第6話
第6話
俺が学校に到着したのは昼をちょっと回った頃。こっそり教室を覗いて見れば、タイミングが良いのか悪いのか、オリエンテーションが終了し、本日は解散っぽい雰囲気だった。
「おはようございます、遅れましたっ! 麻生京です……って、峰倉先生?」
そうだった。担任は峰倉先生なんだよな。遅刻はしたがやることはひとつ!
「入学初日から重役出勤のうえ、担任の胸ぐらを掴むとは逆ギレで乗り切る算段か? 麻生」
「アンタのせいで重役出勤なんだよ! 下手したら死んでましたよ俺」
心からの訴えも虚しく、俺を無視して乱れた白衣をサラリと直すクールビューティーチャー。
「まぁこうして無事なんだからいいじゃないか。吉尾に感謝するんだな」
そう言って額に巻かれた包帯をつつき、細く白いあごで俺の後方をクイとさす。
「……吉尾?」
振り返ればザワつく美少女ぞろいの教室で、ひときわ輝くオーラの女子が俺に向かってにこやかに手を振っていた。
「吉尾だよ~。元気そうで良かったぁ、よろしくね」
「とりあえず吉尾の隣りにでも座っていろ。お前好みの美少女で良かったな、オリエンテーションの内容はあとで彼女から聞け」
相変わらず仕事しねぇな。まぁ、こんな非攻略対象の見慣れたオバサンよりヒロイン級の美少女同級生の方が断然良いに決まっている。
「よ、よろしくね吉尾さん」
「よろしく~」
あぁ、コレだよ、コレ! 美人でも超無責任なイカレた教師や、可愛くても頭に剣の刺さったおかしな子とかじゃなく、包容力溢れる揺るぎない正統派美少女ですよ。
子供っぽい口調とは反対に、艶とボリュームのあるセミロングシャギーからのぞく切れ長の優しい目が大人びて見え、そのギャップが主張の激しいプロポーション共々なんとも言えない破壊力を生み出していた。
「今日は解散、麻生と吉尾以外は帰っていいぞ。吉尾、あとは任せた」
「はぁ~い」
吉尾さんに俺のプリント類を丸投げして帰っちゃったよ、あのダメ教師。
「さ。それじゃ私達も早く済ませて帰ろ?」
クラスの子達は俺を避ける感じで遠巻きに退室していく。女子校に男子ひとりの超アウェイだからしょうがないけど、チラチラこっちを見てくる割に目も合わせようとしないのは結構不安になる。
「そ、そうだね。お手数かけて申し訳ない……あ、そうだ。お礼を言うの忘れてたよ。傷の手当てしてくれてありがとう。あと栄養剤も」
よく考えたら吉尾さんって寮もお隣さんじゃん。出られなかった入学式も含め、ここまでの経緯はちょっとアレだったけど、高校ライフはバラ色の予感がする。
「痴情のもつれで彼女さんに刺されたんだって? たいへんだったねぇ」
「え? 俺に彼女なんて初耳なんだけど」
「ウソだぁ。だってあの子ずっと心配そうに看病してたよ? コスプレ姿のままで」
一応ジル子なりに罪悪感を感じていたのだろうか。
「ねぇ麻生クン、ひとつ聞いていい?」
「はい。彼女なら募集中ですが」
「勇者なの?」
「へ?」
想定外の質問だった。
「背中に立派なの背負ってるなぁ~と思って。ゲームの主人公みたいだよ?」
言われて彼女の視線を手探りで追うと、背中のご立派様に指が触れた。ヤベっ、急いでたからなぁ……ジル子から引き抜いて無意識に背負っちゃってたか。クラスの子が妙にピリピリしていたのはコレが原因だろう。峰倉先生は……まぁ平常運転か。緊張で俺も気がつかなかったな。
「吉尾さんはこんな行き過ぎた中二病ファッションを見ても動じないんだね」
動じないうえ普通に接してくれるし。
「慣れてるからね」
「慣れてる?」
この学園ではコスプレがまかり通っているのだろうか。
「私、留年してるんだぁ。ホントは三年生なんだよ? 実はお姉さんなのです」
はぐらかされた感じでもなく。なんか俺が知りたい答えとは違う気もするけど、留年って……吉尾さんに一体なにがあったんだろう。
「病弱だったりしますか?」
「ん~ん。進級試験がシビアだったんだぁ。落ちちゃったー」
華奢な肩をすくめ『落ちちゃったー』って……ピンクの舌先を小さく『ピロッ』て、いちいち可愛いなぁ。先輩だけど。
「さて、後輩クンのためにお姉さんが全力で甘やかしサポートするよ」
気持ちを切り替えたのか、エア腕まくりをした吉尾さんは一枚のプリントをつまみ上げ、俺の前へ「ぴ」と突きつける。
「……選択クラス?」
光沢控えめのジェルネイルが示す部分には、『英・歴・音・美』と、選択する項目が書かれていた。選択授業的なやつかな。
「そう。まずはこの中から自分が得意そうなのをひとつ選んでマルをつけてね」
英語や歴史はサッパリだし、音楽にいたっては音符もろくに読めないからな。消去法で無難に美術だろう。
「あ、やっぱりソレ選ぶんだ。選択クラスも私と同じだね、良かったぁ」
なにこの無自覚ヒロイン。惚れちゃいますよ?
