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14. 刺客

 アニエスと過ごす時間が増えるにつれ、クラウディアとも共にいる時間も増えた。クラウディアから、直にアニエスの反応を聞きたいとせがまれたためだ。


 キラキラと目を輝かせながら話に耳を傾ける様子は、まさしく物語の中の登場人物を愛でるがごとくだった。ほかにはアニエスの聖魔法の成長度、生徒会の面々の剣術や魔術の熟練度、アニエスへの態度についても興味を持っていた。

 それ以外の時間は、他愛もない世間話をして過ごした。



 以前訪れた四阿でクラウディアが定期的に昼食を取っていると知ったフェルナドは、午前中の授業が終わると食堂で軽食を受け取ってからそちらに足を運んだ。

 学舎の奥まで来ると、周りに誰もおらず静かだった。四阿でポツンと一人で過ごすクラウディアの背中に声を掛けた。


「フェルナド様。ご機嫌よう。今日はアニエス様とご一緒ではないのですか」

 クラウディアが振り向いて挨拶を返し、問いかけた。フェルナドは、昼食をアニエスと、それに付随してきた生徒会の面々と取ることが多くなっていた。フェルナドを毛嫌いしているナザレの取り巻きたちも、アニエスの前ではその感情をおくびにも出さなかった。


「ああ。聖女としての仕事があるからな」

 クラウディアの向かいに回って、腰を下ろす。軽食の入った袋をテーブルの上に置いた。

「いつも一人で食べているのか」

「ええ。友人がおりませんから」


「もし良ければ一緒に昼を食べようと思って来たが、邪魔だったか」

「……」

 クラウディアは一瞬間を置いて当惑した素振りを見せたが、すぐに笑顔を見せた。

「いいえ。フェルナド様なら大歓迎ですわ。是非ともアニエス様との話をお聞かせくださいませ」

 クラウディアは魔道具のポットから手早く紅茶を注いでフェルナドに差し出した。


「急でしたので、マグカップしかありませんがご容赦くださいませ」

「令嬢が使うにしては無骨だな」

「ふふ。容量が多いので結構便利ですよ」

「この柄は……」

 何となく配色に既視感がある。聞くべきか迷って、クラウディアを見ると満面に喜色を湛えていた。


「こちら、今私が使っているものと対になっておりまして。そちらがアニエス様、私の方はフェルナド様をイメージして作ったものです。推しグッズですわっ」

 クラウディアはキラキラと顔を輝かせて自作グッズを披露した。


「ほかには持ち歩くことのできるマスコット人形なども用意しておりまして。こちらにアニエス様のマスコットがございますが、おひとついかがですか?」


 クラウディアは嬉々として籠の中を探し始めた。また延々とクラウディアによるフェルアニ談義が始まりそうになって、フェルナドは慌てて遮った。本人を前に語られるのは、精神的にきつい。夜通し聞かされて心底滅入っていた。



「待ってくれ。今日はアニエスの話ではなく、クラウディア嬢について話を聞きたい」

「私の」

 クラウディアは途端に興味を失って、籠から出そうとしていたマスコット人形を仕舞った。それから昼食に手を付け始めた。 

 無遠慮な態度にフェルナドはムッとしながらも、本来の目的を思い出した。


「最近、困ったことはないか」

 クラウディアはオイルサーディンと野菜を挟んだサンドイッチを一口食べてから、首を傾げた。

「たとえば、学院での生活における人間関係だとか」

 回りくどい物言いにクラウディアは咀嚼しながら、しばし考える。

「……大体どういうお話か見当がつきました。直接お聞きいただいてもよろしいですよ」


『クラウディア・エクスナは複数の男子生徒と関係を持っている』


「なるほど。その噂の真偽を確かめにいらっしゃったと」

「真実だとすると、問題がある。真実でないのなら、噂のもとを絶たねばならない」

「淫行など覚えはございませんが……。まぁ、どちらでも良いではありませんか。私としては概ね問題ありません」

 クラウディアは紅茶ではなく他国から取り寄せたという変わった香りのする飲み物を飲んでいた。見た目は泥水のようだ。


「……覚えがないというのは本当か?」

 フェルナドは注意深く探りを入れた。


「このあいだ匿ってくれたことには感謝している。しかし不用心に男を部屋に引き入れて、同衾するようでは信じるに足りない」

 クラウディアはコップを手で支えながら、上目遣いにフェルナドを見た。


「心配なさらずとも、そのようなことをするのはフェルナド殿下に対してだけです」

「…………」

 随分とこなれた言い回しだと、フェルナドは疑惑を深めた。束の間の沈黙の後、フェルナドは溜息を吐いた。


「まぁ、いい。私とて、これ以上君の交友関係に口を出す気はない」

「フェルナド殿下のご迷惑にはならないように注意致しますわ」

「そういうことを心配しているのではないのだが……」

 言ってから気付いて、さりげなく口を覆った。クラウディアがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。


