10. 呼び出し
クラウディア視点になります。
学院の周囲に植えられた木々はすっかり葉を落とし、空が一段と遠く感じる。寒い日が続いて冬が深まり始めていた。
クラウディアの努力の甲斐もあって、アニエスとフェルナドは以前のような関係に戻りつつも、アニエスのほうは僅かにフェルナドを意識した態度が見られるようになった。
クラウディアは確かな手ごたえを感じつつ、フェルナドにあれやこれやと助言する日々を送っていた。
フェルナドの日頃の行いで良いと思った部分は具体的に褒めそやし、良くないと思った部分は率直に告げた。
愛情深い国王夫妻の教育の賜物か、呪いを受けているにも関わらず、フェルナドの自己肯定感は意外と高い。あとは他人からの評価を加え、さらに自信をつけてもらうのが狙いだった。そのなかで時折、フェルナドからもの言いたげな視線を感じた。クラウディアの真意がわからず、困惑しているのだろう。
クラウディアはそれを明かしていないのだから仕方がない。ただアニエスとの関係を発展させるため、もう一歩踏み込んでフェルナドの信用を得る時期に来ていると感じていた。
授業を終えた後、先生から呼ばれているという言伝を得た。急かされてクラウディアが学院の一室へ入ると、生徒会の錚々たる面々がクラウディアを待ち受けていた。案内してきた生徒によって扉が閉じられる。無機質な扉の閉じる音がクラウディアの背後で響いた。
クラウディアは冷静に室内を見回した。ホーネックを挟んでオディセン、ロイスが両脇に居並び、クラウディアを睨み付けていた。
(ナザレ殿下がいらっしゃらない、ということはこの方たちの独断でしょうね)
男だけの密室に女一人を呼びつけるなど貴族としてあり得ない。常識すら身に着けていないようだ。クラウディアは呆れた。
「クラウディア・エクスナ。よくも我々の邪魔をしてくれたな」
開口一番にクラウディアを威嚇したのは、騎士の家系であるオディセンだった。
「私たちがいがみ合うように仕向け、建国祭にアニエスを誘えなくしただろう!」
ホーネックがオディセンの後に続いてクラウディアの所業を責め立てた。
「大体、最初にダークウルフ相当の魔物を三十匹一人で狩ってきた者と建国祭にデートするなんて、アニエスが言うはずなかったんだ!」
(今さら見抜いたわけですね)
建国祭が終わってもう三週間経とうとしていた。ちなみに魔物を大量に狩ったために、それぞれ実戦で腕を磨く良い機会になったようでなによりである。
「妨害致しましたが、それがなにか?」
とくに誤魔化す理由もなかったので、クラウディアは堂々と仁王立ちで扇を翳した。
「そもそも。婚約者がいる身でありながら、ほかの女性をデートに誘うのは誠実さに欠けますわね」
「あんたには関係ないでしょ」
厚顔無恥を地で行くチャーニ家のロイスは皮肉な笑みを浮かべた。
「関係はありませんが……私が邪魔をしたとして、上手くいかなかったのならば、その程度の関係だったのでは? 結果として婚約者を裏切らずに済んで良かったではありませんか」
クラウディアが集めた情報によると、各々婚約者やその家族と建国祭の貴重な一日を過ごしたという。
「はぁ……」
ホーネックはこれ見よがしに溜息を吐いて、話題を変えた。モノクルを神経質に押し上げる。
「クラウディア嬢。ナザレ殿下の婚約者候補に名を連ねて逆上せあがっているようだが、建国以来、エクスナ家の血筋から王族を輩出したことはない。婚姻したことすらないのだよ」
「学院での君の生活態度について、たびたび生徒会に苦情が来ている」
オディセンが後ろ手に組んで、クラウディアの周囲をゆっくりと歩いた。
「ただ古いだけが取り柄の家柄で、ナザレ殿下の覚えめでたいとでも? 勘違いも甚だしい。事あるごとに我らが殿下に纏わりついて目障りだ。日頃の傲慢で思い上がった態度は目に余るぞ」
新興貴族の筆頭であるルムイ家のオディセンは、エクスナ家に引け目を感じている。クラウディアに対し、敵対心を剝き出しにしていた。
「最近はフェルナド殿下にまで媚びを売っているそうだね」
椅子の背もたれを前に腰掛けながら、売女が、とロイスは小さく罵った。
クラウディアが言葉の意味を知らないとでも思ったのだろう。さすがは庶子の平民出だとクラウディアも心中でこき下ろした。
「反論はないのか」
ホーネックはクラウディアの前に立ち、下を向いたクラウディアの反応を窺った。
