18. 王家の秘密1
窓の外はチラチラと柔らかく雪が舞っていた。学院は冬の休暇に入っていて、生徒たちは各々寮で過ごしたり、実家に帰省したりしていた。
休暇のあいだ、フェルナドは城での仕事に専念していた。
学院のほうは卒業するのに必要な単位をさっさと取り終えて、極力学院へ行かずに済むようにした。クラウディアと顔を合わせれば、苛々と鬱屈した気持ちが募る。フェルナドとクラウディアは仲違いしたまま、年の瀬を迎えようとしていた。
フェルナドは一度、ペンを置いて窓の外を見た。空は厚い雲に覆われて、雪はしばらく止みそうにない。
今日は城で王妃主催のガーデンパーティが開かれている。今の季節、外は寒いのでガーデンといっても王城内にある巨大な温室を用いる。ごく少数を招いてのものだった。招待したのは主だった家の夫人と娘。実質、息子の婚約者選びだろうと招待された家の者たちは勇み立っていた。
パーティが開かれる前、レイティアに招待客リストを渡された。フェルナドがそれに目を通すと、アニエスとクラウディアの名があった。
クラウディアは名家の娘だから、呼んでも不自然ではない。アニエスにしても、聖女としてすでに国に貢献をしている。
それでも、わざわざ客のリストをフェルナドに見せたことに、レイティアの意図を感じた。
「アニエス嬢とクラウディア嬢に会うのが楽しみね~」
フェルナドの顔を見ながら、レイティアはニコニコと眦を下げた。クラウディアとは面識はあるものの、形式的な挨拶しか交わしたことはないとのことだった。
「フェルナドも会いに来てもいいわよ?」
「私が顔を出せば、皆嫌がるでしょう」
招待客リストに名を連ねる家々は、その多くがナザレの婚約者候補に上がっている。フェルナドが顔を見せて、フェルナドの婚約者探しかと疑えば、皆逃げ帰るだろう。
「もう。ずっと辛気臭い顔をしているくらいなら、会って話せばよいでしょうに」
フェルナドが沈んでいる原因をなんとなく把握しているのだろう。密偵を使って調べたのかもしれない。
「辛気臭いかどうかは、仮面で見えないからわからないでしょう」
「声と雰囲気でわかります」
いまいち覇気のないフェルナドの声音に、レイティアは口を引き結んで断言した。
***
執務室に籠って仕事に集中していても、ふとしたときに思い出しては気分が沈んだ。
クラウディアは今日のパーティでも悪役として立ち回っているのだろうか。アニエスに冷たい対応をしたり、周りに対しても誤解されるような態度を取っているのだろうか。
意図せずに周りから遠ざけられているフェルナドにとって、自分の目的のためとはいえ、自ら嫌われるように振る舞うクラウディアの行動が理解できなかった。その行動の目的も、慕い応援する二人が結ばれるのを見届けたいという、フェルナドにとってはおよそ共感できないものだ。
(結局、利用されただけか……)
クラウディアは一方的ともいえる愛情や欲望を満たすために、フェルナドに近付いてきた。フェルナドも甘言に釣られはしたが、クラウディアに何か狙いがあることを承知のうえで計画に便乗した。彼女だけを責めることはできない。
(だが……本当に自分の嗜好のためだけに、クラウディアは行動していたのか)
相当に入念な下準備や情報収集、根回しが必要だったはずだ。推しとやらへの愛を体現するためとはいえ、献身が過ぎる。クラウディアのイメージにはそぐわなかった。夢想家や狂信徒に興じるようには見えない。クラウディアはどちらかというと現実主義的な性格の方が勝っているように感じた。
おそらくまだ何か隠している。違和感は拭えなかったが、考えても答えは出ない。
それどころかクラウディアとのやりとりを思い出すたびに感情が負の方向へと揺れる。良くない傾向だった。
仕事の都合でフェルナドの執務室へとやってきたナザレが、珍しく雑談を持ち掛けてきた。ちょうど仕事で行き詰っていたので、息抜きのつもりでナザレの誘いに応じた。ナザレはフェルナドが座る執務机の脇に立った。
「兄上はアニエスに舞踏会のドレスを贈るおつもりですか」
毎年二月の終わりには学院で生徒たちの進級と卒業を祝賀して、盛大に舞踏会が開かれる。生徒たちは異性のパートナーを伴って出席するのが恒例となっていた。婚約者や気になる女性にドレスを贈ったり、装飾品を送り合ったりするのも舞踏会の楽しみのひとつであった。
「ああ」
頷いてナザレの反応を窺うと、フェルナドの返事を大して気にもしていない様子だった。余裕を見せているわけではなく、たんに確認をしているようだった。
「クラウディア嬢には贈らないのですか?」
「何を勘違いしている」
フェルナドはムッとして否定した。
医務室で言い合いをして以来、クラウディアとは会話していない。当時、怪我をしたクラウディアを背負ったところを生徒に目撃されていたため、一時は二人の仲を揶揄する噂が持ち上がった。しかし、しばらくするとそれも収まった。
「学院では皆、彼女の噂をしていましたよ」
ナザレの思わせぶりな言い様にフェルナドは首を傾げた。
「また何か妙な噂でもあるのか」
休暇前から学院に訪れる回数が減っていたため、新たな噂については知らなかった。噂話が好きな者たちには本当に辟易する。
「私には振り向いてもらえないので、呪われた兄上で我慢することにしたが、ついに兄上にまで愛想を尽かされたらしい。権力と名声に取りつかれた憐れなご令嬢だと」
「……誰がそう言った?」
知らず、手元の書類を握り潰していた。
以前はフェルナドも同じようなことを考えた。ナザレ目当てでフェルナドに近づいたのだと。しかしクラウディアの、アニエスとフェルナドに向ける好意はもはや疑いようがなかった。そのクラウディアが自分のせいで不用意に貶められることが我慢ならない。
「そこまでは知りません」
「お前もそう感じたのか?」
「さぁ。どうでしょうね。彼女のことはあまり知らないので、言いようがありません」
ナザレは自身が腰に佩いた剣に視線を向けた。
「ただ私のことを何かに利用しようという意図は感じました。……王家に伝わる宝剣のことも、探りを入れてきましたね」
「宝剣のことを?」
「もっと優れた素材で名工に打ってもらってはどうかと進言を受けました」
実際のところ、宝剣とは名ばかりで名前に見合った価値のあるものではない。
クラウディアの進言はおよそ王家の威厳を気にする貴族の決まり文句のようだったが、ナザレはクラウディアの言動を詮索と捉えた。剣身を鞘から抜いて見せてほしい、とも請われたとのことだった。
フェルナドもナザレ同様に引っかかりを覚えた。
多くの貴族たちは宝剣について、ただ古い由来のある剣とだけ認識していて、価値はあまり見出していない。式典や王位継承の際に利用する程度であり、もっと豪華で見栄えのする剣に変えたほうが良い、という意見は昔から貴族の中にはあった。
何のために宝剣のことを聞いたのか。宝剣の本来の用途は、王族やごく限られた者しか知りえない。思案に耽った先で、フェルナドはある可能性を思いついてハッとした。
クラウディアはゲームを通じて、この世界の色々な知識や情報を得ている。普通は知りえないことを、知識として持っていた。それは転生してきたというクラウディアの話に信憑性を持たせるものだった。フェルナドはそこでふとある考えに思い至った。
(まさか、知っているのか)
宝剣の用途。そして呪いの仮面の所有者に待ち受ける末路を。