「殿下。やはり心配してくださったのですか?」

「………………そうだな」

 たっぷりと間を置いてから、フェルナドは顔を背けて肯定した。


 クラウディアはテーブルに戻したマグカップの縁を指で優しくなぞった。

「私としては、私の噂などにかかずらっている暇がおありでしたら、フェルナド様にはアニエス様にかかりきりで愛を育んで頂きたいのです」

「育むといっても……恋人同士ではないが」

 フェルナドは自分で言っておいて悲しくなった。友人としては良い付き合いが続いているとは思う。ただそこから発展させるとなると一度振られているだけに難しい。

「好感度は着実に上がっていますわ」

 クラウディアは力強く断言した。


「私のことに関してはご心配には及びませんが、お気遣い頂いてありがとうございます」

 クラウディアは昼食を食べ終えて、ハンカチで口元を拭ってから、スッと背筋を伸ばした。


「フェルナド殿下。私はこれから用事があるので先に失礼させていただきますね」

 クラウディアは手早く身の回りのものを片付けた。フェルナドの使用しているマグカップはまた取りに来るので、置いておいてほしいと告げて去っていった。



 一人残ったフェルナドは、思案に暮れる。結局持参した軽食には手をつけなかった。

「普通はもっと気にすると思うが……」

 自身に関する不名誉な噂を流されても、妙に無関心なことが引っかかる。真実だとしても、放っておいていい類のものではない。


(まさか真実、ではないだろうな)


 動揺を見せなかったのは、噂が真実だという証左か。それとも事実ではなく、たんに気にしていないだけか。


 ぐるぐると思考の渦に嵌まる。クラウディアは性格に難はあるものの、それを補ってあまりある容姿を備えている。クラウディアの気質を蔑みながらも下卑た視線を向ける者は多くいた。クラウディアは歯牙にもかけない様子だったので、フェルナドも今まで気にしなかった。



 いずれにせよ、噂は潰してしまえばいい。影を使って新たな噂を流すことで生徒たちの記憶を上書きするつもりだった。いつも世話になっている礼に手助けすることくらい訳はない。フェルナドはそう自分に言い聞かせた。それからクラウディアの去った方角に目を向けた。



 去り際、どこかいつもと異なり、張り詰めたクラウディアの横顔が気に掛かった。フェルナドは少しの間逡巡して、立ち上がり後を追った。口では強がっていたが、内心では噂を気にしているのかもしれない。学舎の中を探して歩くと、運よくクラウディアを見つけた。


 クラウディアは人目を避けて学舎の奥へと向かう。先には剣術や魔法などを習う訓練場がある。人知れず訓練場に向かうクラウディアを不審に思い、声を掛けず後をつけた。


 目的地に辿り着いたクラウディアは訓練場の裏に回って壁際に寄りかかり、きょろきょろと落ち着かなく辺りを見回していた。

 逢引かとクラウディアの目的に見当をつけた。自分には関係のないことだと思い、立ち去ろうとするが、せめて相手を確かめたいという気持ちが勝った。

 クラウディアの視線はどこか焦燥を含んでいて、想い人を待っているという様子ではない。


 クラウディアが周辺をうろうろとし始めると、不審な影が彼女の背後に近付いた。

「!?」

 フェルナドが目を見張る。服装からして学院関係者ではない。クラウディアは気付いていなかった。


「クラウディア嬢!」

 後ろから黒ずくめの男に羽交い絞めにされたクラウディアを救おうと、物陰から飛び出した。

 クラウディアが全身を脱力させてすばやく敵の腕から抜け出す。その隙にフェルナドが不審者を撃退しようとしたが逃げられた。


「大丈夫か」

 追うのを諦め、フェルナドはクラウディアに歩み寄った。

 クラウディアは立ち上がろうとして、痛みに顔をしかめた。刺客から逃れる際に足を挫いていた。

「フェルナド殿下。助かりましたわ」

 フェルナドが差し出した手を掴んで、クラウディアは足を庇いながらゆっくりと立ち上がった。


「さきほどの男は何者だ?」

「おそらく、アニエス様を狙う隣国の間者かと」

 乱れた髪と服を整えて、クラウディアは落ち着きを取り戻した。不審者に見当がついていることに、フェルナドは既視感を覚える。


「刺客が現れると知っていたのか」


 礼を言って手を離そうとするクラウディアを留めて、壁際に追い詰めた。

 妙だと思った。クラウディアが向かった先で、タイミングよく現れた刺客。クラウディアの冷静な対処。ゲームとやらの知識だと思い至った。


 しかしフェルナドは必ずしもクラウディアを信用してはいない。間者と手を組んでいて、仲間割れをしたという可能性もあった。



「……ずっと見ていらしたのですね」

 クラウディアが肩を落として自分の不注意を恥じた。

「いずれにしても、なにか事情があるのだろう」

 当人の口から直接話を聞きたいという思いが先立って、フェルナドは答えを促した。


「実は、オディセン様とアニエス様のイベントだったのですが」

 疑いの目を向けると、クラウディアは肩を竦めて事情を説明し始めた。

「早めに芽を摘んでおこうと刺客を待ち伏せていたところ、思わぬ先手を喰らってしまいました」


 クラウディアが言うには、オディセンとアニエスが二人でいるところを刺客に襲われるというイベントだったらしい。オディセンが辛くも刺客を打ち倒し、二人の仲が深まるという筋書きだった。


「君は、自分が襲われたというのに何を言っているんだ」

 呑気に淡々と語るクラウディアに苛立ちを覚える。


「今までもこういう危ないことをしていたのか?」

 場慣れしている様子だった。今、怯えずに落ち着いた態度でいられることが、何よりの証左だった。フェルナドは眉間に皺を寄せる。


「そのようなことはございません。今回も、下調べは十分にして私が対処しきれなかったときの保険も」

「……もういい」

 冷たく言い訳を遮った。言い知れない不満が募る。人を呼んで、敵を捕獲するように指示を飛ばした。


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