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喋るカラスとお姫様

作者: 神輿 結



 ある夜の森の中。綺麗な着物を着た美しいお姫様が、馬車に乗って移動していました。


 これからお姫様はあるところに行くのです。そのために、着物もいつもより豪華で色とりどり。ですがお姫様は浮かない顔で、ずっと馬車の外を見ています。

 

 そうしていると、御者が急に馬車を止めました。


「どうしたの?」

「それが、カラスが怪我をしてまして。邪魔で通れないんですよ」

「まあ、大変!」


 慌てて馬車を降りれば、確かに傷ついたカラスがばたばたともがいています。片方の羽に矢が刺さっていました。血も出ていて、とても痛々しい姿です。お姫様はそっとカラスを抱き上げました。


「このカラスの手当てをできないかしら?」

「ですが姫様、今は移動中で……」

「もう少しで宿につきますから、そこで手当てをなさっては?」


 頭ごなしに言うお付きの人を見かねたように、護衛の一人が声をかけました。

 お姫様が向かう場所は遠く、馬車に乗って宿を何回も泊まらなければなりません。もう夜も遅いので、森を抜けた後にある宿に泊まろうと思っていました。


「まあ、それなら……」


 お付きの人は渋々ながら頷きました。預かっている高貴な「お姫様」が、カラスなんかの手当てをすることが不満なのでしょう。


 ともかく、このカラスの手当てをできるようです。お姫様はほっと胸を撫で下ろしました。

 そんなお姫様を、胸に抱かれたカラスは黒い瞳でじっと見つめていました。





「ふう、終わったわ」


 矢を抜き取り、薬を塗って包帯を巻き終えたカラスを前に、畳の上に座ったお姫様は息を吐きました。


 ここは先程ついた宿の一室です。お付きの人も護衛も追い出して、お姫様は一人でカラスの手当てをしていたのでした。


 包帯を巻かれたカラスは、起き上がってちゃぶ台の上をひょこひょこ歩きます。ひとしきり確かめるように歩いた後、お姫様を見つめました。

 よく見ると、カラスの黒い瞳は綺麗な色をしていました。夜の闇のように深く、黒曜石のように綺麗な黒です。

 お姫様は手当てをしたカラスをそっと撫でました。


「良かったわね、カラスさん」

『ああ、全くだ』


 どこからか声が聞こえて、お姫様はきょろきょろと辺りを見渡しました。誰が言ったのでしょうか。


『ここだよ、ここ』


 声はまた聞こえました。よく聞くと、どうやらかなり近くから聞こえた気がします。

 前のちゃぶ台を見れば、カラスがじっとこちらを見つめています。

 お姫様と目が合うと、カラスはにやりと笑いました。


『やっと気づいたか。お相手が目の前にいるのによそ見をするなんて、随分とつれないお姫様だ』


 お姫様はようやく気づきました。そして驚きました。

 なんということでしょう。このカラスは喋っているのです! 喋るカラスなんて、お姫様は生まれてこの方見たことありません。


「まあカラスさん、貴方は喋れるの?」


 お姫様が言うと、カラスは一瞬間を開けた後答えました。


『ああそうだ、俺はカラスさ。少なくともお前さんにとっては、俺はただのカラスなんだろう』


 それはお姫様の質問にはちょっとずれた答えでしたが、お姫様様は不思議に思いました。おかしなことをいうカラスです。どこからどう見てもただのカラスではありませんか。


『それにしても助かったぜ、お姫様。あのまま野垂れ死ぬところだった。偉大な俺様があんな最後を迎えるなんて、草葉の陰から仲間の面を拝めない』


 それにしても先程から、よく口が回るカラスです。舌が疲れてしまわないのでしょうか。

 しかしカラスの言葉を聞いて、お姫様は少しおかしくなってしまいました。ただのカラスが「偉大な」だなんて!


