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12. クラウディアの秘密2

「念のため、しばらくこちらに隠れていてくださいませ」

 クラウディアはフェルナドの背中を押して、クローゼットの中へと押し込めた。

「今参ります」

 ドアの外に返事をして、クラウディアは踵を返した。

 フェルナドは扉の隙間から様子を窺う。クラウディアは寮長の対応をしていて、不審者のことも上手く伝えているようだった。ひとまず安心して、フェルナドはクローゼットの奥へと目を向けた。真っ暗で中は見えづらい。


 さすがはエクスナ家というべきか、部屋も広かったが、クローゼットの中まで広い。ちょっとした部屋になっていた。一般の寮室並みの面積はありそうだった。寮といっても、家格や学院への寄付金の違いで部屋割りに格差があった。暗闇でもわかるほど、煌びやかなドレスがずらりと並んでいる。


(学院内でこんなにもドレスの数が必要か?)

 学院では大体の者が指定された制服を着用していたし、クラウディアもいつも制服姿だった。

 不躾ではあると自覚しつつも、初めて見る光景が興味深かった。手持無沙汰にクローゼットの中をうろつく。奥の壁際の一角は白い布で覆われて隠されていた。暗い中でも白色は目立つ。張り紙がしてあった。


『ジルへ。ここは絶対開けないこと!』

 ジルとは、侍女の名前か。

 フェルナドは束の間、思案した。好奇心が疼く。

 クラウディアの数々の不可解な行動の意味。その一端がわかるかもしれない。悪事を企んでいるなら、暴く良い機会だった。


 そう考えて、思いきって覆いを剥いだ。

 覆いの下には、段状になった棚が壁沿いに設置されていた。

 手縫いと思われる小さなぬいぐるみがふたつ、最上段に鎮座していて、仲良く寄り添っている。一方はピンクの髪の少女と思しきぬいぐるみ、もう一方は仮面を付けて黒い外套を羽織った男の形をしていた。


「これは……まさか私とアニエス、か?」

 下段に目を転じると、フェルナドがアニエスと行った場所や印象的な出来事が布や紙で再現されていた。


「ご覧になりましたわね?」

 地を這うような声が背中にかけられた。いつのまにかクラウディアが背後に立っていて、フェルナドは勢いよく振り返った。


「りょ、寮長は?」

 背中に冷や汗が伝い、思わず舌がもつれる。

「お帰りになりました。ご安心くださいまし」

 安心しろと言われても、クラウディアの纏う空気は不穏そのもので、不安しかない。クラウディアの持つ灯りがちょうど顔の下に位置していて妙な迫力が籠る。見てはいけないものを見た後ろ暗さが遅れてフェルナドを襲った。


「我が聖なる祭壇を見られてしまったからには仕方ありませんわね……。いずれお話するつもりではありましたが」

 言い知れぬ恐怖を感じて、反射的に逃げようとしたところ、異常なすばやさで移動したクラウディアがクローゼットの出入口を阻む。


「うふふ。お待ちくださいませ」

 すばやく移動したせいで、クラウディアの羽織っていたガウンやスカートがはだけて白い肌が露わになる。動揺して視線を逸らしたフェルナドをよそに、クラウディアは平然と着崩れた夜着を整え直した。

「こちらでは何ですし、隣へ移動しましょうか」

 今は逃れようがない。フェルナドは観念してクラウディアに従うことにした。


 魔道具の一つである特殊なランタンに灯りがともり、ローテーブルに向かい合って座った。

「実は、私は転生者と呼ばれるものなのです」

「転生者?」

 耳慣れない言葉にフェルナドは首を傾げたが、ややあって、記憶の中から該当する知識を引っ張り出した。


「あれか……。思い出した。別の時代から生まれ変わった者を称する名。王立劇場の題目で昔流行っていたと聞いたことがある。架空の設定だが、劇に感化されて自分がそうなのだと名乗りでる者が後を絶たなかったとか」

 物語に本気で影響された者が続出し、王都は軽く混乱に陥った。事態を重く見た当時の為政者は、その手の劇の公演を禁止し、関連本は城の禁書庫に封じられた。



「なるほどな」

 得心がいった。どこからそういう情報を仕入れたのかはわからないが、検閲を逃れた書籍がたまに市井から見つかることもあった。クラウディアの手元に流れることもあるだろう。フェルナドの視線が痛々しいものを見る目に変わった。


「安心しろ。そういう現象は年を経るにつれて治っていくものだそうだ」

「もう! 思春期特有の病気ではありません」

 クラウディアが珍しく頬を膨らませる。ぴしっと人差し指を目の前に立てた。


「この際、信じなくて結構です。ですが私の言う通りに動いた結果、どうなりました?」

「……」

「アニエス様と親密になられましたわよね」

「……振られたがな」

「まだ見込みはありますよ」

 ふ、と口元を綻ばせて、クラウディアは本題に戻る。


「転生とは申しますが、私はこの世界でなく別世界から来た者です」

「別世界?」

 クラウディアが言うには、この世界とまったく異なる世界が存在していて、前世のクラウディアはそこで生まれ育ったらしい。

 魔法の存在しない世界で、前世のクラウディアは架空の物語を、動く画像で映し出すゲームと呼ばれるもので楽しんでいた。


 その物語に登場するアニエスとフェルナドの二人が親密になり、恋人になることがクラウディアにとって一番望む結末であったとか。アニエスが他の者と結ばれる結末もいくつかあったらしいが、前世のクラウディアはアニエスとフェルナドのファンだった。ちなみにクラウディア・エクスナも物語に登場していて、本来はアニエスの恋路を阻む悪役令嬢という立ち位置だったらしい。


