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11. クラウディアの秘密1


 すでに日は沈んでいた。

「はぁ」

 学院内の女子寮に続く庭で、フェルナドは所在なく立ち尽くしていた。石畳の先にある女子寮を見上げる。もうとっくに帰城しなければいけない時刻だった。

 しかし未だ帰ろうとしないのは、ここ最近答えの出ない問題で頭を悩ませているからだった。

 今さらだが、クラウディアの真意が知りたくなった。


 認めるのは癪だが失恋したとき、クラウディアのおかげで気持ちを持ち直すことができた。最初こそぎこちなかったが、アニエスとまた自然に言葉を交わすことができるようになった。


 クラウディアはアニエスが憎くて嫌がらせをしたわけではないと、以前語っていた。さらにフェルナドを助けることが罪滅ぼしだとも言っていた。だが、そのクラウディアの言葉を真に受けてはいない。

 学院での様子を見る限り、クラウディアはアニエスに冷たい対応を取っており、嫌っているように見える。一方で嬉々としてフェルナドの恋路を応援する様子からはアニエスに嫌悪を抱いている印象は受けない。それどころかアニエスの聖女としての成長を逐一気にかけ、繰り返し褒め称えていた。ちぐはぐな態度は何を意味するのか。


 少なくない時間と労力を費やしてまでフェルナドに助力するのは何の意味があるのか。

 邪魔者のアニエスを退けてナザレに近付きたいのか、純粋にフェルナドの恋路を応援しようとしているのか。



 リジェルから改めて話を聞いて、疑問に思ったことがある。

 リジェルの生家であるリスティ家は昔からアレブス家とは縁が深く、エクスナ家とは敵対関係にある。はたしてクラウディアに脅されたとして、そう簡単に言うことを聞くかどうか。それに調べたところによると、学院を辞めたリジェルは侍女としてアレブス家に仕えることになっているようだった。


 クラウディアが嫌がらせを行うよう命令した証拠もなかったと伝え聞いた。リジェルの証言が敵対派閥であるクラウディアを貶めるための嘘だったのではないかとも考えられる。だとすれば、なぜクラウディアは否定しなかったのか。


 フェルナドは以前より詳細にクラウディアとその周囲を追って調べてみることにした。


 復学してふた月ほど経っても、相変わらずクラウディアは学院では主に一人で行動し、すっかり浮いた存在となっていた。学業は以前調べたときと変わらずそつなくこなしている。令嬢が中心となって開いている茶会に時折誘われていて、参加することもあるようだ。最低限の交流は維持している。ほかにはナザレに纏わりついたり、イグレイス一派とやり合ったり、フェルナドに助言をしたりなどして、忙しくしているようだった。


 生家であるエクスナ家についても調べた。

 エクスナ家は建国当時から王族に仕える名家ではあるが、ほかの貴族からはすこぶる評判が悪い。情勢に応じて色々な派閥を行ったり来たりするためだ。貴族たちからは蝙蝠のようだと蔑まれ、嫌われていた。それにも関わらず家格を維持し続け、国の重要な役職に就くこともあるのは、それなりに地力があり派閥のパワーバランスを取るのにちょうどよい存在であったからだ。しかし人望は圧倒的にない。


 エクスナ家の歴史に関して城の図書室で調べていると、途中で記述が途切れていた。司書に聞くと数百年前にあったゼルマインの大火災により、エクスナ家に関する史料はほぼ消失し復元が叶わなかったとのことだった。続けて学院の図書室でも調べているうちにすっかり日が沈んで遅くなってしまった。

 そうして今までの経験と情報を総合した結果から、結論に至った。


 クラウディア・エクスナは信頼するに値しない。彼女は何かを隠している。

 悪意が感じられないからといって、味方であるとは限らない。


 フェルナドは過去に何度か裏切られている。親友だと思っていた相手。尊敬する師。クラウディアはアニエスと違って得体が知れない。それでも強く拒むことはできなかった。信じてみたいと、淡い期待を抱いている自分に気付いてしまってからは、とくに。フェルナドと真摯に向き合ってくれる姿勢に絆されたきらいはある。そのクラウディアに「チョロい」と言われたことを思い出して、フェルナドは首を振った。



「だいたい、クラウディア嬢が悪い。人の調子を狂わせることばかり言う」

 ぶつぶつと文句を垂れながら、フェルナドは寒さに身を震わせた。日に日に寒さも増して夜が長くなっている。

 会うのは明日にしたほうがいいとわかってはいても、ずっと借りを作ったままにしておくにはフェルナドの心情的に落ち着かない。


(寮長に呼び出してもらい、少しだけでも話を聞いてみるか)

 約束を取り付けるだけでもいい。以前話していた、クラウディアの目的が何かを知りたかった。



 そう決意して踏み出そうとしたとき、草むらの向こうに怪しい人影が横切るのを目撃した。人影は女子寮の中に入っていく。


(まさか、また間者か!?)