「ふふ、面白いカラスさんね」

『俺が面白いカラスなら、あんたは幸せなお姫様だな。そんな綺麗な格好をして、さぞや嬉しいことだろう』


 こう言ったらお姫様は嬉しそうに微笑むだろう、とカラスは思いました。ですが予想とは異なり、お姫様は沈んだ顔をしてしまいました。


「ええ。私はこれからある方のとこらへお嫁に行くの」

『そのわりには、全く嬉しそうじゃない顔じゃないか』


 その通り。お嫁に行くというのに、お姫様はちっとも嬉しそうじゃありません。

 カラスの言葉に、お姫様は理由を話しました。


「その方は私より四十歳も年上で、他に奥様が十人もいるのよ」

『そいつは酷いね。見下げ果てた野郎だ』 

「私は地位の低い姫だから、あちらからの縁談をお断りできなかったの。お父様も喜んで私を差し出したわ」


 お姫様は上から何番目かのお姫様です。上には沢山の優れた兄姉きょうだいが沢山いて、お姫様は城の余り物でした。

 ちなみにカラスの手当てのために宿に泊まることを提案したのはお姫様の護衛でしたが、反対していたのは相手の方がつけた人です。お姫様は実家から、護衛も少ししかつけてもらえなかったのでした。


 わけを話すと、お姫様はカラスの翼をそっと撫でました。


「私にも、貴方のような翼があれば良かったのに」


 そうすれば、ここから逃げ出すことができるのに。

 そう言ったお姫様に、カラスはにやりと笑いました。


『それならお望み通り、逃げ出さしてやろうか、お姫様』


 え、とお姫様が言ったのと、カラスの周りにぶわりと風が吹いたのは同時でした。

 部屋の中を強い風が吹き荒れます。目を開けていられず、お姫様は思わず着物の裾で目を覆いました。


 風が収まって目を開けると、目に飛び込んできた光景にお姫様は目を丸くしました。


 カラスがいた場所には、一人の美しい青年がいました。年はお姫様と同じくらいで、艶やかな黒い髪に黒い瞳。手にはいつのまにか取り出したのか、葉っぱでできたうちわ(・・・)を持っています。

 そして何よりお姫様の目を奪ったのが、背中に生えたカラスのような大きな黒い翼でした。


 驚いて声も出ないお姫様に、カラスだった青年はにやりと笑いました。カラスと同じ笑い方です。


「俺の正体は八咫烏(やたがらす)さ。へまをして人間に見つかって矢を()れたが、死にそうになってカラスの姿になってたのをあんたが助けてくれた」


 八咫烏(やたがらす)は天狗の仲間です。天狗のように鼻が長くはありませんが、身体能力が高く、背中にカラスのような羽があります。空も飛べると言われているようです。

 お姫様は会ったことがないのですが、ちまたの村では恐ろしい存在だと噂されていました。まさか、こんなに美しい青年だったなんて!


 驚いているお姫様に、カラスはにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべて手を差し出しました。


「どうだい、お姫様? 俺と一緒に逃げ出すか?」


 黒曜石のように黒い瞳がお姫様を射抜きます。

 お姫様の話を聞いて、カラスはお姫様を逃げ出させようとしてくれているのです。差し出された手を、お姫様はじっと見つめました、


 姿形は変わっていますが、この青年は間違いなくあのカラスなのです。お姫様を笑わせて、お姫様の話を親身になって聞いてくれた。

 だから、お姫様は微笑んでその手を取りました。


「ええ。貴方と一緒ならどこまでも」

 

 カラスは嬉しそうに笑い、その手を引き寄せてお姫様を横抱きにしました。お姫様抱っこです。


「じゃあ行くぞ、お姫様。一緒に愛の逃避行だ」


 そのままカラスは背中の翼を大きく動かし、ふわりと宙に浮かびます。そのまま窓から飛んでいき、あっという間にお屋敷から離れてしまいました。


 上から景色を見下ろして、お姫様は驚きます。


「すごく高いのね」

「怖いならもっと低いところを飛ぼうか?」

「いいえ、楽しいわ。もっと高くてもいいぐらい」


 そう言うと、カラスはニッと笑いました。


「それでこそ、この俺の見込んだ女だな」



 


 その後お姫様の部屋に入ったお付きの人は、いなくなったお姫様にびっくり仰天。慌てて探しましたが、お姫様はどこにも見つかりませんでした。またその後、翼の生えた青年と美しいお姫様が、森で仲睦まじく過ごしているという噂が流れます。


 ですがまた、それは別のお話。



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