99:天啓
その日、天啓が下った。
我が身に掛かる祝福の主神、全能神ウラノス様からである。
曰く、『準備せよ、反撃の時来たれり。神界より援軍と共に参る』……と。
直感で悟る。
我が主の声である。
威厳に満ちたその声音。畏敬と歓喜に打ち震えた。
御身自ら魔王軍へと神罰を下してくれるのだ。
そして直後に我が身へと主の技術が流れ込んだ。
それは自分を含める『全能の祝福』を受けし者同士の、意思の疎通が可能と言われる技術であった。
本来我々から開発しなければならないその技術を、主が授けてくださったのだと悟った。
『これは……! 主よ! 感激に打ち震えております!』
『この声は!? そうか! 今繋がりを感じる者達は、同じ“全能の祝福”を受けし同士か!』
そして新たな二名の声が頭に響いた。
その言葉から察するに、俺の他に『全能の祝福』を受けたとされる他二名も、たった今『意思疎通』の技術を授かり、そして繋がっているのだった。
『き、聞こえるのか? この俺の声も』
そう恐る恐る俺は、頭の中の繋がりへと意思を込めた。
『はい! 聞こえております! いえ、感じると言った方がいいのでしょうか? さすがはウラノス様! 何と言うお力なのでしょう……!』
そう最初に声を発したと思われる者からの返事が来た。
その声だけでもその者の感動と、主への信仰が垣間見えた。
『ああ。聞こえている。いずれは然るべき場での顔合わせが理想ではあったが、この様な形での挨拶申し訳なく思う。何故、産まれた時から非常時であった為』
と、そう最初こそ驚いた様子であったものの、この一瞬で状況の把握と落ち着きを取り戻した様に、その二番目に声を発した者からも返事があった。
それを聞いて察する。
この声のみの繋がりであろうと感じる為政者としての威厳と貫禄。
凡そ自分には無い物。歳の近い者である筈なのに、既にその差を感じる、上に立つ者としての経験差。
最早それは今の発言から察した物でなかったが、便宜上俺は言葉を続けた。
『で、であれば、あなたは』
『ああ。レクタリア帝国皇帝、レル=ン・フォン・レクタリアだ。……もっとも、既に亡き国家の君主だがな』
レクタリア帝国。
近年魔王軍に滅ぼされた国家だ。
その主は周辺国家に保護され、未だ存命と聞く。
同じ祝福を分かつ者として、謎の親近感を覚えていた。
『で、あなた方は? 今や一番下の身分となった私から言われるのは不快に思われるかも知れないが、ここは同じウラノス様の使徒として、遠慮や謀略の無い挨拶としようと思う……が、どうだ?』
『賛成でございます』
『私もです!』
レル=ン元皇帝陛下の言葉に賛成する俺と、もう一人の使徒。
『ではここは私から。ルイラル公国ムルバルト子爵家三男、リーウ・デロンチェ・ムルバルトです』
俺はそう自己紹介をする。
『ムルバルト……確か、最初死産だった方はあなたか』
『はい。最初はレイシャット公爵家の第二子として産まれる予定でしたが、恐らくは発育遅延により死産となりました。その後レイシャット家の派閥に属するムルバルト子爵家当主の妾の者が、妊娠初期で胎児に魂も宿っていなかった事から選ばれ、魂定着の儀を行い、その後私が産まれました。特別にムルバルト子爵家三男を名乗る事を許されております』
『なるほど』
『へぇ~! 大変だったんですね!』
な、なんだこいつは。
と、随分と軽い返事をするもう一人の使徒に思った。
『となると、あなたはルエナ様で合っていますかな?』
『はい! 合ってます! レベクト王国クルレイト侯爵家第一子のルエナ・テラーナ・クルレイトです! よろしくお願いします!』
『よろしく』
『よ、よろしく』
レル=ン様の言葉に元気良く応じたルエナ様。俺は若干気後れしつつ応じた。
そうか。よく考えればそうだった。
俺の他の『全能の祝福』を受けし存在は当然に把握している。
片方は女なのを忘れていた。
バカそうな奴だと思ったが、女なら仕方ない。
