄を喰らって大人しくなった。


「お父様。お言葉に甘えましょう。でないと、いつまで経っても決まりませんわ」

「決まらないのはお前のせいだが……」

 痛む腹部をさすりつつ、コルデスが反発したが、娘にもの凄い形相で睨まれて縮こまった。


 店員に促されて、広い客間に通された。店側としては早々に帰途についてもらうか、できなければせめて店の奥に通したかったに違いない。一同ほっとした顔をしていた。


「私は向こうで別の商談をしてくるから、くれぐれも粗相のないように」

 念入りに釘を刺してくるコルデスに、クラウディアは顔を歪める。チッと舌打ちでもしそうな勢いだった。

 コルデスが別室に移った頃合いで、フェルナドは口を開いた。


「親子仲が良いのだな」

 クラウディアは本気で首を傾げている。フェルナドの目を節穴などと思っていそうだった。

 店員に促されて、ソファに腰掛けた。


「殿下。先ほどのことは、誤解なさらないでくださいね」

「?」

「私が殿下に猛アタックしているという話です」

「そのことか。わかっている」


 知らず、口調が硬くなる。そういえばクラウディアと言い争いをして、ひと月も経過していない。クラウディアがあまりにも自然に接してくるものだから、すっかり失念していた。それからふと、ナザレの言葉を思い出した。


『呪われた王子にさえ見放された。権力と名声に取りつかれた憐れなご令嬢』


 知っているのか、それとも知らないのか。予想通りクラウディアが学院の噂について気にしている様子はない。それどころかソファに腰を下ろしたフェルナドの隣に続いて座り、小声で話しながら、ぐいぐいと距離を詰めてくる。


「嘘も方便。ですが、私がフェルナド殿下のことを推し、でなくお慕いしているのは本当ですからね! そこのところはご理解頂きたく……」


 一応、フェルナドが以前指摘したことを気にしているのだろう。クラウディアは自身に馴染みのある前世の言い回しを避けた。


「わかっているから、それ以上言わなくていい」

 クラウディアが近づいた分だけ、距離を取った。しばらく接触がなかったせいか、クラウディアの纏う華やかで洗練された香りに絡み取られる。フェルナドは落ち着かなく視線を彷徨わせた。


「ところで、クラウディア嬢。……お見合いをしているのか?」

「はい。色々とご縁談を頂いているのですが、まったく話がまとまらず。私の魅力に気付かぬ、目が節穴だらけな殿方ばかりなのですわ」


「良識的な相手ばかりのようで安心した」

 思わず口元が緩む。クラウディアにとっては由々しき事態だ。不謹慎だという自覚はあった。


「むむっ。殿下といえども聞き捨てなりませんわ」

「すまない。冗談だ」

「とても良い笑顔で言われても説得力がありませんわ!」


 フェルナドが声を上げて笑う。クラウディアに対して初めて主導権を握れた気がした。生地を一通り揃えて持ってきた店員が驚いた顔をしていた。

 そのうち、笑い過ぎです!と半ば本気でクラウディアが機嫌を損ね始めている。フェルナドは構わず店員に生地を催促した。


「このあいだのことだが」

 生地を広げて眺めながら、フェルナドは口を開いた。


「君の信念とはいえアニエスを利用し傷つけるなら、許容することはできない。私は君の悪事は止めるつもりでいる」

 クラウディアに映えそうな生地を選び、何度か体に添わせた。母親であるレイティアにドレス選びのセンスを見出されて以来、何度も買い物に付き合わされていたので手順は心得ていた。


「せめて君が迷惑を掛けるのは私だけにしてくれ」

「……」


 おかしなことを言っただろうか。クラウディアはぽかんと口を開けてフェルナドを見つめていた。

 クラウディアの首から上の白い肌がだんだんと赤く染まるのを、フェルナドは不思議な気持ちで見守った。


「クラウディア?」

「え、と。こ、こちらには別の用事があっていらっしゃったのですよね」


 露骨に話を逸らされたが、とくにこだわることもなかったので頷いた。言いたいことは言えた。

 アニエスに贈るドレスを選びに来たと、クラウディアは知っているのだろう。


「今日は君の用事に付き合うことにする」

「…………」

 僅かに表情が曇ったのを見逃さなかった。


(私がアニエスに贈るドレスを選ぶのに参加するか、見学するつもりだったな……)


 クラウディアの魂胆を見抜いて、溜息を吐きたくなった。今日このタイミングで店に来ていたのもそれを狙っていたのだろう。


 生地の中から、クラウディアに似合いそうなものをいくつか見繕った。ドレスのデザイン自体は大体決まっているらしい。


「鮮やかな色も似合うが、中間色に光沢のある素材を付けても良さそうだな。いつもと少し印象が違って見える」

 いつのまにか真剣に生地をあれこれと入れ替えてはクラウディアと見比べていた。ふと、クラウディアとまともに目が合う。


「フェルナド様がお選びになったものなら、どのような色でも嬉しいです」

「そうか」


 やけに心臓の音がうるさい。互いに目を逸らして、フェルナドは選んだ生地を店員に託した。

 なんとなく顔を見ることができずに、店側から用意された紅茶を飲んだ。クラウディアも隣で俯き、大人しくしている。


「ドレスに似合うアクセサリーもこちらで揃えられては如何でしょう」

 商魂たくましい店員はここぞとばかりに好機を逃がさなかった。別の店員が装飾品の収められた箱を持っていそいそとやってくる。


「いつも世話になっている礼に、私から贈らせてくれないか」

 クラウディアはフェルナドの申し出に目を瞬かせた。


「まぁ、殿下。礼ならば、いつだって(推しの成分を)十分に頂いております。先ほども……私のために真剣にお選びくださって、これ以上ない幸せです」

 にこにこと店員が温かい眼差しで二人のやりとりを見守る。


「君に貸しを作ってばかりでは申し訳が立たないからな」

 フェルナドの甘さに欠ける発言に、クラウディアが得心して微笑んだ。


「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」

 その様子を部屋の入口付近から見ていたコルデスは深い溜息を吐いた。



***


 見送りに出た店員がフェルナドを呼び止めた。

「本日は別にご要望があったのでは?」

「いや……。今日は、もういい」


 今からアニエスのドレスを選ぶ気にはなれない。王妃の買い物で慣れているつもりだったが、なかなかに骨が折れる作業だった。


 城に帰って、執務に取り掛かる。クラウディアとの店でのやり取りを時折思い出しては、忍び笑いを漏らした。

 またしばらくクラウディアの顔が頭を離れそうになかった。


このあと店員のあいだでは二人の話題で持ちきりだったとか

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