「良かった?」
「峰倉先生がね、キミなら『美少女ゲームクラス』選ぶからって。私、麻生クン係なんだよぉ」
「まず『麻生クン係』ってなに? え、『美』って普通、美術の事じゃないの?」
「ヤだなぁ、美は美少女ゲームの美だよぉ。なに言ってるのかなぁ」
え、俺が変なの? 俺が知らないだけで、高校ではそんな授業があったりするのか?
「麻生クンもeスポーツ科なんだよねぇ?」
そういえば高校合格に浮かれてすっかり忘れてた。ゲーマーでもない俺が貰えた推薦枠ってeスポーツ科だったな。おかげでジル子とかかわるはめになったんだ。
「ちなみに英は洋ゲー、歴は歴史シミュレーション、音は音ゲーの事だよ」
衝撃の事実! まぁ内訳が明かされたところで俺の選択はギャルゲーで変わらないけどな!
「俺の係ってのは……」
「いわゆる麻生クンのYPだよ」
やだぁ、さっきから知らない単語ばっか出てくる。
「なんか要人警護的な?」
「ギャルゲーでいうところの、主人公をサポートする係なんだぁ。ヨシオ・ポジション、略してYP」
ヨシオは吉尾さんのYなのか、ときめき的な方のYなのか。
「そのポジションて、ヒロインレベルの貴女がつとめる役どころじゃないですよね、絶対」
そもそもの話、eスポーツのジャンルにギャルゲーはねぇ! たぶん。
「麻生クンも他人事じゃないんだよ? 落第したら今度はキミが新入生のYPになっちゃうんだから」
「なにそのシステム! 俺の思ってたeスポーツ科と違う、違うけど逆に試合内容がスゲェ気になる」
これはゆるがせにできない、本腰を入れて聞かねば。
「焦らなくても詳しい事は授業や学校生活を過ごすうちにわかっていくと思うよ。試合はともかく、男子は卒業式の日に女の子から告白されるか、自分で女の子に告白してオーケーもらわないと落第しちゃうから気をつけてね」
シビアすぎる!
「なんて横暴な……」
「私の場合、まだ共学前だったからクジ引きで男子役にされちゃったの。結果はご覧の通りだよぉ」
エヘヘと力ない笑いを漏らす吉野さん。学校自体がeスポーツがなんなのか理解していないうえ、手探り状態なのだろう。
「エヘヘじゃないでしょ、吉尾さんはそれで納得してるの? 誰も不思議に思わないって変だよね」
頼りになるとは思えないが、事情は後で峰倉先生に聞いてみよう。
「学校側はちゃんと結果を出しているからねぇ。ヒロイン試験に合格した子はみんな将来を約束されているんだぁ」
「クジ運悪いだけで超美少女の吉尾さんが留年って、俺には納得できない」
ヒロインパラメーターがあれば全数値平均超え確実なのに。
「超は言い過ぎだよぉ〜。でもね、私が麻生クンをサポートして結果を出せば、一発逆転が可能なんだぁ」
俺の責任重大だ、吉尾さんの将来がかかってますもの。そしてさりげなく美少女であることは否定しない天然さがステキ。
「一発逆転?」
「そう。国の半分をくれるって、峰倉先生が」
やる気スイッチの押し方が雑すぎ! どこのRPG魔王だよ。
「新任教師にそんな権力はねぇ! だまされてる、騙されてるよ吉尾さんっ」
あの教師、美少女ヒロイン様に何してくれてんだ! ヤツの暴走は俺が全力で止めねば。
「はははっ、そんなバカみたいな夢にでも縋らないとやってられんのですよぉ……」
死んだ目をした吉尾さんが、魂が抜け出しそうな乾いた笑いとともにつぶやく。
「あぁっ、なんかごめんね! 俺で役に立つならなんでも協力するからさ」
こんな美少女の力になれるなら願ってもない。
「ありがとうねぇ麻生クン」
切実な涙目で両手をギュッと包み込まれたら、他の事がお留守(主に頭に剣の刺さった粘土娘の依頼とか)になろうが、粉骨砕身がんばりますとも。
「俺は何をしたらいいかな」
「ん~。学期末に他校とのエキシビションがあるんだけど、まずはその試合で勝つことかなぁ? えぇ~と、これこれ」
プリント群から一枚を抜き取り、俺の前に置く吉尾さん。
「主に新入生の実力を測るのが目的のイベントなんだぁ」
「いまだギャルゲーの試合内容にピンとこないんだけど、どうなったら優勝なの?」
ゴールが見えねぇ。
「私達ギャルゲーコースだと、ヒロイン志望の子は相手の男子を萌え殺したら勝ちなんだよ」
「ごめん、状況が想像できないや。なんか物騒な単語入ってるし」
「麻生クンの場合は、ギャラリーや相手校の男子からSNS炎上させられたら勝ちなんだぁ」
「俺、面倒くさがりだから『つぶやくやつ』すらやってないよ? あとその勝利は誇っていいのかな、スゲェ怖いんだけど」
「大丈夫大丈夫、コレ渡しとくねぇ。炎上するのは学校から支給されたこの端末だから」
プリント群の重石になっていた小箱の中身は白いスマホだった。
「やっぱ炎上はするんだ。比喩とかじゃなくて」
「今日から卒業まで、女の子とイチャついてブログ更新するのが麻生クンの日課だよ」
「なに、その苦行」




