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1. 占い師クロウ


 昨夜から降り続いた霧雨は朝方に止み、ひんやりとした清涼な空気がエインセント城下の都を包んでいた。クラウディアは人目につかないようにエクスナ家の屋敷を出ると、町の大通りを抜けて道を小走りに急いだ。

 道中、冷たい空気に晒されて身を震わせ、肩に巻いたショールを掻き抱く。空には薄い雲がかかっている。やがて王立学院の建物が見えてきて、歩調を緩めた。息を整えつつ、王立学院沿いの道を逸れる。近くの路地にある質素な小屋へと向かった。

小屋の前にはもうすでに王立学院の制服を身に纏った女子学生が数人並んでいた。小屋の裏手に回り、素早く着替えを済ませる。ベールで素顔を隠し、幕を潜った。

 中から小屋の表にいた女子生徒に声を掛ける。


「ごめんなさい。お待たせしてしまいましたわ」

「あ、占い師様! 今日はよろしくお願いします」

 先頭で待っていた女子生徒が頭を下げる。ここを何度か訪れている顔馴染みの客であった。クラウディアは頷くとその女子生徒に中へ入るように促した。小屋の中央には丸テーブルがあり、椅子が二脚、向かい合わせに配置されている。テーブルの上には透き通った丸い水晶が小さなクッションの上に置かれていた。


 クラウディアは水晶の前に座り、女子学生と向かい合った。

 アイリと名乗った少女は、占い師に扮するクラウディアに相談を持ち掛けた。

「さて。今度のあなたのお悩みは何かしら」

 腰まで流した翠の黒髪に異国風の装い、ベール越しに見つめる蒼く透き通った瞳がクラウディアの神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「実は最近、婚約者の態度が素っ気なくて……。デートに誘っても断られるんです。私、彼に何かしたんでしょうか」

「ふむ……」

 クラウディアは水晶を覗き込む仕草で、アイリに確認する。

「確か、お相手はチェローズ家の次男でしたわよね?」

「はい」

「視えました」

 水晶に両手を(かざ)して、球体を覗き込む。

 クラウディア・エクスナはエインセント王国の中でも有数の有力貴族の出である。エクスナ家の力を持ってすれば、色々な情報を手に入れることは容易であった。クラウディアはその情報網からチェローズ家の最近の動向について覚えている限りの記憶を手繰った。


「色々なお店を回っている蒼い髪の青年の姿が視えるわ。花束を注文して、それからオルゴールを探しているみたい……?」

「オルゴール……。あ、ひょっとして」

 思い当たる事柄があったようだ。アイリの目が見開かれる。

「安心していいと思うわ。近いうちに良い知らせがあるかもしれないわね」

「はい! ありがとうございました!」

 晴れ晴れと、とまではいかないが、スッキリとした表情でアイリは席を立つ。ぺこぺこと頭を下げるアイリに、手を振って見送る。

 クラウディアは次の客を促した。

「クロウ様。実は私、最近気になる人ができて」

「ふむふむ」

 クラウディアが何人目かの客を相手に占いをしていると、小屋の外が突然騒がしくなった。


「お前たち、何をしている」

「ひっ」

「フェルナド殿下……!?」

 ざわめきに女子生徒の怯えが混じる。クラウディアは招かれざる客がやって来たことを悟った。小屋の出入口にかかった幕が無造作に(まく)れ上がる。

「さっさと学院へ戻れ。もうすぐ授業が始まるぞ」

 不気味な仮面が顔の上半分を覆っている、黒い外套を羽織った長身の男が小屋の出入口に立っていた。

 椅子に座っていた女子生徒が慌てて立ち上がる。外に並んでいた女子生徒たちが心配そうに中の様子を窺っている。フェルナドがひと睨みすると、蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 生徒たちがいなくなったのを見届けて、フェルナドは占い師に向き直った。仮面越しに厳しい視線が投げかける。


「届け出のない商売は完全な違法行為だ。クラウディア・エクスナ」

 ベールで顔を隠していても、目の前にいる占い師然とした人間がエクスナ家のクラウディアだと知っている。正体がばれていては仕方ない。下手なごまかしは通じない相手だとクラウディアは冷静に認めた。

