15. 仲違い1
「お召し物が汚れます。肩をお貸しいただくだけで…」
「構わない。それに肩を貸すには身長差があるだろう」
フェルナドの主張に足を痛めたクラウディアも納得した。フェルナドが外套を脱いでクラウディアの肩に掛ける。
フェルナドの屈んだ背中を前に、クラウディアはしばらく立ち尽くした。
「推しのおんぶ……」
「いいから早くしてくれ」
クラウディアは恐る恐る身体をフェルナドの背に預けた。クラウディアの身体が緩やかに沈む。柔らかな感触と甘い香りがして、フェルナドの胸がざわめいた。背中越しに感じる感触をなんとか意識の外に放り出した。外套のおかげで見えにくいが、足をなるべく晒さないようにスカートをしっかりと巻き込む。クラウディアは両腕をフェルナドの首に絡ませ、顔を肩に押しつけた。
「ハァハァ……。推しの匂い……」
「やっぱり降りてくれ」
吐息が首筋にかかる。背筋がぞくぞくとして、体の力が抜けそうだった。秘密を明かしたクラウディアは、もはやフェルナドに対して変態性を隠そうともしない。とはいえ、本当に言葉通り怪我人を降ろすわけにもいかず、大股で廊下を急いだ。通りがかった生徒が驚いてフェルナドたちを凝視した。
ちょうど医務室の前で降ろしたタイミングで、騒ぎを聞きつけたアニエスが駆けつける。
「フェルナド様! クラウディア様!」
「あら。随分と遅いご到着ですこと」
クラウディアはつんと顔を澄ました。外套をすばやく脱いでフェルナドに押し付ける。
アニエスはよほど急いで来たのか、肩で息をしていた。アニエスの警護はフェルナドに一礼すると、離れた場所に控えた。アニエスが息を整える。
「申し訳ありません」
クラウディアは扇を仰いでフンと鼻を鳴らした。
クラウディアは一見アニエスを睨み付けているようで、実のところ舐め回すようにじっくりと観察している。扇でアニエスからは見えないが、口元はニヤついている様がフェルナドの立ち位置からははっきりと見えた。
秘密を知った後では、クラウディアに対する見方がすっかり変わった。アニエスへの高慢な態度は愛情の裏返し。ミステリアスに思えた行動も、欲望のままに振る舞っていると思うとおかしく見えてきた。注意深く観察すれば、クラウディアの態度は意外とわかりやすい。
クラウディアがチラチラとフェルナドを見ている。
なぜアニエスの擁護をしないのかと、言いたげな表情だった。
「クラウディア嬢の悪態は気にしなくていい。治療に専念してくれ」
「え……はい」
明らかに不満げなクラウディアの視線は無視した。アニエスはフェルナドのクラウディアに対する、気安い雰囲気を感じて戸惑ったようだった。
医務室に入り、アニエスは椅子に腰を下ろしたクラウディアの前に膝をついて屈んだ。
アニエスが治療に専念している機に乗じて、クラウディアはアニエスの容姿や匂いも堪能している。
「聖女様は大層お忙しいでしょうに、私などに治療する時間を割いて頂いて本当に光栄ですわ」
「そんなことはありません」
クラウディアの本心を嫌みと受け取ったアニエスは謙遜した。
「ブ…ゲホッ」
二人の後ろで、フェルナドは思わず笑いそうになるのを堪えた。
「?」
「……フェルナド様」
じとっとした低い声でクラウディアはフェルナドを咎めた。
「まぁ、実質あなたのせいで怪我をしたのですから、よく考えれば当然ですわね」
「申し訳ありません」
アニエスは治療を終えて、翳していた手を下ろした。治療を終えてもその場を離れる様子のないアニエスにクラウディアは眉を顰める。
「あの……クラウディア様。この髪飾りを覚えておいでですか?」
アニエスは遠慮がちに自らの髪を飾る装飾品を示した。
「……以前、私がアニエス様から盗んだものですわね。改めて謝罪でも要求されますか?」
アニエスは首を振って否定した。
「クラウディア様が手にされたとき、髪飾りは壊れていたはずです。クラウディア様はそれを直して、私のもとに返してくださったのですよね」
「……」
アニエスの声音は確信に満ちている。誤魔化せないと感じたクラウディアが静かに肯定した。
「確かに、私が直しました。せっかくナザレ殿下から頂いたものを壊すだなんて。見るに堪えませんでしたからね」
アニエスは表情を明るくした。
「やっぱり。ありがとうございます」
「盗んだことは本当なのですから、お礼を言うのは筋違いではなくて?」
アニエスは微笑みながらクラウディアを見上げた。
「いえ。それに……私が以前誘拐されたとき、すぐにクラウディア様が探してくださったから、学院から連れ出されずに済みました」
「何を言い出すかと思えば……あのときは、アニエス様が授業をサボったと勘違いしただけの話ですわ」
アニエスはそのとき体調不良のため医務室で休んでいた。実際のところ、体調を崩したのも敵の策略だったのだが、当初周りはそのことに気付かなかった。
「でも、なぜか医務室に落ちていた髪飾りを見つけて、皆に知らせてくださったのもクラウディア様でしたよね。髪飾りはそのとき、クラウディア様の手元にあったのに」
クラウディアがサボりだと騒ぎ立てたが、皆は体調不良で寮の自室に戻ったのだろうという見解だった。クラウディアは憤慨しさらに、寮室を実際に確かめるべきだと主張して、戻ろうとする皆を引き留めた。すると髪飾りがなぜかその場に落ちていた。盗まれていたことを知らなかった皆はさすがに不審を抱き始めた。そこからアニエスの誘拐が発覚したのだった。
「私が誘拐されたことを知って、皆に教えてくださったのでは?」
「で、あれば直接誘拐された可能性を言及するはずでしょう」
「それは……クラウディア様にはそうできない事情がおありだったのではないかと思いました」
アニエスは胸の前で固く両手を組んだ。
クラウディアは、
(何か言いました?)
と、フェルナドに疑惑の目を向けた。珍しく慌てた様子でいるクラウディアにフェルナドは小さく首を振った。
アニエスが見かけに騙されず、周囲の噂に惑わされず、事実を突き詰めていった結果、クラウディアの真実に辿り着いただけだ。ちなみに誘拐未遂事件が起きてからは、常にアニエスに護衛が付くように配慮された。
アニエスの指摘に、フェルナドも思い至ったことはいくつかあった。
アニエスは続けて持論を展開していった。
「だいぶ前にクラウディア様は私の教科書をびりびりに破いて炉に捨ててしまわれたことがありました。クラウディア様はご存じでしたか? 教科書の中身がすでに落書きをされて読めなくなっていたこと。跡形もなくなったことで、寄贈された古い教科書を学院から頂けたこと」
「……」
「私が階段で誰かに突き飛ばされたとき、誰もいなかったはずの場所になぜかクラウディア様がいらっしゃって、私は下敷きにしてしまいました」
「……」
「クラウディア様がいらっしゃらなければ、私は大怪我をしていたところでした」
アニエスの主張を黙って聞いていたクラウディアは苛々として声を上げた。




