22. 衣装選び1
王都にある王家御用達の店を直接訪れるのは初めてではない。フェルナドを恐れ、身の回りの世話を固辞する者たちが相次いだので、悲しいかな、服飾の管理まで一人でできるようになってしまった。
フェルナドが店に入ると、奥から騒がしい声が聞こえてきた。内容から察するに、父娘でドレスの生地について揉めているようだった。激しい応酬をしていて、取っ組み合いに発展しそうな勢いだった。
ほかの客は眉を顰めたり、早々に店を後にしたりなどしていた。
(アニエスは喧嘩をしたほうが良いと言っていたが……。とてもじゃないがあんな真似はしたくないな……)
見苦しいにもほどがある。
「さっさとドレスを発注してしまえ! また推し色がどうだのと、店員を困らせているのだろう」
「推し色は外せませんわ! 用意してもらった推しの色が解釈違いなのです。ひとくちに榛色といっても、多様にあるのです。彼女の瞳はもっと淡く光って繊細な色合いで…」
ここ最近、フェルナドの心を占めていた当事者の声がはっきりと聞こえてきたときは、膝から崩れ落ちそうになった。およそ貴族の親子がする喧嘩ではない。しかも内容がかなり低俗だった。
億劫になりながら、店の奥に足を向ける。思ったとおりの人物がそこにいた。
長い間揉めていたのか、接客している店員は憔悴しきっている。フェルナドは迷惑な客に静かに怒りを向けた。
「二人ともいい加減にしろ。店に迷惑を掛けているのがわからないのか」
「!? フェルナド殿下!」
クラウディアとその父、コルデスは二人同時に驚いてから、顔を見合わせた。
「大変お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」
コルデスが恐縮してフェルナドに頭を下げた。フェルナドが頷いて謝罪を受け入れる。城の重鎮の一人が見苦しい親子喧嘩をしているなど、信じられなかったし、目撃したくもなかった。
「聞くところによると、我が娘は学院では殿下に纏わりついているとのこと。こちらからもよく言って聞かせます」
コルデスの隣でクラウディアがムッと口を尖らせる。
「いや……。彼女には色々と世話になっている」
「はぁ……」
コルデスは腑に落ちないといった返事をした。フェルナドの擁護に、クラウディアが図に乗って身を乗り出した。
「僭越ながら、その通りですわ。私はフェルナド殿下のことをお慕い申し上げているのです。殿下と(アニエス様が)上手くいくように、色々とアプローチしている最中なのですわ」
「はぁ~~~?」
コルデスが顎髭をさすって、あからさまに不審な顔をした。
「本当なのですか?」
「……ああ」
否定するのも面倒で、フェルナドはクラウディアに合わせた。
「それは……娘が大変ご迷惑をお掛けしております」
コルデスは再び頭を深く下げた。それからじろりとクラウディアを睨む。
「クラウ。見合いがことごとく上手くいっていないからといって、殿下にご迷惑を掛けることはするな。お前では到底殿下と釣り合いが取れぬだろう」
フェルナドは驚いてコルデスを見る。最初フェルナドは遠回しに自分が貶められているのかと思ったが、コルデスの表情を見るとそうではない。フェルナドの立場を慮っているのが見てとれた。
普通ならば、フェルナドから迷惑を被る心配をするところである。呪われた王子に娘を嫁がせることを望む貴族などいない。
クラウディアは呆れて腰に両手を添えた。
「娘を卑下するのはお父様の悪い癖ですわよ。どこをどう見ても釣り合いが取れていますわ。類稀な美貌に気品溢れる佇まい、学院の成績も優秀で淑女の鏡ですわ」
「学院から謹慎処分を受けるような娘をどう褒めろというのだ」
「……え~と。それは推しの幸せのために行動した結果で、仕方なかったのですわ」
「……はぁ~~~っ。またそれか」
コルデスは天井を仰いで嘆いた。それから姿勢を正してフェルナドに向き合った。
「フェルナド殿下。こちらからもよくよく娘に言い聞かせておきますので、どうかご容赦ください」
フェルナドはてっきり娘を呪われた王子に関わらせたくないだけかと思ったが、さきほどからコルデスはフェルナドを王族として正当に扱っていた。フェルナドに対して偏見なく接する相手は稀であった。あまり接点のなかった相手であったが、好感を持つと同時に、共感する。思わず同情の言葉が漏れた。
「苦労しているのだな……」
「殿下……。わかって頂けますか……!」
「なぜお二人が意気投合していらっしゃるの?」
懐からハンカチを取り出してコルデスは涙ぐんだ。
「早くに母親を亡くしたせいか、世情に疎いところがございまして。それに加え、この娘はほんの七つの頃に天啓を得たなどと世迷言を言い始めて、本当にそれからというもの……」
「お父様。複雑な家庭内事情を暴露しないでくださいませ」
クラウディアはぴしゃりと遮ってコルデスを咎めた。
「口を挟むな。まったく、もう期日が迫っているというのに、とにかくドレスが決まらないのでは話にならない。ドレスについては私に任せなさい」
「そんな! 父親の選んだドレスなんて絶対に死んでも御免被りますわ!」
「ひどすぎる!」
このままでは堂々巡りしそうだった。事態に収拾の目途がつかない。埒のあかない状況に、間に挟まれた店員は困り果てていた。
フェルナドは少し迷ってから、口を開いた。
「では、私が選ばせてもらおう」
「……はい?」
またも二人揃って声を発した。