クラウディアは少し考える素振りで顔を上げて、ひとりひとりに真っ直ぐに目線を合わせる。それから扇を顔の前で翳して目を細めた。
「女一人をよってたかって吊るし上げて、良いご趣味ですこと。ご気分は晴れましたか?」
「なんだと」
「アニエス様に振り向いてもらえない、憐れなご気分は晴れましたか、と申し上げているのです」
ホーネックが無言でクラウディアの胸倉を掴む。拳を振り上げた。背後でオディセンが止めに入ろうとしたが、一歩間に合わない。ロイスはいびつに口角を上げた。
バン、と背後で扉が勢いよく開かれる。
「お前たちは、私の話を聞いていなかったようだな?」
思わぬ人物の乱入に、三人は固まった。ホーネックは瞬時に手を引っ込めてクラウディアを解放する。
「な、ナザレ殿下……」
「独断で貴族の令嬢を尋問か。そのような権限を与えたことはないが、相応の処罰は覚悟しているのだろうな」
ナザレは室内に足を踏み入れ、三人とクラウディアのあいだに割って入った。
「しかし、エクスナ嬢は他国の間者を招き入れた疑いが」
「……本当に聞いていないのだな。しかも、その件とは関係のないことで揉めていたようだが」
「……申し訳ございません」
「……」
(暴力沙汰になれば徹底的に潰して差し上げようと思っていましたのに。残念……)
クラウディアはナザレの乱入を口惜しく思った。がっかりしつつ扇を上下にあおぐ。
しばらく無言で頭を下げ続ける三人を、腕を組んで眺めていたナザレは、軽く肩を竦めた。
「なんでも謝れば許されると思っているようだから、この際徹底的に話そうか。罰は……それからにしよう」
「ひっ」
ホーネック、オディセン、ロイスの三人が一斉に顔を青くさせる。
(え~)
クラウディアも背筋が寒くなった。まさかこのまま巻き込まれるのだろうか。
思えば、ナザレが介入したのは絶好のタイミングだった。会話の内容も明確に把握していた。最初から叱責するつもりで部下を泳がせていたと推測する。
遅れてやってきたアニエスが室内に入り、クラウディアのもとへ駆けつけた。
「クラウディア様! ご無事ですか」
確認しようと伸ばされた手を煩わしく振り払った。
「この通り、ナザレ殿下のおかげで無事です。けれど、アニエス様が無駄に愛想を振りまかなければ、彼らとて勘違いせず、理不尽に私が責められることもなかったでしょうに」
「あ……」
アニエスは力なく手を下ろした。頭を垂れたまま、件の三人はぎろりと一斉にクラウディアのほうを睨み付ける。
(良い気味ですわ)
アニエスへの嫌みというより、勘違い男たちへの当てつけである。勝ち誇った笑みを見せつけていると、ナザレがクラウディアのほうへ向き直った。
「エクスナ嬢」
ナザレはクラウディアの体を一瞥して無事を確認する。それから誠意を見せた。
「部下の教育が行き届いていなくて申し訳ない」
「いえ、とんでもございません」
「ただ……」
ただ、なんだろう。クラウディアの落ち度でも指摘されるのだろうか。
クラウディアは反論するつもりで身構えた。
「興味本位で兄上に近づくのは関心しないな」
アニエスへの発言に対して苦言を呈されるかと思えば、意外な方向から釘を刺された。微妙な接続詞を使ったのはわざとか。不意を突かれたが、焦らずクラウディアは答えた。
「興味本位などと。僭越ながら、フェルナド殿下のご相談に乗っているのです」
「へぇ」
柔らかで人当たりの良い笑顔だが、どこか寒々しい気配が漂ってくる。
「どのような相談なのか、今度私にも教えてくれないか」
「個人的な事ですので、私からは申し上げることはできません。フェルナド殿下から直接お聞きくださいませ」
喉がひりついて、ひとつひとつ発言するのに、異様に気を遣う。なぜか追い詰められている錯覚を味わうほどナザレの周りの空気は張り詰めていた。
「そうか……。わかった。先ほどは中断させて悪かったよ。もう行っていい。アニエスも」
先ほどとは、部下の暴力行為のことだろうか。恐ろしくてわざわざ確認はしなかった。室外へ移動する。扉を閉めることでようやく解放されて、ほっと一息吐いてひとり呟いた。
「さすがはナザレ殿下。格下とは比べ物にならない迫力ですわ……」
室内に残った者たちは地獄を見るだろう。
心配そうに扉とクラウディアを交互に見るアニエスを残し、クラウディアはその場を去った。




