21. 聖光歌
アニエスは神殿関係者や集まった街の人々に盛大な歓迎を受けた。
入口から祭壇まで伸びる通路の両脇には長椅子が並び、多くの人で埋め尽くされていた。出入口近くでは立ち見の者たちで溢れている。アニエスが登壇すると、歓喜の声が湧いた。
神殿長が隣に立って長々とした演説を始める。わざわざ足を運んでくれた聖女に感謝を述べて、それから神殿が祭る女神のことや神殿の成り立ちについて説明し始めた。
フェルナドは壁際の目立たない場所に身を寄せた。神殿長の話を聞き流しながら、寝物語に聞いたクラウディアの話を思い出していた。
『前世ではイラスト、いえ、フェルナド様の立ち姿を見たときに、一目惚れしました』
ゲームという商品を発売する前に、その見どころや内容の一部を買い手に紹介する告知を見たのだという。この世界で言うところの、宣伝の張り紙のようなものがまとめられている書物があるらしい。クラウディアは『ゲーム雑誌』というものだと説明した。
数人いるゲームの登場人物の中で、前世のクラウディアの目は一点に注がれた。フェルナドの堂々とした佇まいに、透き通るような白銀の髪に、顔は見えないが凛とした瞳に惹きつけられたとクラウディアは熱く語った。
フェルナドに会えるのが楽しみだった。それから発売されたゲームを手にして、プレイし始めるとその世界に没頭した。
ヒロインであるアニエスの性格や容姿も気に入って、フェルナドと親しくする様子に心躍らせたという。
その楽しさを延々と説かれてもフェルナドにはそれを楽しむ手段などない。退屈になって、うとうととするフェルナドをクラウディアが揺り起こした。カップリングがどうの、萌えポイントがどうのといった話をしていたが、フェルナドにはいまいち理解できず、また眠くもあり、ぼんやりとして聞いていた。
そしてクラウディアの転生後の話に移った。
異世界に生まれたクラウディアが、自分が転生者だと知ったのは、七つの頃。クラウディアは目的を定め、達成するためにすぐに動き出した。
前世で数多の娯楽を網羅してきたクラウディアにとって、この世界を題材にしたゲームはそのひとつに過ぎなかった。それにも関わらずゲームの内容を詳しく覚えていたのは、まさしく天の采配だと満足げに微笑んだ。クラウディアは転生を確信したとき、その内容について覚えている限りのことを紙に書き留めたという。
幼少期はとにかく貴族として必要な知識を吸収した。いざゲームの舞台である学院に通う時期が来たときに、効率よく立ち回るためだった。
そしてクラウディアはアニエスについて言及した。
『小さい頃のアニエス様にどうしてもお会いしたくて、王都から何日もかけてセラロ領に赴いたのです』
そのときに紛れもなく天使に出会ったとクラウディアは力説した。
高名な絵師に依頼してアニエスの姿を絵画に収めた。その絵を額縁に入れて、今でも自室に飾ってあると誇らしげに自慢した。
エクスナ家の名を伏せて絵師に依頼し、アニエスの一家の肖像画を絵師が厚意で描いたように見せかけたらしい。そして密かにアニエスの姿絵を余分に描いてもらい、手に入れることに成功したのだった。
アニエスの両親は裕福ではなかったので大層喜んでいたという。それから話は幼少期のフェルナドのことに及んだ。その頃には眠かったフェルナドの目も冴えていた。
『実は、幼い頃に王城に父に連れられて伺ったことがありまして、そのとき、迷子になったふりをしてフェルナド様のお姿を拝見しようと城内をお探ししました』
フェルナドはクラウディアの行動力に呆れた。
『幼いフェルナド様にどうしても一目お会いしたくて』
フェルナドはそのとき、剣の稽古をしていたという。熱心に剣を振る姿をじっと物陰から見つめた。
「どうして、声をかけてくれなかった?」
フェルナドは残念に思った。もっと早くからクラウディアと知り合えていたなら、きっと良き友人になれていただろう。
『その、我ながら自意識過剰だとは思うのですが』
クラウディアは言い辛そうにして、一度口を閉じた。そして目を伏せて恥じらった。
『フェルナド様はきっと、私に恋をしてしまう気がしたのです。そうすると、アニエス様と結ばれる可能性が減ってしまいます。それではフェルアニファンとしては困りますから』
クラウディアの前世では、本来悪役だったはずの令嬢が主役になって活躍する物語が流行っていたという。そのなかで、ヒロインと出会う前に、悪役であったはずの令嬢とヒロインの相手役が恋に落ちてしまうという流れは定番のひとつとなっていたらしい。
『物語の展開として私は大好きだったのですが。私が実際にその展開をなぞっては元も子もありません』
何をバカな、とフェルナドはそのとき一笑に付した。
『そうですよね。私も十分魅力的なのですが、アニエス様はもはや別格の存在ですから。まさに天上の女神から与えられし唯一無二の慈愛の化身。アニエス様の尊い愛は海よりも深く空よりも遥かに広いもの。攻略対象者だけでなく、全世界、いえ全異世界の人類を等しく包んでくださり、癒してくださいますもの』
クラウディアは、今度は熱を入れてアニエスを褒め讃え始めた。
一方的で、自分勝手なまでのクラウディアの熱情が、なぜか眩しかった。
フェルナドはアニエスに出会ってからというもの、今度はいつ会えるか、いつ話せるかと期待を膨らませる一方で、もどかしさも募らせていた。
アニエスの隣にはいつも誰かいて、フェルナドは羨ましく、一緒にいる相手が妬ましかった。己を不甲斐なく思いながらも行動を起こすことはできなかった。ただ漫然と日々が過ぎ去っていった。遠くから眺めることしかできなかった。
クラウディアに出会って背中を押されることで、アニエスと親しくなることができた。勇気を出すことができた。振られはしたが、友人として楽しく日々を過ごすことができた。
めまぐるしく過ぎる日々に、寂しいと思う気持ちは薄れていった。人々を厭う気持ちも、アニエスに気持ちを向けられない悲しみもクラウディアに接するうちに、いつのまにか減っていった。
もし幼いフェルナドの前にクラウディアが現れたとしたら。今と同じように目まぐるしく日々を過ごして、寂しさが紛れていたに違いない。
「クラウディア嬢は、幼い頃どんな風に過ごしていた?」
クラウディアの幼少期について問うと、私のことはどうでもいいです、と投げやりに答えが返ってきた。急に突き放されて、奇妙な息苦しさと寂しさと、疎外感を味わった。
仄暗い思いが宿る。自己満足の愛情に浸るクラウディアを振り向かせたいと思った。フェルナドだけに執着して、独占欲を抱かせて、嫉妬するように仕向けるにはどうしたらいいだろう。
神殿内に、アニエスの聖光歌が響き始めた。柔らかく伸びやかな歌声が響き渡る。光を帯びた小さな粒子が、神殿内に等しく降り注いだ。聖魔法の一種で、高度な技術を必要とするものだった。平等に降り注ぐ愛が人々の心を満たしていく。
フェルナドの心も温かくなる。そして寂しくなった。女神の慈愛に触れても、人はどこまでも貪欲で、愚かだった。ただ自分だけに向けられる愛情が欲しかった。
無性にフェルナドも幼いクラウディアに会いたくなった。そのとき出会っていれば、きっと。
「クラウディアの言う通りになっただろうな……」
幼いフェルナドはクラウディアに恋しただろう。