 黙ってクラウディアの話を聞いていたフェルナドはやがて首を振って呆れた声を出した。

「そんな荒唐無稽な話を信じられると思うか?」

 クラウディアは淡々とフェルナドの言葉を肯定した。

「私が仮に逆の立場だとして、信じるのは難しいと思います。だから転生のことは信じて頂かなくて結構です」


 クラウディアは一度目を伏せて、ぎゅっと両手を組んだ。

「ただ、私はフェルナド様とアニエス様が結ばれることを心から願っております。その悲願を成就することこそが私に課せられた至上の使命であり、目的なのです。ですから私の願望だけでも信じて頂ければ、必ずやお二人を幸せに導きます」


「……確かに、これまで散々手助けしてもらった」

 奇怪で多少強引な方法ではあったが、そこに悪意は感じられなかった。見返りも今まで求められたことはない。


(信じてもよいものか)

 かつて二度も手酷く裏切られた。そのたびに心を揺らさないよう、仮面の呪いに呑まれ、闇に堕ちてしまわないように必死で耐えた。

(もう裏切られるのは御免だ)



 フェルナドはクラウディアに頷いてひとまず信用する振りをすることにした。

「では、目的が一致したということで、よろしいですね?」

 クラウディアは握り拳を作って、フェルナドの前に差し出した。


「?」

「昔、というか前世で友人と意気投合したときによくしていた仕草ですわ。殿下も拳を作って私の拳にあわせてくださいまし」

「…………」

 しなければいけないのだろうかと、拳とクラウディアの顔を交互に見る。クラウディアは拳を掲げたまま、キラキラと期待の眼差しでフェルナドを見つめている。

 やがて無言の圧力に負けて、逆の手を握り込んで差し出した。

「これで私たちは運命共同体ですわ」



 話が落ち着いたところで、フェルナドは当座の問題にぶち当たった。ここからどうやって城に帰るかである。

 夜半に寮から脱出するにしても、学院の門は閉じている。学院の外に待機させていた護衛は、フェルナドの動向について王家の諜報員を通じて把握するだろう。さすがに外に留まったままでいるとは思えない。各所にどう説明したものか、フェルナドは頭を悩ませた。


「外は寒いですし、暗いから危険です。ここで夜明けまでお過ごしください」

 クラウディアは立ち上がってフェルナドに自分のベッドを示した。そして部屋の奥から毛布を引っ張り出してきてソファまで運んだ。


「いや、私が全面的に悪いのだから逆で構わない」

「フェルナド様のことですから、そう仰せになると思いましたが」

 クラウディアは困り顔で思案したあと、折衷案を出した。

「殿下にソファでお休みいただくことなどできません。かといって、殿下はお譲りにならないでしょうし……。仕方がありません。ベッドも広いことですし、半分こして寝ましょう」

「…………君は何を言っているんだ」


 ソファで寝るよりまずい。フェルナドはさっさとクラウディアの手から毛布を奪い取って、ソファに横になって陣取った。

「夜に暖炉の火を灯すわけにはいきませんし。ソファでは確実に風邪を引いてしまいますわ」

 クラウディアが心配そうに声を掛けた。

「殿下がベッドでお休みにならなければ、私も寝ません」

「……」

 向かいのソファに座って、じっとフェルナドを睨んで動かない。小さくくしゃみをする。クラウディアが寒さに震えるのを見かねて起き上がった。


「わかった。寝ればいいのだろう」

 外套を脱ぐとクラウディアはいそいそとそれを受け取った。

「推しの上着……」

 クラウディアがそっと顔を近づけて外套に頬ずりをした。フェルナドの冷めた視線に気付いたクラウディアが照れながら謝罪をした。

「申し訳ありません。皺になってしまいますよね」

「そういう問題ではない」

 クラウディアのペースに呑まれっぱなしで、もう咎める気も起きない。



「では、隣に失礼しても構いませんか」

 ベッドに上がると、クラウディアもガウンを脱いでフェルナドの返事を待たずにベッドに入ってきた。衣擦れの音が広く静かな室内に響く。

「お休みなさいませ」

「…………ああ」

 仰向けに天蓋を眺めながら、何の罰だろうかと考えたが、事の発端は自分の軽率な行動のせいであった。毛布に身を包むと柔らかで甘い香りに満たされて、とても平静ではいられない。


 何度か寝返りを打つ。色々とありすぎて心身ともに疲れていたが、一向に眠気は襲ってこなかった。目を閉じて大分経つが、緊張で眠れない。しばらくして、クラウディアが瞼を持ち上げてフェルナドに声を掛けた。


「フェルナド様。起きていらっしゃいますか?」

「……眠れると思うのか?」

 フェルナドが恨めしげに呻いた。

「では、構いませんよね」

 クラウディアが距離を詰めてきてフェルナドは焦った。声が上擦る。

「クラウディア嬢」

 クラウディアはフェルナドの手を取って自分の指に絡めた。ひやりとした感触が伝う。


「実は私、フェルアニについて語れる仲間が欲しかったのです!」

「…………」

「フェルアニとは、畏れ多くもフェルナド様とアニエス様の名前を割愛した名称なのですが」

 まずカップリングについての説明から始まり、そのあとは個々の美点についてクラウディアは延々と語り始めた。それから頼みもしないのに、いかに二人の組み合わせが素晴らしいかということを滔々(とうとう)とフェルナドに語って聞かせた。


まさかその後、夜明け近くまで熱弁を振るわれることになるとは夢にも思わなかった。

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