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19. 王家の秘密2


 かつて王家に呪いをかけた魔女は予言した。


『その仮面は代々君たちの一族に受け継がれる。持ち主が死ねば次の世代へと渡る。持ち主を変えるたびに負の感情を吸収して、そしていつか悪意が満ち溢れれば、君たちの子孫の身体を媒体にして、この国を蹂躙する魔王が誕生するよ』


 呪いを掛けられた仮面が初めに顕現したのが、初代国王の子どもだった。仮面が現れるのは、決まって王族に連なる男子だった。

 呪いの仮面は悪意を取り込み続け、そして、所有者は必ず最期に人でないものに変容した。抱える闇の大きさに、人間の身体が耐え切れなくなった結果だった。皮膚は爛れ、関節は歪み、頭から角が生えた。魔王のなりそこない、と称された。


 エインセント家は国を統べるのに相応しくないと地位を追われたときもあった。しかし他の者が国を治めると、途端に大地は痩せ、空は荒れ狂い、天変地異が続いて巻き起こった。人々は仕方なくその呪われた一族を再び王に据えた。


 やがて長い歴史の中で、呪いの仮面の秘密は多くの人々から隠された。ただ、そういうものが、時折王族に現れるという認識になっていった。貴族はともかく、国民に至っては、自分たちにはあまり関係のないこととして捉えていた。


 今では王族に連なる者と、ごく一部の限られた者だけが知る仮面の秘密。そして所有者の最期。外部に漏れないよう厳重に秘匿してきた。王族が魔女に呪いをかけられたのは、もう遠い昔のことである。魔女が告げた、魔王が誕生するに足る悪意はだいぶ蓄積しているはずだ。魔術師が呪いの仮面を分析した結果、魔王が誕生するのはそう遠くない未来だと予測した。


『ここからだと、魔女の塔がよく見えますね』


 確か復学したばかりの頃、クラウディアは何気なくそう口にした。

 学院の一角にそびえる塔がかつてそう呼ばれていたことは、あまり知られていない。魔導の塔の古い呼び名を知っているのは、王族か、学院の歴史をよく知る者くらいである。


 何かを確認するような、言動ではなかったか。あのときクラウディアの視線はフェルナドに注がれていた。王家の秘密についてゲームを介して知り、フェルナドの反応を窺っていたのだとすれば、合点がいく。そしてナザレが帯剣しているのを気にしたことも。唯一魔王に止めを刺すことのできる宝剣が本物か、確認したかったのかもしれない。



 クラウディアは自身が前世で楽しんだという物語の内容について、主人公と登場人物たちが恋愛するのを楽しむゲーム、と答えていた。曰く、ひとつの恋愛小説を何通りものパターンで嗜むようなものだと言っていた。学院で起こる様々な出来事を通して目当ての相手と仲を深め、最終的には恋人になってハッピーエンドを迎えるのだと説明していた。


 しかし物語には大抵山場がある。それについてクラウディアはとくに言及していなかった。見せ場が恋愛対象に告白する場面だけという可能性もあったが、今考えれば、意図的に話を避けていた気がしなくもない。

 そのクラウディアが宝剣や魔女の塔に関心を寄せていた。


 学院生活の中では、生徒会の面々を煽り、互いの強さを競わせていた。アニエスの聖女としての成長をとくに気にしていた。


 仮に、この時代に魔王が誕生するのだとしたら。魔王が誕生することを知っているのだとしたら、クラウディアの行動はひどく腑に落ちた。魔王を倒すためには聖女の力や精鋭が必要不可欠である。


(ああ……そうか)


 クラウディアが頑なにゲーム通りの進行に固執し、フェルナドとアニエスを恋人同士にしようとした理由を悟った。


 おそらくフェルナドにとって最悪の事態を回避しようとしている。聖女の扱う聖魔法は唯一魔女の呪いをうち破ることができる可能性を持っていた。聖魔法は使用者の愛の深さによって、その威力を最大限に発揮できる。


 クラウディアは自己満足のためにフェルナドに近付いたことは確かだった。アニエスとフェルナドが結ばれるエンディングを迎えるために、奔走していた。だが一番の目的は、フェルナドを呪いから解放し、助けることだったのだろう。


 言い争ったとき、クラウディアは自分のためだと言い張った。無遠慮に近付いてきて、恩着せがましく助言していた、最初の態度とは対照的だった。その態度こそが、フェルナドの立てた仮説を裏付けるように思えた。