 何度も刺客がアニエスを狙っていた痕跡がある。ナザレたちも警戒して、学院の警備を厳重にしていた。


 不審な影を追いかけて、女子寮へと向かう途中で見失った。入口に近づくと、わずかに扉が開いている。中に入ることを一瞬躊躇ったが、何かあってからでは遅い。フェルナドは思い切って建物の中へ立ち入った。


 薄暗い廊下に目を凝らす。庭に面した窓から月明かりが入ってきて、それを頼りに先へ進んだ。男子寮と大体同じ構造のようだった。男子寮ならば足を踏み入れたことがある。一階はしんとしていて、人の気配がない。皆自室で就寝前の自由な時間を過ごしている時刻だ。廊下を渡り、階段から二階へと上がった。

 二階に上がり、廊下を見渡す。不審者の姿は見えない。完全に見失い、思わず舌打ちした。


「だれ!?」

 ゆらゆらと揺れる灯りを持った人影が廊下の先に見えた。運悪く、寮長の見回り中に出くわした。すぐに物陰に隠れるが、灯りが少ない中、知らない場所を歩き回るのは困難だ。一階からも足音が聞こえる。見つかるのは時間の問題だった。フェルナドは焦ってあたりを見回す。そのとき、かちゃりとそばで扉の開く音がした。

 見知った人影が部屋に入ろうとするところを見つけて、閉じようとする扉の中に滑り込んだ。


「きゃっ!?」

 咄嗟に相手の口を塞ぐ。

「しっ。頼む。静かにしてくれ」

 小さな声で囁いて懇願した。そっと口を塞いでいた手を下ろす。


「あらら……。こんばんは。フェルナド様」

 長い黒髪を無造作に流し、白い夜着に身を包んだクラウディアが灯りを持って立っていた。

「突然だが、少しの間匿ってくれないか。事情は後で説明する」

 クラウディアは驚いてはいたが、即座に状況を把握し、さほど取り乱すこともなくフェルナドを部屋の奥へと招き入れた。後ろ手に扉を閉める。

 寮長をやり過ごすあいだ、フェルナドはここに至った経緯をクラウディアに説明した。


「不審者を追って、女子寮の中に入ってきたというわけですね」

「軽率な行動であったことは反省している」

「ええ。私、さすがに呆れています」

「そうだな……。ほかの方法を模索すべきだった。警備に連絡するなり、今からでも……」

 クラウディアは首を振った。

「なぜアニエス様の部屋に入らなかったのですか?」

「…………は?」


 聞き間違いかと思ったが、クラウディアはいたって真面目な顔をしていた。

「アニエスの部屋の場所など知るわけがない。知っていたところで女性の部屋に易々と押し入れるわけがないだろう」

「今お入りになっていますけれど」

「君は別だ」

「まぁ。嬉しい特別待遇、痛み入ります」

「……いや、すまない。本当に申し訳ないと思っている。だが他の者に見つかると……」

「呪われた王子に加え、変態の仮面王子と皆から呼ばれることになりますわね」

「……」

 仮面の下から覗く、暗く光る目に殺意が見て取れて、クラウディアは本気で謝罪した。さすがに無礼が過ぎた。


「それにしても。はぁ……。イベントの瞬間を目にしようと廊下をうろついたことが裏目に出てしまいましたわ……。私としたことが」

 不穏な言葉にフェルナドが反応した。

「! まさか君が間者を引き入れているのか?」

 最近は、信用はできないにしても、周りから言われるほど悪い人間ではないのかもしれないと思えてきたところだった。誤解だったのかと剣呑な雰囲気を纏う。


「いえ、今回は単なる男女の逢引だったはずです。間者ではありませんね」

「は?」

 クラウディアが奇妙な言動をするのは今に始まったことではない。それでも毎回疑問符が頭に浮かんだ。


「おそらく間者ではありませんから、心配いりません。ですが念のために寮長に伝えてはおきます」

 ドアがノックされる。

「クラウディア嬢? 何かありましたか?」

 先ほどの寮長の声だった。フェルナドが息を呑む。

「こちらへ」

 小声で言って、クラウディアはフェルナドの手を取り、部屋の奥のクローゼットへと促した。

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