第3話
第3話
マヌケな悲鳴をあげ、無様に意識を失うこと数時間。
「俺はいったい……」
目を覚ました先には、生々しい赤い飛沫がこびりついた天井が見える。残念ながら夢ではなかったようだ。
ゆっくり体を起こし、状況確認。
「あっ、気がつかれましたかぁ?」
少し舌足らずで柔らかなアニメ声につられ、恐る恐る振り返ると。
「君わはぁっ?」
頭に深々と剣の刺さった血まみれの美少女が鼻歌まじりでフローリングの血を拭き取っていた。
「どうしました? あ、わたしに見惚れちゃいましたぁ?」
そりゃもうある意味目が釘付けですよ!
「いやぁ~災難でしたねぇ」
それはこっちのセリフかと……
「大丈夫ですかぁ? 気絶したとき頭を打ったみたいですけどぉ」
剣が貫通している君の方こそ大丈夫ですかと……
「あ、コレ気になっちゃいます?」
俺の視線に気づいたのか、彼女は上目遣いで自分に刺さった剣を見ると、帽子のつばでも触るように剣の両端をつまんで揺すってみせた。
「ちょっ、危ない、危ないって! そのままでっ!」
なんだっけ、こういうのって医療ドラマとかだと無理に抜いちゃダメなんだよな? 手遅れ感ハンパないけども!
「とりあえず、救急車か! 救急車っ! ……って、あれ?」
よくよく彼女を観察してみれば、目の前でニッコリ微笑むこの血まみれ美少女に既視感が手遅れ感と同レベルでハンパなかった。
「等身大フィギュア……なのか?」
はっとして部屋中央に目をやれば、台座にした岩ごとジル・コーニャ姫の姿が消えている。
視線を戻し、ぺたんと女の子座りをする血まみれ美少女へ。
「マジか、ジル・コーニャ姫だよな……」
飛ばしすぎだろ、俺の人生。
「ジル・コーニャって、わたしの事ですかぁ?」
「そう、ゲームキャラの」
俺がつい先ほど律儀にここまで背負ってきて、台座の岩にディスプレイしたんだ。パニックになっていたとはいえ、冷静な今なら彼女の姿とフィギュアは同一と断言できる。
「あのぉ~、ほっぺたつつかないでくださいよぅ」
このプニプニ感、完全に一致!
「なんかウンウンって納得してるみたいですけどぉ、わたしジル・コーニャさんじゃないですよ? 人違いです」
「何をおっしゃる。なら、ここに生えてた岩の上に飾った、君と瓜二つの等身大ジル・コーニャ姫フィギュアはどこへ消えたと?」
細い指をあごでしならせ重そうな頭を右へ左へ逡巡する彼女。
「あぁ~……岩です。わたし、その岩! そうか、ジル・コーニャさんと融合しちゃったんですねぇ。どうりで動きやすいなぁーと」
主張するサイズでもなく、かといって控え目でもない絶妙な双丘に手をあてる彼女から、まさかの回答!
「岩って、部屋のど真ん中にあったちょっと硬い粘土質の邪魔なアレ?」
フローリングにポッカリと空いた穴を指差し確認。
「邪魔って失礼な! わたしを誰だと思ってるんですかっ!」
「誰って、ジル・コーニャ姫」
「ジル・コーニャ姫ちがぁーうっ!」
じゃぁ誰なのよ? もうかなりの異常事態だからね? 結構がんばってるよ? 俺。
「はぁ~~……じゃ、もういいですよぅ。 大ヒントです」
ヤレヤレと大げさなタメ息をつく彼女。 ちょっとイラッとくる。
「あくまで俺に正解を導けと?」
コホンと小さく咳払いをした彼女が呼吸を整える。
そして頭に刺さった剣を指さし『この剣を抜いた者が勇者じゃ』的ニュアンスの、ゲームでありそうなワンシーンを文字通り身体を張って演じる。
ためらいもなく頭の剣を抜くヤツがいたらある意味勇者だろう。
「聖剣エクスカリバーとか?」
「ですよねぇ~……。ハッ! どうせそうですよねぇっ! リバ子の方が有名ですもんねっ! どうせわたしなんか」
俺のオタク脳がゲームや漫画から得た知識を総動員して正解を導いたはずなのにヤサグレだしたぞ、この子。
「今の小芝居ってエクスカリバーとかアーサー王伝説みたいなやつだろ?」
俺の粗末な脳ではこのフワッとした回答が限界だ。
「ハッ! エクスカリバー? アーサー王? ハッ! これはわたしの鉄板ネタなんですよぅ!」
鉄板ネタて、そんな芸人みたいに……
「ん? じゃあ、あとは聖剣の刺さっていた岩の方とか?」
「『の方』って表現!」
怒ってはいるが、一応正解したようで少し表情が緩み、まんざらでもない感じだ。分かりやすいなぁ。
「なんだよ、正解だろ? エクスカリバーの刺さっていた岩で」
「これだから素人はっ! ハッ!」
もう助けて。
「いいですかぁ? リバ子……エクスカリバーは、わたしが相方として一から仕込んで育てたんですよ? まぁアーサーってぽっと出に文字通り引き抜かれてそのままついていっちゃいましたけどぉ」
そんなヘッドハントされて事務所移籍しちゃったみたいに……
「言ってることは上手いと思うけど、ごめん。ぴんとこない」
「私達の伝説がかなり美化されて伝わっているようなので仕方ないですけどねぇー……」
整った神造形の顔を曇らす彼女は、眉を八の字にし長いまつげを伏せると、重そうな頭を小さく振り、諦め混じりの大きなため息をつく。
存在自体が怪しげなジル・コーニャ姫の中の人が明かす、一般に知られるアーサー王伝説の真実とはいかほどのものなのか。
「もういいですよぅ。どうせわたしなんて、エクスカリバー寸劇の『の方』ですよぅ」
あぁ体育座りで拗ねちゃったよ。でも剣が重いのかヒザの間に顔が深く嵌ってちょっとおマヌケさん。
「有名なアーサー王伝説の一幕を寸劇って……」
当事者だから言える暴言なんだろうけどさぁ。とりあえずその態勢、首やられるぞ。
「許すまじ、アーサー! そしてリバ子! 先輩をさしおいて超有名になってぇっ! わたしだって磨けば光るダイヤの原石だというのに!」
「おおぅ、本音らしき発言出た」
斬新な態勢でのの字を書き始めた時には「何の儀式だよ」とツッコミそうになったが、何か思うところがあったのか、今度は一転し、ほっぺたプックリ目を三角にして吼える。
あーもーどうしていいやら。