「兄上はなにか心当たりがあるのですか?」

 ナザレは冷徹な眼差しでフェルナドを見下ろしていた。最初から、雑談と称してクラウディアとフェルナドを探ることが目的だったようだ。


「いや……。……っ」

 ナザレの追求を交わす傍ら、フェルナドはクラウディアへの対応を悔いた。


『一番都合の良い協力者が当事者であったというだけです』


 自嘲して顔を逸らしたクラウディアは、どのような表情をしていたのか。人の心など簡単に操ることはできない。呪いを解くために、アニエスと親しくなるべきだと進言されても、フェルナドは応じなかっただろう。仮にその通りにしても、アニエスは心を開かないはずだ。目的を果たすために秘密を背負い、露悪的に振る舞ったクラウディアの判断はきっと正しい。


「は……っ」

 息遣いが急速に浅くなる。呼吸をするのが難しくなって、机に手をついて上半身を支えた。どうして自分を貶め、犠牲にしてまで、物語越しでしか知ることのなかったフェルナドを救おうとするのか。そうまでしてクラウディアにとってフェルナドは生きていて欲しいと思う存在なのだろうか。



 すべて諦めて、ただ静かに死を待つだけだと思っていた。


 クラウディアは秘密を打ち明けてアニエスとフェルナドへの好意を崇敬と称賛を交えて、熱く語った。

 何の躊躇いもなく悪役を演じて、周りから遠ざけられても不安も不満も後悔も見せなかった。

 その行動すべてがフェルナドに起因していた。ずっと、フェルナドのことを諦めずにいた。


「だとしたら、動機が……単純すぎる」

 手で顔を覆った。笑いたいような、泣きたいような気持ちに駆られた。


 占い小屋で初めて言葉を交わすまで、フェルナドはクラウディアのことをろくに知りもしなかった。アニエスに嫉妬して嫌がらせをした、醜い女だという認識しかなかった。


 もし本当にフェルナドの考えている通りだとしたら。

 ――なんて、バカなのだろう。


 暗い夜空を思わせる長い髪が、心を激しく揺さぶる。失恋の痛手に震えた丘で、クラウディアの手が冷たかった理由など思い至らなかったのに、なぜ今考えてしまったのだろう。

 クラウディアのことを考えると胸が張り裂けそうに苦しかった。暗く、焦げるような渇望がフェルナドを満たした。



「兄上」

 フェルナドの異変に気付き、ナザレの声に緊張が走る。

「……ぐっ」


 仮面から黒い霧が漏れ始めた。

 まずい。机に前屈みに手をついた。灯りをともす魔道具が、端から壊れていった。窓ガラスも音を立てて割れた。冷たい風が部屋の中に吹き付ける。尖ったガラスの破片がフェルナドの手の甲を傷つけた。机の上の書類に朱が飛び散った。


 なんとか冷静さを取り戻し、心を鎮めようと深呼吸をする。それを何度も繰り返した。

 異変を察知した衛兵が扉を叩き、ドアノブが回される。開きかけた扉をナザレが乱暴に閉めた。

「まだ入るな」

 扉越しに端的に命令した。ナザレはそのまま扉の前に陣取ってフェルナドを注視する。


 フェルナドがもがく様子をナザレが微動だにせず無言で見つめていた。フェルナドは肩で息をしながら、ナザレを窺う。


「……」

 その顔には焦りも不安も恐怖も警戒心さえ、浮かんでいなかった。ナザレはフェルナドの前でだけは無表情で通していた。ずっとその姿勢は変わらない。ほかの者といるときとは雲泥の差だ。まるで見えない仮面を被っているようで、フェルナドは弟であるナザレが苦手だった。


(昔はこうでもなかった)


 ただ、フェルナドの異変に恐慌して逃げ出すわけでもない。ナザレのおかげで、フェルナドも不思議と冷静になることができた。

 落ち着いて、黒い霧が出なくなった頃合いで、ナザレが口を開いた。


「だいぶ浸食が進んでいるようですね」

「……」

「もしものときは、僕があなたを処断しますので」

 表情をピクリとも動かさないまま、腰に提げた宝剣を示した。非情で冷酷な為政者の顔をしていた。


「わかっている」

「できるだけ僕の手を汚させないでほしいですね。アニエスも悲しむ」


 ナザレの声音は何の感情も含まず、どこまでも平淡だった。

 ナザレは扉を開けて、扉の向こうに群がる衛兵に部屋の片付けを命じた。ガラスの破片や書類があちこちに散らばり、ひどい状態だった。それからナザレは有無を言わさずにフェルナドに着替えと治療と休養を言い渡した。


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