この声は直接頭に届く様で、声音としての特徴が掴める訳ではなく、女性というのが分からなかったのだ。
『では改めて……いや、さすがに俺の身の上は理解しているか?』
『はい』
『はい! 周辺国家に保護されているのですよね!』
『まぁ、な。実質監視下に置かれている様な物だが……。ところでこの会話は間者はもちろん、同じ祝福を持たない者は聞く事が叶わない故、どうだ? いっそ敬語や敬称を無しにすると言うのは』
『私は構いませんが……』
『私もです! 協力しましょう!』
と、レル=ン元陛下、いやレル=ンの案で俺達は妙な壁を取り払う。
レル=ン自身皇帝から平民と言う、高低差のある没落を食らった身で言うのは勇気の要る事だったろうが、既にこの会話を取り仕切る統率力から文句も出ない。
『うむ。よろしく頼む。リーウ、ルエナ。では本題に入ろう。主は“準備せよ”と仰せだ。帝国すら滅んだ事により各国から続々と援軍が前線へと集まっている。これまでにない連合軍となった。が、きっと主は更なる戦力の増強をお望みだ。今になって天啓が下ったのは、主も今回の攻勢に人類の命運を賭けている為だと思う。俺は元々魔王軍とは自分が最後の一人に成ろうが戦うつもりだった。当然それに参加する。……だが、この様な形で心強い者達との繋がりができた今、俺自身の使い様に道が開けたと思っている。是非、君たちの忌憚なき意見を聞かせてくれ』
これは試されているのだと、さすがに分かった。
だが返事は変らない。
『無論、俺は』
『凄く良いと思いました! 私も頑張ります!』
と、俺の言葉を遮ってルエナが言った。
『そ、そうか。心持は伝わった。後で詳しく聞こう』
『はい!』
忌憚なき過ぎる意見と言うか感想に、さすがのレル=ンも気後れしている様だった。
やはりバカは最強だ。
『で、えーと?』
『あ、は、はい。私は……お、俺は、自身の知略と財力と権限の全てを持って、魔王打倒に協力するつもりでございます』
『うむ』
出端挫かれたが、俺は確かな決意と共に言った。
間者に聞かれる事のない会話ではあるが、恐らくレル=ンが警戒しているのは俺達こそが間者である可能性だ。
そんな可能性など皆無だと言うのに、それを警戒するとはさすがだ。
『ではルエナ。確かまだ嫁入りはしていなかったな? クルレイト侯爵家ではどのような権限がお在りか?』
『はい! ほぼ無いです! でも皆んな私の言う事は聞いてくれます! 特に当主である父や、家督を継ぐ予定の弟とは仲がいいです! “全能の祝福”を受けた存在として、ある程度なら国王にも顔が利きます!』
『なるほど。ではウラノス様より下った天啓の内容を告げ、軍を動かす事も可能と言う事か?』
『はい! 可能と思います! 我が国は前線と遠く離れた事もあって、物資の支援しかしていませんが、説得してみます!』
と、そうやり取りするレル=ンとルエナ。
レベクト王国は前線から遠い北の国だ。魔王国とは間に幾つもの国があり、まだ他人事でも済まされる時期だろう。
だがそうやって高を括って現状前線を持つ事となった国は多くある。
『是非そうしてくれ。それを主はお望みだ。遠く離れた国であろうと援軍を送る。それはきっと道中の国々を巻き込み、良い効果を生む筈だ。それが主のお言葉であるのなら、誰も文句は言えないだろう』
『はい!』
『うむ。ではリーウ。君からも同じように軍を動かす事は可能か?』
『ああ、それがですね……』
こちらに向いたレル=ンの言葉に、俺は周囲を見渡した。
石畳地面と壁。窓は石材一つをくり抜いただけの小さな穴。
足首には鎖が繋がれ、部屋は無機質な鉄格子によって閉じられていた。
『実は今、投獄されていまして』
『……何?』
まぁ、そういう反応だろうなぁ。と、俺は思った。
そしてその時だ。
『あー、あー。聞こえる?』
新たな声が届いた。
それは四人目の使徒の存在を示していた。