 クラウディアは大人しくベールを剝いで、慌てず落ち着いて反論した。

「フェルナド殿下。ごきげんよう。金銭のやり取りはしていませんから、商売ではありませんわ」

「情報交換も商売のうちだ」

 クラウディアは否定せずに黙って微笑む。フェルナドがクラウディアの動向について、予想以上に調べていることに内心驚いた。

「それ以前に、お前は謹慎処分中であるにも関わらず屋敷の外を出歩いているのだから、相応の処分を覚悟するのだな」

 正体を暴いてもたじろぐ様子のないクラウディアに対し、フェルナドは面白くもなさそうに吐き捨てた。

 ピシ、ピシリ。

 小さな亀裂が入る音がして、二人してそちらに視線を向ける。

 フェルナドの姿がはっきりと映り込んだ途端、テーブルの上の水晶にビシリと大きな亀裂が走る。


「まぁ。大切な道具に傷をつけられては困りますわ。フェルナド殿下」

 のんびりとした口調だったが、クラウディアは水晶のヒビの原因はフェルナドのせいだと断定した。フェルナドはフン、と鼻で笑って応じた。

「インチキな商売の道具を壊したところで何になる。それに、これは意図的にしたのではない」

 言い掛かりとも思えるクラウディアの非難をフェルナドは肯定した。椅子の背もたれに肘をついて寄りかかる。

 フェルナドの付ける仮面には呪いがかかっていて、その姿を映した鏡面はことごとく割れてしまう、ということだった。水晶も例外ではなかったようだ。クラウディアはそっと溜息を吐いた。

 さほど広くもない小屋の中、上背のある男から凄まれると大層圧迫感がある。フェルナドの顔半分を覆うアイマスクは毒々しい色の装飾が施されていて、見る者の不安を搔き立てた。不気味なその仮面が威圧感をさらに際立たせていた。


「殿下が怒らなければヒビまで入らなかったかと」

「誰が怒らせたと思っているんだ」

 仮面のせいで微細な感情までは読み取れないが、声は明らかに怒気を孕んでいた。

 そこいらの貴族令嬢なら、あまりの怖さに泣いて許しを請うていたところだろう。しかしクラウディアは椅子に座ったまま平然と微笑んでフェルナドを見返している。

 可愛げのない女だとフェルナドは内心蔑んだ。

「はぁ」

クラウディアは大げさに肩を落として観念した様子を見せた。それから上目遣いにフェルナドを見る。

「それなりに繁盛していましたのに……店仕舞いせざるを得ませんわね。せっかくですから、最後に殿下も占って差し上げましょうか?」

「くだらん」

 フェルナドは一笑に付した。一方、クラウディアは意味ありげに笑みを深めた。

「本当に? たとえば、アニエス様とナザレ様のご関係がどこまで深まっているのか、お知りになりたいと思いませんか?」

 その瞬間、バキッと大きな音とともに水晶が真っ二つに割れた。テーブルの上に球体であったものがごとりと転がった。

「あらまぁ」

 クラウディアは口元に手を当てて目を瞬かせた。

「これはもう使えませんわね。当店ではタロット占いもしていますが、いかがしましょう」

「必要ない」

「ですが、フェルナド殿下はアニエス様のことがお好きなのですよね」

「黙れ。お前には関係ないだろう」

 フェルナドがテーブルに両手をついて声を荒げた。明らかな焦燥が見て取れる。

「無関係ではないかと。私はアニエス様に嫌がらせをしたことが露見して、謹慎処分となったのですし」

「何を偉そうに。自業自得だろう」

「ええ。ですからせめてもの罪滅ぼしに、人の恋路の応援でもしようかと」

「ふざけたことを。お前に何がわかる!」

 フェルナドが拳を荒々しくテーブルに叩きつける。細かい水晶の欠片がポロポロとテーブルから零れ落ちる。

「わかります。柔らかなピンクブロンドの髪を持つ可憐な面差しに、誰にも分け隔てなく優しく接することができる、真っ直ぐで強い心根をお持ちです。そして何事も努力を厭わない才気溢れる瞳。貧しい下級貴族の娘ながら、人を惹きつけずにはいられませんわ」

「……はぁ?」

 呆気にとられてフェルナドはぽかんと口を開けた。思いもよらぬアニエスへの賛辞に、フェルナドが怪訝な声を上げた。

「お前はアニエスを嫌っていただろう。いきなりアニエスを持ち上げて、どういうつもりだ。減免でも望んでいるのか」

 クラウディアは頭を振った。

「別に私はアニエス様が憎くて嫌がらせをしていたわけではありません。明確な目的があってのことです」

「目的?」

 憎くもない相手に嫌がらせをする目的というのはどういうことかと、フェルナドはますます不審がった。

「まぁ、それについてはおいおい説明させて頂くとして」

 クラウディアは弧を描いた口元に人差し指を添える。そして底知れない笑みで余裕たっぷりに提案した。


「私がフェルナド様とアニエス様の仲を取り持って差し上げますわ」


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